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短編

塞翁ゲーム

作者: 紀舟

 人間万事塞翁が馬、ということわざがある。

 昔の出来事が元になったことわざで確かこんな感じだったはずだ。


 とあるじいさんが馬を飼っていた。

 しかし馬はひょんなことから逃げてしまう。

 じいさんはもちろんがっかり。

 けれども馬はさらには立派な馬を引き連れて帰ってきた。

 じいさんは大喜びするもののその馬に乗った息子が怪我をして、また意気消沈。

 しかしまたまたその怪我のおかげで息子は戦争に行かずに死なずにすんだ。

 人間何が不幸になるのか幸運になるのか予想もつかないものだなぁ。

 おしまい。


 これに似たゲームが最近、僕たちの間では流行っていた。

 僕たちはこのゲームを、ことわざに似ていたから『塞翁ゲーム』と呼んでいた。まぁ正式な名称ではないのだけれど。

 市販のボードゲームやスマホのゲームだったりと違って、その場で遊ぶ手遊びや口遊びには往々にして定かな名前がないものである。

 このゲームも同じく、地方で名前が違っていたり、もっと狭い範囲では学校ごとに違うようで『不幸なことにゲーム』と呼んでいるところもあるようだった。


 まぁ、名前の話はそんなに重要じゃない。ゲームは面白いのが一番だ。

 このゲームのルールは非常に簡単だった。


 ゲームは何人でも参加できる。

 まず一人目が「幸運なことに」と言ったあと、幸運な出来事を言う。

 二人目はその反対で「しかし不幸なことに」と言ったあと不幸な出来事を言う。

 三人目は再び「幸運なことに」だ。

 幸運、不幸、幸運と交互に言って物語を紡いでいくのがこのゲームだった。


 例としてはこんな感じ。

 一人目。幸運なことに買ったアイスが当たりだった。

 二人目。しかし不幸なことに食べてる途中で落としてしまった。

 三人目。しかし幸運なことにそのアイスは毒入りだったので命拾いした。

 四人目。しかし不幸なことにおかげてさらに暗殺者に付け狙われることになった。


 なんでアイス食べて命狙われなあかんのや。


 そんなツッコミをみんなで入れてゲラゲラ笑いつつ話は続き、どんどんおかしな方向に向かっていくのがこのゲームの面白さだった。

 ちょっとしりとりとか古今東西ゲームに似ているかもしれない。

 要は、なんか時間があるからちょっとやってみようか、くらいの遊びである。


 しかしこのゲーム、欠点も二つほどあった。

 ずっと幸と不幸を交互に言っていくだけなので終わりという終わりがない。

 そしてもう一つがゲームをしている面子がさほど気心の知れてない相手の場合、己のバカさ加減を晒せない相手だったりすると、たいして面白い話にはならずひたすら日常の出来事を繰り返す話になってしまうのだ。


 いま、僕はその二つを実感している。


「ほらほら、次は鷺原さぎはらくんの番だよ」


 向かいに座った鹿島かしまさんがにやにやしながらボールペンで僕の腕をつついてきた。

 僕は顔をしかめてあからさまに嫌そうな顔を作ってみせるのだが、鹿島さんは動じない。逆にほらほらー、と急かされる。


「えーあー、不幸なことにぃぃー」


 暮れてゆく放課後、教室に女の子と二人きり。

 女の子は同じクラスの三番目くらいに可愛い子だ。

 彼女は僕をずっと見つめ、僕の言葉を待っている。

 ……というと、めちゃくちゃリア充に聞こえるが、なんてことはない、僕と鹿島さんはただの日直で先生に仰せつかった仕事を黙々とこなしているだけ。しかも鹿島さんには隣のクラスに彼氏がいるときている。


 僕の目の前にはプリントの山。明日配るプリントを二つ折りにしてほしいとか。

 鹿島さんの目の前には日誌。通常の日直の仕事は終えたので、その報告を鹿島さんは書いていた。


 で、ずっと黙って作業するのもつまらないからと塞翁ゲームを始めたのだが、可愛い女の子の前で笑えるようなボケを言うなんて高等スキル、僕が持ち合わせている筈もない。それどころか緊張してゲームを繋げることがやっとだった。

 そんな緊張の中での塞翁ゲームなんて、大した話にもならず、通例どおり日常の幸運あるあるや不幸あるあるを言っていくだけのただの会話になっていた。

 しかも、終わり時が分からない。もう終わりたいのにそう言いだせず、延々と幸運と不幸は続く。次第にネタは尽きていく。


「幸運なことに今日は晴れて良い天気です」

「しかし不幸なこと僕たちは天気が良いのに教室でつまらない授業です」

「しかし幸運なことに三限目は自習でした」


 こんな他愛のない会話から始まり、途中まではほのぼのとしていたが、もう、むり、ネタ尽きる。

 というか、そもそもこのゲームを二人でやるってキツイっての!

