あの、もう壁ドンのお詫びは充分なのでご容赦下さい!
お久しぶりです、今回も荒ぶってます。
秋原視点、ド恋愛編です。
多分嘘は言ってない。
おかしい、おかしいって。
なにこれどうなった、どうなってる。
じわじわと襲い来る違和感とか、そんな次元じゃない。
絶対に波の届かない砂浜の位置でぼーっとしてたらいつの間にか竜宮城に着いてしまったとか、それぐらいの激しい違和感。
あれ、もう自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。
日本語って難しいね、あはは!!
……ハハッ!!!
脳内私が頼りない笑みを浮かべているのが見えた。
駄目だ、妄想の中でさえ私の逃げ場は閉鎖され尽くしているようだ。
現実からどうあがいても逃れられない。
トラップが、トラップが巧妙過ぎる!!!
じんわりと沸き出ていた汗が今ではビッショリと女子力の欠片もないレベルに達していた。
隣で説明をしてくれている綺麗なスタッフさんも頻りに体調不良や室内の温度が高いでしょうかと心配の言葉をかけてくれる。
すいません御免なさい。
そんな申し訳なさそうにしないで下さい、謝らないで下さい。
あなたや会場に不備不満は全くもって御座いません。
この多量な発汗は私が状況に付いていけていない事が原因でございますので、ええ。
「秋原さん、コチラはどうですか。あなたは純白よりもクリームがかった白の方が良く似合う」
「え、あ、そうですかね?じゃ、じゃあそっちで決め……」
「いえ、もっと沢山候補を出しましょう。一生に一度の事ですからね、納得のいくまで選び倒した方が良い」
「あ、ありがとうございます」
咄嗟に感謝の言葉が口から飛び出てくる。
そんな事を言いたい訳じゃない、何て思い通りにいかない厄介な口なんだこのやろう馬鹿野郎。
焦る私を余所にパラパラとパンフレットはテンポ良く骨ばった大きな手に捲られていく。
あ、これは中々可愛いかも……と口に出そうとする度にその捲る手の動きは止まりどういう訳か良いと思ったドレスをピックアップしていく。
なんだこれ、エスパー?超能力者??
やっぱり人間じゃないの???魔王なの????
あまりにドンピシャな察知能力に戦慄していると彼はテキパキとスタッフさんと相談して私の好みど真ん中なドレスを三つに絞りあげた。
お花が咲いたAラインのドレス、オーガンジーが柔らかに煌めくドレス、レースが首元まで覆う清楚なドレス。
どれもが心にぐっとくる位素敵で美しい。
わー全部綺麗~と感激している私はそのままスタッフさんに連れられバババッと手際よく全てを試着する流れになり、満場一致の意見でオーガンジーのドレスに決まった。
決まった。
私のウエディングドレスが。
***********************
「あれ、さっちゃん帰ってたの?今日だったんでしょドレス決め。どうだった?良いのあった?」
「純君………、うん、無事決まったよ」
隣接したベランダの向こうから馴染んだジャニーズ顔がひょっこりと出てきた。
昔はチャラついた外見をしていたものだが社会人一年目になった今はその面影は無い……とは言い切れないが随分とサッパリ爽やかな好青年になったものだ。
顔が良いというのはなんとも羨ましい。
ニコニコと能天気に笑う彼に内心イラッとしながら警戒心を持たせない様に最善の注意を払い、朗らかな声色で今日の晩御飯に誘う。
あまり男性と部屋に二人きりになる事は好ましくなかったが、純君は色々あり百パーセント安全だという保証付き&たった今聞き逃せない発言をしたので、形振り構っていられなかった。
確かめたいことがある。
絶対に確かめなければいけないことが!!!
カチャリと机に麻婆豆腐諸々のご飯を並べ頂きますをし、モグモグ食べ始めて少し落ち着いた頃におずおず切り出す。
今世紀最大の私の疑問を。
「あのさ、私ってもしかして梶嶋さんと結婚するの?」
ブフォッと何やら盛大に噎せ混んだ音が聞こえる。
おいこら、カーペットにレンゲを落とすなよ!染みになる!!
このカーペットは私が大量のパンを貪り苦労して貯めたポイントで引き換えた大切な大切なリラックスなおクマさんの限定品だ。
何人たりとも汚すことは許さん!!
