ヘビのお産
むかし、むかし、いやそれほど昔ではない。今からかれこれ50年ぐらい前の話です。そのころまだパラグアイには密林がいっぱい残っていました。その密林を5町歩ほど切り開いた一角に、作蔵さんと八重さん夫婦が、掘っ立て小屋を建てて住んでいました。一年前に遠い日本から移住してきたのです。
ある日のことです。いつものように朝早くから、鍬を担いで畑に出かけました。まだ畑に行く狭い道は露が残っていて、地下足袋を濡らします。足首まで伸びた草が夜露で濡れているのです。
原始林の向こうに大きな太陽が昇り始めています。木々の間から差し込んでくる太陽の光線が、足元に長く延びていました。
と、風もないのに短い草の葉がかすかに揺れました。その揺れは此方へと向かってきます。細長くしかも速い速度で、確実に此方へ近づいてきます。まるで、草だけが風もないのに勝手に動いているように見えます。よく見ると、草むらの間を茶色の光るものが動いています。茶色の物体はずるずると暫くの間、草間を擦るように流れていきます。何処まで続いているのかと目を見張っている作蔵さんが、茶色に光る物体の招待を見つけて叫びました。
「うわぁ!へびだ!」
鍬を担いだ作蔵さんが後ずさりしました。
八重さんが「ええっ!へび!どこに!どこに!」と忙しく首を動かしています。八重さんは蛇が何処にいるか見当が付かないのでもっと怖いのです。大きな目をきょろきょろさせながら、辺りを見回します。
「あそこだ!」
作蔵さんが指さした方向に目を向けると、そこには長さ3メートル程もある大きな蛇がこちらを向いて目を光らせています。胴の周りは男の人の腕の回りぐらいあります。
蛇は大きな口をあんぐりと開けました。八重さんは蛇が飛びついてくるのではないかと思いました。思わず作蔵さんの方に駆け寄りました。作蔵さんは八重さんを後ろに庇うようにして、鍬を振りかざして、飛びついてきたら叩きのめそうと構えています。
ところが、蛇は作蔵さんと八重さんのことなど眼中にないようです。何か吐き出そうと苦しそうにしています。そしてついに、かあぁーっと苦しそうに首のあたりをくねらせて吐き出しました。なんとそれは蛇の赤ちゃんでした。長さ30センチほどの小さい蛇が、吐き出されました。その後次々と蛇の赤ちゃんが生まれてきました。
二人とも初めて見る蛇のお産を、驚きのあまりあっけにとられて見ていましたが、作蔵さんは振りかざしていた鍬を下ろすと、一匹、二匹と蛇の赤ちゃんを数えはじめました。八重さんも作蔵さんに習って数えはじめました。
全部で32匹の子供の蛇が生まれました。生まれた子供は親蛇の口の下で縺れ合っていましたが、右へ左へと一匹ずつ走り出しました。とても生まれたばかりとは思えない早さです。走ると言っても足があるわけではないので、這ってくるのですが、それがものすごい早さなのです。まるで風のごとくです。見たかと思うともういません。
足下にも近づいてきて、作蔵さんと八重さんは「ひゃあぁ!」と悲鳴を上げて、足をばたつかせました。次々と蛇の子は地を這って滑るように走ってきます。作蔵さんは「うわぁ!」と、鍬を放って飛び上がった拍子に、お尻の方が先に落ちて、ドスンと尻餅をつきました。八重さんも一緒に背中併せに尻餅をついてしまいました。
二人は無数の蛇が体中に這っているような感覚がして、肩やら腕やら頭やら手を伸ばして払いのけようとします。払っても、払っても子供の蛇が這い上がってきます。
「くそぅ!馬鹿にしおって!」と作蔵さんは、草を払いながら起き上がると「よし、儂が鉄砲で撃ち殺してやる」と言って、家に走って帰ると、長い鉄砲をとってきました。
八重さんに、危ないから離れるように、と言いながら鉄砲を構えて、一歩一歩近づいて行きます。
そして、まだ草むらにひそんでいた毒蛇目がけて一発ズドーン。
見事に命中して、毒蛇の頭が木っ端みじんに砕けました。
「それ見ろ、それ。一発でしとめたぞ」作蔵さんは大手柄をたてたように叫びました。そして「よし、蛇の子も撃ち殺してやる」と辺りを見回しました。作蔵さんの眼に、草の陰に隠れている蛇の子のしっぽが写りました。
「よし、見つけたぞ」と、蛇の子目がけてズドーンと撃ちました。
あれ、蛇の子は見あたりません。玉は外れたようです。作蔵さんはきょろきょろと辺りを見回していると、足下をすうっと一匹蛇の子が通っていきました。
「やっやっ!」と慌てて飛び退きました。そして鉄砲を構えたところへ次の蛇の子が足下に近づいてきました。
「うわぁ!」作蔵さんは片足を上げました。すると今度は反対の足の方に、小さい蛇が近づいてきました。「やっやっ!」とまた別の足を上げます。右にぎっくら、左へしゃっくらしながら、作蔵さんはとうとう逃げ出してしまいました。
作蔵さんは蛇の子に踊らされて、三日も寝込んでしまいました。
隣の六さんがお見舞いにやってきました。
作蔵さんが蛇を鉄砲で撃った話をすると六さんは
「それは、蛇が玉を受けたとですよ。蛇はさどかですからね、玉を受けるとですよ」と、六さんは熊本弁で言いました。
「なに、儂が撃ったんじゃなくて、蛇の方が玉を受けたゆうんで」作蔵さんは愛媛県出身だ。
「そぎゃんことでしょう」六さんはこともなげに言いました。
作蔵さんはちょっとむかっとしましたが、よく考えてみるとそうかもわからない。だいたい作蔵さんの鉄砲は滅多に獲物にあたったことがなかったのです。