 二人だとどうしてもずっと幸運を言い続けるか、不幸を言い続けるかになってしまう!

 僕はその不幸を言い続ける方だった。


 今日という日がアノ日だってだけで朝から憂鬱だったのに、ずっと不幸話を考え続けてさらに憂鬱になったよ!


 そう叫びたいところだが、僕の口から出るのはさっきから「あー」だの「うー」だのばかりだ。

 もう不幸のネタがない。

 「持ってきた弁当が寄っていておかずぐちゃぐちゃだった」も言ったし、「飲み物を買おうとしたら小銭落とした」も言ったし……なんかありきたりなことしか言ってないな、僕。

 僕にストーリーテラーの才能はなさそうだ。


 ネタ、実はないこともないのであるが、どうもそれをネタにするのはリア充の前でははばかられた。

 これは僕の意地である。

 できれば言いたくない。

 しかし鹿島さんはまだかと目をキラキラさせて待ち構えている。

 なんかここで終わろうと言える雰囲気ではない。

 もうこうなったらあれを言うしかないのか。


 僕は意を決して、某浮いた城を舞台に最後のほうに出てくる滅びの呪文級のあの言葉を口にした。


「不幸なことに今日はバレンタインだ」

「………………」


 言った瞬間なんだか周りの空気が固まった気がした。


「え? それって不幸なこと?」


 あーもう! ほらー! これだからリア充はー!! そんな無垢な目でこっち見るな!


「ぼっちには不幸!」

「んー、そう?」


 鹿島さんはそうかな? と首を傾げ、「じゃあ続けるね」と何事もなかったように「幸運なことにー」と楽しそうに続けた。


「幸運なことにバレンタインなのでチョコがたくさん食べられます」


 な! たくさん!

 友チョコかっ? リア充なうえ、友チョコ自慢かっ?!

 良いよなー女子は、リアも非リア関係なくお祭り騒ぎなんだから。男子の悲壮感を少しでも味わえ。

 チョコが食える食えないではなく、貰える貰えないの天国と地獄を。


「しかし不幸なことに朝から一個もチョコがもらえません」

「え……」


 引くな、お願いだから引くな……。


「しかし幸運なことに、帰る直前でチョコを貰えました」


 ちょっ! 創作にしてもその慰め方はキツイ!

 やめてっ! 同情とかいらん!!


「しかし、不幸なことに今日は日直です。早く帰れません」


 もう早く帰りたい。

 一刻も早くおうちに帰りたい。

 バレンタインの無い世界に行きたい。


「しかし、幸運なこと日直のパートナーはそこそこ可愛い女の子です」


 ぐあああああーー!

 確かに! 確かに鹿島さんは可愛いよ?

 クラスで三番目くらいだけどそれが親しみやすい感じだし、なおかつ自分で可愛いって言っても冗談交じり照れまじりで同性からも反感を買わずに許されるくらいのレベルの可愛さだよ?

 でも、あんた……


「しかし不幸なことにその子には彼氏がいます」


 そうだよ! 彼氏いるでしょ、あなた!

 なに、僕に再確認させてんだよ!

 ねぇ君、Sなの? そうなの?


 なんか悲しくなってきて、若干俯きがちになる僕。

 鹿島さんはそんな僕を一瞥したあと、何故か一つ深呼吸をした。


「しかし、幸運なことにその子は彼氏に振られました」

「…………………………………………………………………………え?」


 今、なんて言った?

 振られた? 彼氏に?


「誰が?」

「だから、その子が」

「その子って?」

「えーと、日直のパートナーのそこそこ可愛い女の子」


 日直のパートナーのそこそこ可愛い女の子……。

 心の中で反芻する。

 それってつまりは、鹿島さん?