普段はミリ単位も発揮されない反射神経を使い何とかレンゲを受け止め一息つく。
こういった時は機敏なのに運動となると途端にトロくなるのは何故なのか。
「さ、さっちゃん??何今更そんな事言ってるの!?ドレスも決めたんでしょ!!」
「やっぱり今更?そうだよね、今更だよね!?」
「…………どうしたの?何かあったんなら話聞くけど。あ、待って、まさか兄貴にも同じ様な発言してないよね!?ね!!??」
「それは流石にしてないよ!!」
「良かったぁーーー!!!本当に絶対に殺される所だった、十中八九殺される所だった!!」
肩を勢い良く捕まれ前後にブンブンと振り回される。
まてまてまて、お食事出ちゃうから!!
inされたものがoutしちゃうから!!
レンゲ以上の大惨事になっちゃうから!!!
ウップと青ざめた顔をした私に漸く気づき、手が離される。
ただ純君の顔の方が私よりも倍悲壮な感じになっていてこれでは一見被害者がどちらか分からない。
そんなに兄が怖いか、いや、怖いな。
一旦落ち着こうとコップのお茶を仲良く二人で一気飲みし、事態を解決すべく会議が開かれた。
秋原 幸乃、田舎から上京し小さなデザイン会社で働くしがない社畜である。
この度誕生日を迎え無事に二十五歳の立派なアラサーになりました。
顔も身体も能力も性格も平凡のド平凡な私は嘗てこの目の前で念仏を唱え始めた青年純君に多大なる迷惑をかけられ戦った事がある。
端的に言えば下半身ゆるっゆるだった彼の被害が騒音という形で隣人であった私に来たという話だが、これは心からの反省と更正を見せてくれたので今は綺麗サッパリ水に流した。
そしてその反省と更正の切っ掛けになったのが何を隠そう彼の兄であり魔王……んんっと、ええと、まあ兄、兄ですハイ!
兄である梶嶋 凜さんになる。
圧倒的な支配力。(暴力とも言えなくはない)
圧倒的な存在感。(圧力強い!強すぎる!!)
底冷えする眼差しは銀フレーム眼鏡により一層神経質そうに見えまさに絶対零度。
一寸の乱れもなく整えられたオールバックの髪と身体にピッタリ沿うオーダーメイドであろう三つ揃えのスーツを纏って颯爽と現れたその姿。(+純君の頭を片手に装備)
あの日の出来事を私は一生忘れられそうな気がしない。
勿論、恐怖的な意味で。
弟の愚行を謝りに来た梶嶋さんは私に一枚の名刺と並々ならぬ恐怖を残して嵐のように去っていった。
後々してほしい事が思い付けば連絡して下さいと名刺を渡されたが、お腹一杯胸一杯だった私はもう充分ですねとそっとそれをカードケースに仕舞った。
仕舞って、隣が静かになって、何だか勝手に自己完結して、忘れた。
名刺と約束の存在を。
それはすっかり平穏が戻ってから丁度一ヶ月が経った頃だった。
ピンポーンと鳴るインターホン、梶嶋ですと告げる声。
デジャビュ。
謝罪を受け終わった気になっていた私はあらあらまあまあ本当に律儀に来てくださったのかぁ!!と完全に油断し寛ぎモード全開だった身体を申し訳程度に整えてガチャリと出迎えた訳である。
ここまではまだ普通の出来事だ。
「今晩は、梶嶋です。ご連絡を中々頂けないので恐縮ながらコチラから来させて頂きました」
まぁ、まだ分かる。
わざわざコチラに来てくださって御足労かけてすみませんといった感じだ。
「いえ、何もしないという訳にはいきません。……そうですね、本日は既にご飯は済ませてしまいましたか?」
どうやらご飯を奢ってくれるらしい。
こんな美形な人にレストランに連れていって貰える機会なんてそうそう無いし、一度位は甘えて良かろうかと。
うん、美味しかった。
そしてもう会うことは終わりだろうと。
うん。
「まだこれしきの事ではお詫びに入りません」
う、うん。
「こんばんは、今日はフレンチにしましょうか」
こ、こんばんは?
