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図書館の扉  作者: 月岡 あそぶ
3/3

兄を事故で失ったひかりは、図書館の扉を越えて過去の世界へ。慣れない古代の世界で、悪戦苦闘しながら生きる術を一つ一つ身につけていく。小さな恋心も芽生える中、海の向こうから巨大な敵が攻めてくる。様々な体験を通して人間として成長していく少女の物語。

 ひかりは、大空の上からみんなの事を見下ろしていた。眼下に見える船の上では、ひかりの名を呼び、血が滲むほど船底を叩いて嘆き悲しむシンの姿が見えた。


「私、死んだの・・・・・・?」ひかりは戸惑いながら自分に問いかけてみた。

 そして自分の手を目の前にかざし透き通っていないかと確かめてみた。漠然としたイメージで、死んだら体が透き通るような気がしたのだった。

 しかし目の前にあるのは、いつもと何ら変わる事のない自分の手。傷を受けた痛みもなく、死んだという実感はどこにもなかった。

 耳元で風切り音が聞こえた。見るとシンの飼っている鷲が、ひかりと併走しながら飛んでいる。鷲は物凄いスピードで飛びながら、小首をかしげひかりのほうを見た。


「ひかり」

 鷲はフチの大ばば様の声で話しかけてきた。

「大ばば様!」ひかりはほっとした。

「私、どうなったんです?みんなの所に帰れますか?」

 耳に懐かしいばば様の声で語りかけてくる鷹は、しばしの間沈黙した。


「ひかり、お前はもう我らの元には帰れぬ・・・・・・」

 大ばば様の言葉は、最後通牒のようにひかりの胸に突き刺さった。ひかりの目から涙がこぼれ落ちた。

 その涙を見て、大ばば様は優しい声で言った。

「シンの事を考えておるのか・・・・・・しかし、お前達は最初から添えぬ運命じゃ。お前達はもともと一つの枝葉なのだからな。

お前の血の中には、シンから受け継いだ血がしっかりと流れておる」

大粒の涙を流し、頭がぼうっとなっていたひかりの中に一陣の風が吹き抜けた。


「シンは、私の遠い、遠いご先祖様・・・・・・?」

「そうじゃ。お前の中には、我らの血が熱くたぎっておる!」大ばば様の力強い声が響いた。


「さてさて、思ったより遠くへ来てしまったようじゃな。ワシは元へ戻るとするが・・・」

鷲となった大ばば様は、その鋭い目ではるか前方を見つめた。

「未来は、ワシが思っておるよりも茨の道のようじゃな・・・・・・」

 そう呟くと、今度は、ばば様の目がまっすぐにひかりに向かって注がれた。


「しかし、ひかり。忘れるでないぞ!

お前の中には、我らの血が熱く流れておる。

自らの頭で考え、判断していけ。

お前の運命に何が起ころうとも、諦めるな!その顔を上げ、行動に移し、自らの未来を自らの手で創り上げてゆくのじゃ。

お前の根源にある、誇り高き我らの血を忘れるな!」

 そう言い残し、大ばば様の魂を載せた鷲はくるりと向きを変えると、後方に向かって飛び去って行った。


 また、ひかりは一人になった。


 ひかりの足元には、大きな地球儀のように輝く地球が回っていた。

 宇宙空間を満たしている漆黒の闇から青へ。少しずつ薄くなり、透明度を増すブルーは、地球に近づくほど輝きを増し、まばゆい光を放つ。


 目の前で、地球はくるくると回り続けた。

 朝が来ると、地平線に緑がかったブルーの線が一本現れ、輝くダイヤモンドのような光が一点で炸裂した。そして、辺り一帯がプリズムの光を振りまいたような虹色に染まっていく。

一日はあっという間に過ぎ、夕方になると、太陽は輝きながら、燃えるようなオレンジ色の光を、一日の名残にと振りまいては消えていった。


死を思わせる暗黒の宇宙空間の中に、ぽつんと浮かび上がった地球。

 暗黒に支配された背景に、そこだけ色の載せられた場所。

 眩しい太陽の恵みが降り注ぐ地球には、様々な色が見て取れた。


 太陽の光を反射させ、驚くほど多様な色合いを見せて輝く大海原の青。

海の上には、様々な形の雲が、透き通るような青のキャンバスの上に純白な白を散らせている。それらは時として、天地創造の絵に出てくる雲のように突然もくもくとわき起こり、一面の大氷原のように辺り一帯を覆い尽くした。