 え? 鹿島さん彼氏にふられたの?


「え、いつ?」

「一か月前」


 なにーーーーーっっ!

 あの野郎ほんとにこんな可愛い鹿島さん振ったのかよーーーーっ!!

 ゆ、ゆるせん!

 あのクソ頭良くでクソ運動神経良くてクソイケメンの隣のクラスの蜂谷!

 あいつ鹿島さん振ったのかーーーーっっ!!!


 頭の中の僕は、突然のことに怒髪天を衝く勢いだった。

 しかし、それを顔に出すのはかっこ悪いことのように思えて、僕はわざと何でもないことのように装った。


「へ、へぇ……」

「ほ、ほら。次はまた君の番だよ」


 気まずそうに鹿島さんがまた僕の腕をボールペンでつついた。

 こんな状況でもまだこのゲームやるのか。

 ってちょっと待て。

 僕が不幸を言い続けているということは、鹿島さんは幸運を言い続けていることになるわけだが、彼女は今、何と言った?

 幸運なことに、彼氏に振られた?

 振られることって幸運か?


「鹿島さん、あの、幸運って」

「ほら、君は不幸!不幸を言って!!」


 聞き返そうとして、遮られた。

 そのまま言い出せず、僕はゲームを続けようとする。


「うー不幸なことに、不幸なことに……」


 しかし不幸、不幸とぶつぶつ呟きながら、振られたことが幸運である理由を僕は考えていた。

 それだけのインパクトが鹿島さんのカミングアウトにはあった。

 バレンタインの今日、僕しかいない教室で、彼氏に振られたことを言う理由。

 え、それ、僕、ちょっと良い方に考えちゃいそうなんですけど。

 それって、つまりは、その、そういうこと?

 僕もついにリア充入りってこと?

 いやいやいやいや、言われたのはゲーム中ですし。

 もし本当に鹿島さんが彼氏に振られていたとしても、僕がネタに尽きて言いたくなかった今日がバレンタインであるってことと同様に鹿島さんもネタに尽きて言ってみただけなのかもしれない。

 振られたのが幸運ってのも、実は蜂谷はとんでもない束縛彼氏で鹿島さんは困ってて、振られて晴れて自由の身、やっほーっ! てことなのかもしれない。

 そこまで考えて、やっと僕は不幸を口に出せた。

 そうだ、彼氏に振られたからと言って、鹿島さんが僕のことを好きだと言ったわけでもないのだった。

 僕は何を期待していたのか。


「しかし不幸なことにこの世界に男は何億といて、この学校にも何千人と男がいて、その女の子が今も恋をしているかも分からないし、その相手が誰なのかも分かりません」


 一気に言ったあと、再び空気が固まった気がした。

 あと、ちょっと鹿島さんが怒っている。


「幸運なことに、その女の子は好きな人がいます!」


 語気が荒い? どゆこと?


「不幸なことに僕にはそれは関係ないことかもしれません」


 でも、やっぱり予防線を張ってしまう僕。

 もう鹿島さんの顔は真っ赤でこっちに噛みつくような勢いだった。


「幸運なことに! その好きな人は目の前にいます!!」

「…………………………………………………………………………え?」

「……………だ、から………………目のまえ、に」


 小声の鹿島さんがなんだか可愛い。すごく可愛い。

 今までももちろん可愛かったけれど、さらに可愛く見える。


「ほら、次は君だよ」


 照れ隠しにそう言う鹿島さんは僕のほうは見ずにボールペンでやっぱりつついた。

 その顔もやっぱり赤くて、やばいくらい可愛い。

 なんかもうすべての語彙を奪われたんじゃないかってくらい、可愛いしか出てこない。


「……えーと、そうだな」


 僕は考えた。何と言ったら良いものか。

 しかしこれしか出てこなかった。


「しかし不幸なことに、このゲームをやり続ける限り僕は不幸しか言えないので、ゲームを終わりにしたいです。好きって幸運を君に伝えたいから」


 言ったあと鹿島さんを見ると鹿島さんはすごく泣きそうな顔をしていた。


「あ、そうだ。さっきの帰る直前でチョコもらえるって、あれ、ほんと?」


 頷いた鹿島さんは、今まで見た中で一番可愛いくて、愛おしかった。 

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