「こんにちは、明日は休日なので朝に迎えに来ます」
えーと、はい、こんにちは……?
あの靴が、あ、勝手に閉まらないように支えてると、なるほど。
ストッパー無くてすいません。
「おはようございます、しっかり睡眠は取れましたか?あちらに車を用意してありますから今日は遠出しましょう」
おはようございます、そっか遠出かぁー久々だなぁ………………ん?
うん????
………………あれ!?
と、気付けは何十回にも渡るお詫びの応酬が続いていた。
何かおかしいなー、おかしすぎるよなー、と誤魔化しきれない違和感を胸に過ぎ行く月日。
いつの間にか諸悪の根元であった純君とも名前あだ名で呼び会うまで仲良くなり、こりゃそろそろ本格的に違和感を正してみようかとまごついていた矢先の事件が今日になる。
なんかドレス決めてるんだけど?ウエディングドレスなんだけど?
「そろそろ良いですか?」
なんて聞かれたのでてっきり私と同じく違和感に気づき、そろそろ会うのも終わりにしましょうという合図だったのかとそうだとばかり。
まさかまさか、こんな展開になるなんてちっとも、ちっっっっとも予想しておらず、結婚式場に足を踏み入れた瞬間に全ての掛け違いを認識してあり得ないミスに心臓が潰れ死ぬ所だった。
これ私結婚するの?結婚??
誰と?梶嶋さんと???
かっっっ、梶嶋さんとぉ!?!?!?
「………という訳になります。質問は随時受け付けております」
「さっちゃん……。あんまり将来の姉さんにこんな事言うのもアレだけどさ、お馬鹿だよね?」
「お姉さんって!!!ちょっ、ちょっっっ!!」
馬鹿だという事はしっかりと事実として受け止めていたので反論出来兼ねるが、唐突な姉さん発言には思わずビビって食器などお構い無しに身体を乗り上げてしまった。
君は一体なぁにを言ってるんだぁっ!!
そう、これだ、これ、この不思議。
この、ね、姉さん……発言だったり、今日ドレス決めがあることを知っていたり。
どう考えても当事者の私より真相を知っている。
さながらポジションはコ○ン君と小○郎おじさんといったところか。
「純君どこまで知ってるの?けけけ結婚の事、とか」
「知るも何も兄貴は既に両親にも報告済みだし…………てか、さっちゃんのご両親にも許可を取ったって言ってたよ?」
「えっっ!!!」
そう言えば最近やたらと彼氏を連れてこいとしつこくメールを貰っていた。
何度そんな人はいないと断ってもニヤニヤして取り合ってくれなかったのはそんな裏事情があったからなのか!!!
ハハーン、成る程ね。
……って、違う違う!!!
梶嶋さん、何してくれちゃってんの!!??!?
マジですか、知らなかったの私だけですか。
いや、でも私プロポーズもされてない気がする(今となっては断定仕切れないけど)し、指輪も貰ってないし。
え?いつから?
いつから恋人になってて結婚まで考えられるようなパートナーにまでランクが上がっていたの!?
だ、だって分かんないよ。
私達キスすらしたこと無いよ!?!?!?!?!?!?
いやでも、何度か距離が近いなーと思う事は確かにあった。
寒いでしょうと手を繋がれた時は私ごときにもそんな事をするとは何て紳士な人だと感心したし、顔に付いたご飯粒を取られてそのまま食べられた時はフェミニストやべぇとうち震えた。
しかし、だがしかーーし!!
晩御飯を家で作ると招待された時には本当に食べるだけで終わったし、12時を過ぎる前には必ずこのアパートへ送ってくれていたのだ。
分かるわけがない!!!!
……え、分かんないよね?普通……多分。
自分の鈍っぷりを思い知ってしまった今、心の底から言えないのが悔やまれる。
確実にハッキリ断言できるのは、私が馬鹿である事と結婚が確実に迫っているという事だけだ。
まじかぁ!!
「梶嶋さんと結婚……、結婚。どうしよう、本当の本当に今更だ。今からでも断らないと」
「冗談!!そんな事態になったら俺、今度こそ殺されちゃ……」
「純の言う通りです。ご冗談を」
「「ッッ!!!!」」
鍵を、かけていなかったかもしれない。
背中にかつて経験したことの無い重圧を、重力を感じる。
ここは山頂だろうか、酸素が薄い。
うっ!!なにっ、空気も寒っっっ!!