地上には、微妙な色合いのグラデーション模様を描く砂漠や、純白の雪を頭上に頂き、そびえたつ黒褐色の山々。

 その山肌は悠久の年月をかけて水と風が削り取った、シダの葉にも似た模様が刻み込まれ、驚くほど繊細な造形を創り出していた。

大陸には濃い緑に覆われ、生き物のように蛇行を繰り返し、血管のように広がる大河。豊かな山々から流れ出る豊かな栄養分は、その下流や河口で様々な生き物たちを育んでいた。


極では、神秘的なオーロラが赤に緑に発光しながら、神々の領巾のように揺らめき、光のカーテンをゆったりとなびかせ現れては消えていった。


 そして夜の闇の中に、雲を通して雷が光った。

 時には辺り一帯、連続してまたたきながらフラッシュのように連なっていく。


輝く地球は、ただただ美しかった。ひかりは、言葉もなく地球を眺め続けた。


 そういえば、お母さんが若い頃、一遍だけ高い山に登った事があるって言ってたな・・・・・・それまで、登山なんてした事もないし、やっとの思いで登り切った山頂から下界の景色を見下ろした時、なんて人の世って小さいんだろうって・・・

 もし、この世に神様なんてものがいるとしたら、人間を許せる気持がわかる気がしたんだよって・・・・・・

 おじいちゃんも、サミットは宇宙ステーションの中でするべきだ!って常々言ってるけど。この光景を見たら、私にもわかる・・・・・・


 ひかりは、ゆったりとした気持で時の流れに身をゆだねた・・・・・・


しかし、しばらくするとひかりの耳に地上から微かな声が聞こえてきた。

 それは時と共に大きくなり、心を逆なでするような不協和音となり、ひかりの心を逆なでしていった。


ひかりは、じっと目をこらして地上を見つめた。

 地上のあちらこちらに、黒いすすのようなものがゆらめいて、渦をまき、立ちのぼっていた。じっと凝視した先には、戦いに追われて傷つき、運命に翻弄されながら逃げ惑う人々の姿があった。

 人々は愛する人を、生まれ育った土地を奪った相手を憎み、呪いの言葉を吐き、目をぎらつかせながらじっと耐え、少しずつ力を蓄えた。そして、刀を研ぎ、報復の機会を狙った。

奪った相手は、踏みにじった人々を見下し、お互いに人として話し合う事もなかった。


 しかしその人々も、長い時の流れの中で一時浮かび上がっては栄華を極め、また深い淵の中へと沈んでいった。


あちこちに大きな国ができては、まるで水の中に砂団子を投げ込むように、もろくも崩れていった。そのたびに翻弄される人々の嘆きの声は宇宙にあふれ、数多くの恨みの気持ちは、嵐が逆巻く雲を取り込み、渦を巻いていくように、どんどんと大きく、巨大に膨れ上がっていった。


戦だけではなかった。火山が火を噴き、大地が揺れ動いた。荒れ狂う嵐は、人々の暮らしを簡単に吹き飛ばし、跡形もなく流し去っていった。

 気候はめまぐるしく変化していき、干ばつや寒さが繰り返し人々を苦しめた。

そして弱り切った人々の上に、容赦なく病は舞い降り、死の鎌をふるって人々の命を刈り取っていった。


追い詰められれば追い詰められるほど、人々は誰かから奪い、その糧で我が命をつないでいこうとした。

 苦しめば苦しむほど、誰かにその痛みをぶつけ、我が痛みを忘れようとした。

 巨大な力によって豊かさを享受する人々の下には、言葉も出せず踏みつけられ、やせ細っていく人々の嘆きがあった。


どんどんと時代は飛び去るように過ぎていった。蟻塚が成長するように文明が発達し、人々は豊かになった。死の影は薄められ、片隅に追い込まれたように見えた。国ごとの決まりが決められ、文化的な暮らしが地球の上にあふれていった。


しかし、その中で戦いも大きくなっていった。それはもはや、人同士のぶつかり合いではなかった。今までとは比べものにならないほどの数の人間が、戦いの中で亡くなっていった。


 そしてその戦いは世界中を巻き込んでいった。

 踏みつぶされた人々の嘆きの声は、厚く世界を覆い、狂気は人々の間を駆け巡っていった。

 その中で人々は皆、被害者であり加害者でもあった・・・・・・


ひかりはある時、地上に寒気を感じさせる不気味な光を見た。


 それは今まで地球上に見てきた、どの光とも違う種類ものだった。文明が進んで大きな街の灯りが、上から見てもはっきりとわかるようになっていたが、その電気の輝きとも明らかに違っていた。