今夏だよね?蝉も泣き叫ぶ真夏ですよね??
横目で純君の口がアニキとパクパク動いたのを確認する。
振り向きたくないと泣き叫ぶ首の筋肉を恐る恐る動かし背後に立つ人物を視界に捉える。
隣から泣きそうな声で俺の言う通りって俺が殺されちゃうって事じゃないよね?違うよね?とブツブツ聞こえてくるがスマン訂正してあげる余裕がない。
あんなにお茶を一気飲みしたはずの咽は急激に潤いを失いカラッカラ。
窮鼠猫を噛むという諺があるが、今は素直に鼠の勇気に賞杯を捧げたい。
普通に考えて、立ち向かうとか、無理。
「純、外せ。秋原さんと話がある」
「ぁっ」
彼はスクッと綺麗な姿勢で立ち上がり音もなく玄関へと駆けていった。
忍びか。
う、裏切り者めぇ……。
恨みがましく閉まった玄関を見つめる。
見つめる、見つめ続ける。
もう絶対に君から瞳を離さないぞ愛しの玄関ちゃん。
この空気感の中梶嶋さんへと目線を合わせるなんて荒業は私には不可能だ。
凍る、凍ってしまう。
すごいキズ薬も何の意味の無い一撃必殺の氷だこれは。
お仕事はどうなさったんですかとか何でここにとか、聞きたいことは沢山渦巻いていたが何一つ正解の言葉に思えなくて押し黙る。
「秋原さん」
「……は、ぃ」
「秋原さん」
「ひゃ、ひゃい!!」
そっと顎に手を添えられて強引に目線を合わされる。
あれ?眼鏡が無い……、何で外してるの?
そして、段々と顔が近付いてきてチュッと。
それはそれは可愛らしい小鳥の囀ずりみたいなリップ音がして…………
「え、…………っえ?」
「もう一度」
「は……?ぁ…、んんっ……ん…!?」
「鼻から息を吸って下さい」
「んんんんーーーーっ!ー?!?」
し、舌がぁぁぁあああ!?!?
にゅるにゅる、ちょ、酸素、にゅる、呼吸っ、呼吸っっっっ!!!!!
初心者が鼻からスムーズに息を吸える筈もなく、微かに出来た口の隙間から懸命に空気を取り込む。
プハァと大きく口を開く度に舌がグイグイと攻め込んできて酸欠のループが出来上がっている。
あれ、意識がこれっ、死ぬよ?
もう一秒でも長引いたらフェードアウト、というギリギリの所でツツッと糸を引きながら唇が離れる。
グッタリ力の抜けた身体を両腕に囲われる形で支えられゆっくりとソファへと横倒し、腰にクッションを持ってきてくれた。
なにこれ、なにこれ、なにこれ。
キス?私が今したのはキスなの??
ディープキスってこんなに激しいの?そうなの?
ぬろぬろとした感覚に背中がぞくりと震える。
「気持ち悪かったですか?私とのキスは」
視線の低くなった私に合わせて屈み、上から覗き込むように顔を近付けてくる。
濡れそぼった唇が妙にいやらしくて、何より恥ずかしくて見ていられない。
気持ち悪い?
いや、苦しかったけれど、決してそんな事は…………むしろ
「私との結婚は嫌ですか?」
梶嶋さんとの結婚。
嫌って?私が??
頭の中でザッと二人の結婚シーンを思い浮かべる。
しまりなくヘラヘラ笑っている自分の顔が嫌でも浮かんで気持ち悪いが、それはそれで。
「えっと、嫌じゃないですけど……?」
普通に結婚はしたい。
「は?」
「えっ?」
吃驚したように切れ長の目が見開かれている。
え?何?おかしなことでも言ったっけ??
特に、思い付かない。
「……嫌じゃ、ないんですか?こんな強引に色々取り決められて。だから結婚を断ろうなどと言ったのでは?」
「えっ、違いますっ、そういう意味で断った訳ではなくて!!あ、そりゃ人生最大級の荒波ってくらいに強引っちゃ強引でしたけど……」
「ならどうして、どうしてですか?」
肩を捕まれてまたまたの登場であるデジャビュ。
弟とは違い揺さぶられはしていないものの、目の前には悲壮で苦しそうな顔。
梶嶋さんが、表情筋死滅後みたいなあの梶嶋さんがこの表情。
何事か。
私の予想ではこんなに結婚破棄の話がわちゃわちゃと拗れるとも悲しませてしまうとも思っていなかったのに。
完全に目論見が崩れた。
これは高校の中間テストで英単語のヤマを悉く外して以来の予想外。
……もしかして、無意識に突っついてはいけない彼の繊細でナイーブな部分に刺激を与え、こんがらがらせてしまったのだろうか。
鈍感は罪だとよく聞くが、私の鈍い毛の生えた発言によりこの表情をさせてしまっているのなら本当に噂に違わず罪深い。
肩を押された拍子に腰からピョイっと飛び出たクッションを胸元へ盾のように抱え直す。
理由の掴めない今は取り合えず自分の気持ちを伝えて、そして最後に誠心誠意謝ろう。
謝るだけじゃ収まらないなら、うん、気は乗らないがこのクッションを使い奥の手を使うか。
「どうして、と言われても………私達って責任謝罪云々かんぬんでの繋がりだったじゃないですか」
「それは……」
「私は、結婚もそういった延長でさせてしまってるのではないかと漸く今日気付いて、居たたまれなくなってしまったというか……。私は別に梶嶋さんの事をその、そう、好きになってしまったので良いんですが。やはり結婚は互いに想い合った人同士じゃないといけないなぁ、なんて思いまして」
言いながら頬が火照るのを感じた。
好き、そうだ、私梶嶋さんが好きだ。
言葉に出してみるとより一層そんな気がしてくる。
どのタイミングで、初めからなのか謝罪の応酬からなのか定かではないがどうやら恋に落ちてしまっていたみたいだ。
こんな美形さんに間も開けず会って(恐い時もあるが)優しくされて、恋愛経験値の低い私は立ち向かう事すら出来ずにいつのまにか落とされてしまっていた。
好きだから結婚はしたい。
でも、だからと言ってハイしましょうにはならない。
この先何十年も一緒にいる相手だ、最終的に想いは薄れてしまうかもしれないとしても最初くらい想い想われの関係からスタートをしなければ結婚という法律にまでなっている結び付きに失礼だ。
こんな中途半端な私を拾ってくださるのは有り難いが、それがお詫びの気持ちからなんてちょっと切なすぎる。
う、うはぁ、私って結構甘ったるい恋愛脳だったんだ……。
ハート型の真っ赤なクッションをグググッと抱き込む。
母が引っ越し祝いだと女性らしさの希薄なこの部屋に置いていった物だが、こんな時に役に立つとは思わなんだ。
さあ、もしこんな平凡女に結婚を断られたとイラッとしてぶちかましたくなったならばこのクッション越しにお願いします!!
顔は一応私とて乙女の仲間なのでご勘弁を!!ご慈悲を!!!
一発、いや二発までなら腹筋張って耐えて見せましょう!!!
どうぞ!!!!
覚悟を決めフンッと力を入れて顔を上げると、…………めちゃくちゃ場違いな割りとどうでもいい事実に気がついた。
あれ、この体制ってちょっと壁ドンされてるみたいじゃないか?
過去に経験したやつではない噂のキャピキャピしたときめく方のやつだ!!!
うおおおこれが!!!……と一瞬燃えた(萌えた)が、冷静に考えるとカツアゲや恐喝をされている状況のオッサンもこんな感じな体制な気がしてきた。
今は完全に後者です、どうもありがとうございます。
「結婚しましょう」
ハイ?
現実逃避中の私だったが、いくら何でもその言葉には肩透かしを食らう。
あ、あの、私の話を聞いておりましたか?
一つ空笑いを溢して然り気無くカツアゲポジションから這いずり腰を引くと、そのまま勢い良く腕を引っ張りあげられ抱き締められた。
「これが責任の話だと言うのなら、あなたも責任を取って下さい」
え、何の……?
今までレストランのお金を返せとか?