ひかりは、その光を凝視した。

 その光・・・・・・それは、人類が生み出した核の強大な輝きだった・・・・・・


広島、長崎・・・・・・

 一瞬で消えて行った人々の苦しみは、嘆きの声を出すいとまさえ与えられることはなく、その地獄の炎と共に空に舞い上がった。


 そして、その恐ろしい炎が終わっても人々の苦しみは終わらなかった。

 その日から沢山の人々が、血を吐くような叫びの中で、よろめきもがきながら生きる日々が始まった。

 生きる事もまた地獄だった。


核の光は、その後も世界中で瞬き続けた。

 その恐ろしい輝きは、南の海で、砂漠で、地下で、数限りなく連鎖しながら広がり、恐怖の鎖で人々を押さえつけた。そして、その下で嘆き苦しむ人々の声に誰も耳を傾けようとはせず、嘆きの声はむなしく空へと消えていった。


時代は、また急速に進んで行った。人々の欲望の炎は果てしなく、地球の姿を変えていくほどになった。地球からは、様々な物がむしり取られ、人々に際限なく飲み込まれ、簡単に捨て去られていった。

そして、人々が自らはき出した、目に見えないほどの小さな毒は、人々の嘆きの声と共に水に溶け込み、空に上り、薄汚れた雲のように地球を何重にも取り囲んで晴れる事はなかった。

緑は消え、砂漠が広がり、大気や海の温度は上がり、荒れ狂う嵐は人々に牙をむいた。


そして、遠い昔の話と思い、みんなが顧みる事のなかった広島、長崎の嘆きは、巨大な地震と津波と共に現代の世に悪夢のように姿を変え蘇った。


戦争も貧困も飢餓も、文明の進んだこの世でも絶える事なく続いていた。

豊かに輝く人々の下では、あえぎながら声も出せずに踏みつけられる人々の姿が、形を変え存在し続けていた。


この地上の何処にも、逃げられる場所はなかった。すべてが敵同士のようだった。


ひかりは、目をおおった。涙がとめどなくあふれていった。

「何故・・・・・・?何故なの・・・・・・?」

 ひかりは、大ばば様達に助けを求めたいと思った。無理ならば、せめてあの時代を見たいと、後ろを振り返り目をこらした。


 ひかりの視線の見つめた先は、シン達の生きていた頃よりもっともっと昔だった。


アフリカの大地で人々はようやく人間として歩み出したばかりだった。

 野獣に怯えながらも、火を使う事を覚え、言葉を編み出していった。人々は火の周りに集い、知恵を生み出し、すべてを分かち合って生きていった。

小さな小競り合いもあった。命に関わる争いにまで発展し、仲違いをしてしまう事もあった。そんな中で、人々は試行錯誤しながら、お互いの決まりを生み出していった。


 それらの決まり事はひどい難産もあった。無事生み出してもまっすぐに育っていかない事もあった。状況が変わり死んでしまう事もあった。生まれ出る事すらできず消滅していった事もあった。

 それでも人々は、あきらめず話し合いを積み重ね、一つ一つ修正しながら決めていった。


人々は、やがて新天地に向かって旅立っていった。アフリカから生まれ出た人類は、世界中に散らばっていった。世界中どの国の民も、そのルーツをたどっていけばアフリカにたどり着いた。


 この世の命すべてが、一つの幹のもとに茂る枝葉なのさ・・・・・・ひかりは以前、シンの言った言葉を思い出した。

 ひかりも知識として、人類の起源はアフリカだ。と学んでいた。でもそれを自分の中に落とし込んで実感した事はなかった。


 シン達は体験を通じた、深い知恵によって世界を感じている。


 ひかりは小さな希望のかけらが見えた気がした。


 前と後ろに目をこらすと、長い帯のように続く人々の歩みの中で、殺戮の戦いが起こったのはほんの少し、自分の背で人類の歩みの長さを表すなら、戦いの時代は小指の先ほどの長さもなかった。


 人に、戦争の本能なんてない・・・・・・

 人は生きていく上で、いさかいをする事はある。過ちもおかす。でもそれを乗り越えてゆける知恵を持っている。人は過去に学び、変わってゆく事ができるんだ!

 そんなの出来っこないとせせら笑い、最初からあきらめるのは簡単な事・・・

 でもみんながもう一つ先の時代へと進む為には、お互いが尊敬の気持を持って、相手の意見に耳を傾け違いを理解して、話し合いを重ねていくだけ・・・ただそれだけ!