分割であればいけなくもないですが、一括はキツい。
梶島さんはいつもカードでお支払いをするので詳しい金額を知ることは出来ないが夏のボーナスなら……ギリ。
頭で計算をしようと試みるが、心臓がバクバクと煩くてどうにも頭が回らない。
抱き締める力が徐々に強くなってくる。
え、え、え?
「好きです、あなたの事がどうしようもなく。この気持ちの責任を、どうか」
「すき?」
すきって、どう意味の好きだろう。
まさか……好き?
え?
私が梶嶋さんを好きってこと?
うんそれは合ってるけど。
梶島さんが、…………私を?
わ、私を!?!?!?
ボトッとクッションが床に落ちる。
「責任、取ってくれますよね?」
「あ」
「返事はイエスと」
ずいずいと耳横にあった顔が正面へと近づいてくる。
眼鏡の無い瞳は普段よりも光の反射からかグレーのような虹彩で、怖いとかそれ以前に、吸い込まれる。
昨日までキス一つ手を出してこなかった人はまるで別人の様な獰猛な目をしてうっすらと微笑んだ。
私達両想いだったの…………?
え?なんで?どこから??
すすすす好かれてたの?恋愛的な方面で???
「幸乃……」
「梶し」
「あ、兄貴っ!!やっぱり、合意が無いのは流石に駄目だと思うんだ!!!」
慌ただしく開いた玄関から、怯えた焦り声。
「じゅっ、純くん!?!?」
この部屋の気温が著しく下がった。
嘘でしょ!!どんな登場のタイミングなの!?
人のこと散々馬鹿にしてたけど自分棚上げだよ!!!
そんな俺お前を見捨てずに来たぜ的な顔をしても無駄だよ!!今さらだよ!!!
ちょ、このままこっちに来たら君の宣言通り殺されちゃ…………
あ、舌打ち。
目の前を華麗な早さで足元に転がっていたはずのクッションが横切り、ターゲットの顔面にバフンと音をたててぶち当たる。
お見事、ストライク。
刹那過ぎてクッションの赤が血の赤に見え、少し焦った。
「純、お前は少し痛い目に遭わないと学習しないようだな?」
あ、これは不味い。
このままだと純君が物理的に死ぬ。
「いいい、イエスです、イエス!梶島さん!!イエース!!!」
何とか気を逸らそうとして大声を張り上げる。
張り上げついでにポロっと結婚の返事をしてしまった気がするが、人命救助が先決だ!!
乱入者に向いていた冷たい視線がグルンとこちらに立戻ってくる。
う、お、好きな人とはいえこの迫力。
私レベルの一般市民には強すぎる……!!
上手くいくかな結婚生活!?
タラリと冷や汗が首筋に伝った。
「……あの、梶嶋さん?」
険しい眼差しのままじっと見つめられ、左手を取られる。
「今から三つの選択肢をあげましょう。このまま玄関に寝そべる邪魔者を排除して婚姻届を提出しに行くか、ここで私に食べられるか、私の苗字ではなく名前をこれから毎日呼ぶ様にするか」
さぁ?と瞳が言っている。
三択あるようで私にとっては一択しかない恐ろしい選択肢を提示しながら、どこに隠し持っていたのかキラキラと輝く指輪を薬指へと嵌めていく。
寸分の狂いなくフィットしたそれに若干戦きながら、力強く口を動かす。
「凜さんで!!!!」
やっぱりこれからが不安だなぁ!!!!!!!!
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壁は白、防音付きで珪藻土。
キッチンは対面でコンロは三つ。
テレビは大きな部屋にそれぞれあるけれど、基本的にリビングばかり使っている。
一人暮らしには広すぎる部屋。
結婚式まで同棲をしたいという凜さんの希望でそのまま彼の住んでいた部屋に引っ越してきたけれど、広い、広過ぎる。
そして全体的にスッキリとした印象だがやけに備品がペアで揃えられてるのが気になる……。
誰かを住まわせる気満々な造りだと思ったのは私だけですかね?
契約は一年程前、あの事件あたりだと言っていたけれど、まさか、ね?
ね!?!?!?
次回は兄か弟の視点になる可能性大。
そしてまたまたまたまた後々修正が入る可能性があります。