それに、人間のいさかいレベルの話だけじゃない。この地球が・・・・・・私達の欲望を支えきれず、このままいけば、もうもたない・・・・・・


ひかりは、虹色に輝く朝日の下で、人々の嘆きの声と共に、うめき声をもらす地球自身の声を聞いた。

 そして、これからの未来の姿を見ようと前方を見つめた。


急速に、体が地表に向かって落ちていった。ひかりの大嫌いなジェットコースターの比ではなかった。ひかりは声も出すこともできず、気が遠くなっていった。



「それで、どうだったの・・・」「だから、私がそんな事ないよ。って言ったらさぁ・・・・・・」


 ひかりは、ぼんやりと霧がかかったような頭の中で、誰かの話し声を、聞くとはなしに聞いていた。

「きゃはは・・・・・・あんたらしいね・・・・・・」ひかりの耳に、けたたましい笑い声が聞こえてきた。ひかりはびくっとしてあたりをきょろきょろと見回した。


 そこは、いつもと変わらない図書室の席だった。目の前にさっきまで広げて読んでいた、郷土の昔話のページもそのままあった。


賑やかにしゃべりながら、がらりと戸をあけて図書委員のお姉さん達が入ってきた。

 夢・・・・・・だったの・・・・・・?ひかりは、ぼやっと霞がかかったような頭で、郷土の昔話の本のページをめくった。


『扶桑木・・・・・・

 その木のこずえは大空を覆い尽くし、日の出る頃は西の彼方まで影になって、日の入りの頃は東の国のお日様を隠してしもうとった・・・・・・

 そこで人々は、この木を切り倒そうとしたが、天を仰ぐほどに大きいんで、どんなになんぎしてもなかなか切り倒せんかった、そんで火をはなって木を焼き、やっとの事で切り倒したんじゃと・・・・・・

それはそれは大昔の話やけど、それから何千年たっても、まだ扶桑木の朽ちた木が海の上に横たわっとって、その上を歩いて海の向こうまで歩いて渡れたそうな・・・・・・

その後長い年月、人々に忘れ去られとったんじゃけど、今でも森の海岸にいったら、扶桑木の真っ黒な炭化木が出てくるそうじゃ・・・・・・』


ひかりの頭に、稲妻の様に天まで届くウタの木の姿が浮かんだ。

 夢じゃなかった・・・・・・ひかりはそのページをじっと見つめ続けた。


 次の日曜日、ひかりは母親に頼んで森の海岸に連れてきてもらった。


海岸の崖の所に、所々黒っぽい縞のような層があった。そっと掘り出してみると、それは真っ黒に変化した木の切れ端だった。

 シン・・・・・・

 ひかりは、その木ぎれをぎゅっと握りしめ胸の所に当てた。ひかりの心臓の鼓動に合わせ、その木ぎれはウタの木と共に生きてきた先祖達のように力強く脈打った。

 ひかりはそれを、ハンカチに包み大事にポケットに入れた。ポケットの中から、大ばば様の声がひかりの耳に谺した。


 ひかりが浜に座るお母さんの所に戻ると、お母さんは風に吹かれながらぼんやりと海を見つめていた。

弟は、運動靴をぬらしながら波打ち際で石投げに夢中だった。


お父さんは、一人で留守番だった。出かける時にお母さんは、家にいるお父さんに誘いの言葉もかけず、ただ「行ってきます」とだけ言って家を出てきた。

外には暖かな風が吹いているのに、そこは冷たくさびしい北風が舞っていた。


お母さんは、横にやってきて並んだひかりの顔を見ずに言った。

「お母さん、お父さんと別れようと思ってるの・・・・・・」

 やっぱり・・・・・・とひかりは思った。しかし、実際にお母さんの口から聞くその言葉は、まるでテヅチから受けた矢の痛みのように、ひかりの胸を突き刺した。


「ひかりは、お母さんと一緒に来る?」

 お母さんは、普通の話をするように淡々としゃべった。

「あたしは、嫌だな。どっちの元にも行かない!」

 ひかりはお母さんの顔を見ながら、強く言い放った。お母さんは笑うような泣くような表情を浮かべて、困惑した表情をした。

「小学生でそんな事、無理でしょ。聞き分けのない赤ちゃんみたいな事言わないの・・・・・・どっちかしか選べないのよ・・・・・・」


「そんな事ないよ。どっちかのおばあちゃんの家に行く事も出来るし、今すぐじゃないけど、中学生になったら寮に入って家を出ていく事だって出来るわ!」

 ひかりは、まっすぐな目をして力強く言い放った。お母さんは慌てたように言った。

「そんなに簡単にいくわけないでしょ。まだまだ独り立ちなんて出来っこないじゃない!よく考えなさい!」ひかりは負けなかった。

「どうして最初から出来ないと決めつけるの?やってみなくちゃわからないわ!転びながら、失敗しながら人は成長するのよ!」


 お母さんはあっけにとられたようにひかりを見ていた。ひかりは言葉を続けた。

「だいたい、お母さんが離婚しようとする原因は何なの?その理由をきちんと言って。理由もわからずどっちか選べなんて出来ないわ」

お母さんは、ひかりの毅然とした態度にたじたじとなった。


「だって、あなただってあきれたでしょ。お兄ちゃんが事故にあって亡くなった時・・・・・・私は悲しくて、悔しくて、たかしの敵をとってやりたくて!なのに・・・・・・なのに・・・・・・」お母さんは、感情が抑えきれなくなってわっと泣き崩れた。

「なんだか、すべてが信じられなくなったのよ。この人は私達の事、愛してなんていないんだって・・・・・・あの時からお父さんに対する不信感だけが残って・・・・・・やり場のない怒りや、恨みの気持だけが残って・・・・・・」お母さんは堰を切ったように泣き崩れた。


「そうだね。私もあの時そう思った・・・・・・お父さんは冷たいって。それどころか、もしかしたら、教師という立場で事を公にしたくないのかとも疑っちゃった・・・・・・」 

「そうでしょう!それからお父さんにあの時の悔しい気持を話しても、『ああ・・・・・・』とか『そうだったね・・・・・・』とか気持が伝わらない返事しか返してくれないし・・・・・・お互いにビールの量だけが増えていって・・・もう話しても駄目なんだって・・・・・・この人には伝わらないんだって・・・・・・そう思ったの・・・・・・」


 ひかりは、ここ最近の空き缶ゴミの量を思い出し少し悲しくなった。お酒に逃げる大人を責めたい気持がのどまで出かかった。でも今は、とりあえずやめておこうとぐっとがまんした。

「そっか・・・・・・お父さん、昔からしゃべるの得意じゃないしね。でもお母さん以前はそんなお父さんの朴訥な所がいいんだよって言ってたじゃない。真面目で信頼が置けるんだって」

「以前は、そんな所がいいと思ってた。でも今は、その良いと思った所が、嫌な所になっちゃったのよ・・・」お母さんは大きな音をたてて鼻をかんだ。

「長所は短所で、短所は長所になりうるからね。人間て勝手だよね・・・・・・」

 ひかりは後ろに手をついて空を見上げ、言葉を続けた。


「でもさ、人はみんな違うから、違う所を取り上げて、こう変わってほしい!と言われても無理じゃないかな」

「でも、家族だものわかってほしいじゃない。どんなにあの時、私がお父さんの言葉に傷ついて悲しかったか、悔しかったか・・・・・・」

「じゃあお母さん、お母さんは本当にお父さんにわかってもらえるように、とことん話したの?そして、自分の事ばっかりじゃなくお父さんの言い分もきちんと聞いたの?」

「そんなゆっくりした時間なんてないわよ。仕事だって忙しいし、あんた達の世話だってあるし!」お母さんはすねた子供のようにようにプイッと横を向いた。


「本気で話そうと思ったら、方法はいくらだってあるよ。出来ないのは、自分が本気で思ってないだけ!そうだお母さん、今から家族会議しよう!心の中を包み隠さず全部言い切って辛かった事も、苦しかった事も、悲しかった事もぜ~んぶはき出しちゃおう!恨み言も全部言ってすっきりしちゃおう!そしてお互いに意見を聞こうよ。ねっ、そうしよう!」


 ひかりはお母さんの手を引っ張った。お母さんはあきれたように、渋々と起き上がった。

「あんたが、何を言ってもお母さん決めたんだからねっ!」お母さんは子供のようにふくれ面をしながら言った。


「解ってる解ってる!過去と他人は変えられない!変えられるのは自分と未来だけ!」


 ひかりは、波打ち際の弟を呼んだ。振り向いた弟の顔に、ひかりはユクの面影を見た。


 私の後ろからずっと道は続いて来た。

 そしてこれからは、私達一人ひとりが命のバトンを受け取って、それぞれの道を切り開いていく。

 他人が敷いたレール上じゃなく、自分の力で・・・・・・

 ずっと先の、まだ見ぬ子孫達に続く道を・・・・・・


 波は、シンの生きていた時代と変わらず、寄せては返し時の流れを刻んでいた。


そして、季節は春から夏へと変わろうとしていた。


 ひかりは、顔を上げまだ見ぬ未来を見つめた。




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