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ありふれた朝に

作者: 藤堂 豪

 心地良い目覚め。一体それはどこから来るのでしょう?。私はいつも目覚めた時にそんな事ばかりを考える。付き合い始めてあと何日かで一年を迎える。隣りには彼がまだ半分口を開けて眠ったまま、静かな寝息を立てている。その寝顔はどこか幼い。少しだけ布団から起き上がり、柔らかい髪を撫でてボンヤリとしている私。少しだけその柔らかい髪が羨ましいな、と思いながら。カーテン越しに朝の光が少しだけ射し込んでくる。その光で私は今日と云う日常に頭も心もシフトしなければならない。けれども心の中ではこのありふれた朝が何時までも続きますように、そう願いながら未だ夢見心地で眠っている彼を起さないように、ソッとまた、シーツに包まって彼の寝顔に悪戯をしてみる。軽くツン、ツン、と指で頬を突いてみたり、耳をくすぐってみたりして。そうすると彼は眉に皺を寄せて、それでも眠ってしまう。寝起きは私よりも悪い彼、最初はどうしてだろう、と思ってみたけれども何時しかそんな所も愛おしくなっている自分を発見した。この感情は、今迄には無かった感情なのだと今は思っている。だからずっと新鮮なのかも知れないわね。


 けれどもこの確証は未だ。

 だけれども確証なんていらないわ、やっと最近そう思えるようになった来た。


 それまでの私は、そんな確証が無ければいつも不安になってその度に愛を確かめて来たような気がする。けれども表向きは強い女を演じているからそれが出せなくて、いつも困っていた。でも不安な気持ちには変わりはないのだから、その不安は夜の闇の中にいつも葬り去って、一人になるのが恐かったからいつも求めてばかりいた。


 一人が恐いのは今も変わらないかも知れない。でも今確かに違うと言えるのは、求める事を止めた事。それは、今、私の横で眠っている彼が教えてくれた。それからは本当に愛おしくなった。何故愛おしくなったのかな?。多分、愛おしく思う事で私自身が満たされるようになったからじゃないかしら。今、こうしてボンヤリしているその瞬間も、最高、って思えるようになったからかも知れないわ。それは、この彼が教えてくれた事。そして今は、ボンヤリしながら、この温かい瞬間が永遠に続きますように、そう願っている私がここにいる。そんな事を願いながらも必ず時は過ぎ行く事も今はもう、知っている。現実を受け入れていく事が決して甘えでは無く強さなのだと、最近漸く私は分かった気がする。どうしてなのかな?、理由は良くは分からない。


 時間が段々………過ぎて行く。

 もう少しだけ………私も眠ろう。


 ジリジリジリ、目覚ましが鳴った朝七時。彼が眉を顰めて眼を覚ます。私ももう一度目を覚ます。彼は目を覚ますといつもボケーとしている。私も連られて最近では、この朝の目覚めの時はボーとするようになった。彼はいつもこんな時、何を考えているのかしら?。

ちょっとだけ気になるけれどもいつも聞かない私がいる。理由は無いけれどもそれでいいの、そう思っている私がいる。それは多分、私が満ち足りているからなのかしら。

 暫くすると彼はムクリ、と起き上がっていつものように煙草に火を点ける。そしていつもの合言葉、

「先に起きていたの?」

私はその言葉に軽く頷き笑顔になる。そして私も起き上がって冷蔵庫に行ってミネラルウォーターを取り出す。コップを二つ用意して水を注ぎ一つ彼に渡す。すると眠たそうにしながらも、

「有難う」

彼は呟くように言って受け取る。そしていつものように半分迄行った煙草を揉消して水を一気に飲み干してもう一杯、と合図をする。私は自然とそれに応じる。そしてもう一杯水を飲み干してからフラフラとした足取りでシャワーを浴びる彼、寝癖を直す為らしい。私は自然に彼にタオルを渡してそれから自分の顔も洗う。そんな時、彼は私をいつも抱きしめてくれる。後ろから、鏡に映る二人はまるで………映画のワンシーンみたいね、いつもそんな事を言っている。私はたまに、

「ねぇ、何を考えているの?」

と、訊ねると、

「愛しているよ」

とか、

「うーん、何だか今日は綺麗だなぁ」

とか、そんな言葉が返ってくる。たまにおかしいのでは、

「今日は雨だなぁ」

抱きしめながらそんな事を、とも思うけれども男の人ってソンナモノなのかしら?。私は大概、

「私も愛しているわ」

と、答える事が多い。

 

 それから、二人してドタバタと会社へ行く準備をして一緒に部屋を出る。一々確認するのは彼で、どうやら彼の癖らしい。一度それで確認し損ねて小火を起した事があるかららしい。そして薄暗い部屋を後にして、会社へ向かう。街路樹の緑がその輝きを讃えるかのように木漏れ陽を私達に運んでくれる。少しだけ風が吹いて同時に街路樹達が踊り始める。私達はいつもその様子を眺めては優しい気持ちになる。そしてバス停でバスを待つ時間少しだけ息がまだ白い、春はもうすぐそこなのに。けれども彼とギュッ、と手を握り、その手はとても暖かい。


 一年前迄はこんな事は想像すらしなかった。

 今の私は強い女なのかしら?。


 もう………そんな事にはこだわらなくなった。自然で、ありのままで、それで、いいじゃない。そう笑って言える私が今はいる。バスが来た。バスは駅に向かってノンビリと走り出す。そして私達は今日一日が始まるのを、何かしら分からなくても期待だけはしながらノンビリとしたバスの中でノンビリとその訪れを待つ。

 駅に着く。バスとは違って満員電車。一年前はとてもうんざりしていた。けれども今は満員電車は、彼と公然とくっついていられるから好き。ギュッ、と強く私の手をその大きな手で握ってくれる彼、満員電車の流れにいつも戸惑いながらも最後は安心する。そしてお互い別の職場へ。その頃になるともう不思議と朝のボンヤリしていた事は何故か遠い過去の話のように思ってしまう。自然と思ってしまう。けれども私は期待する、また、ありふれた朝が来ないかな?って。

「現代社会の“仕事”はある種の戦争に近いかもね」

彼の口癖だ。私もそう思う。そしてその戦争は不思議と人を健忘症にさせてしまう。どうしてなのかしら?。私にはよく分からない。ただ分かっている事と言えば、私はいつも仕事をする時はひたすら集中して本当に彼の存在を忘れてしまう自分をいつも発見する。と、言うかどうか分からないけれども何故か私の職場はみんな忙しい。だから私も自然と忙しくなっていて、気が付けば出世競争のレールにいた。そしてとにかく出世して、成績上げて、強いキャリアウーマンになって、そんな事ばかり考えるようになっていた。専門書も沢山読んだ。お陰で役職も手に入れた。すると増々忙しくなって、仕事も本当の意味での遣り甲斐も手に入れた。責任があると遣り甲斐が違うから。当然嫌!、と思う事もあるけれども。


 ただそんな事をいちいち気にしていたら何も出来ない事もよく理解出来た。社会の仕組みってそんなモノなのかしら?、いつの間にかそう思うようになっている自分を発見した。けれども唯一埋められなかったのは私の中にある心の孤独。それは強さではカバー出来ない。いくら強い女を演じても駄目なの。だからそれを男の人にいつも求め続けていたのかも知れない。けれども彼と出会ってからは逆になった。


 私は何を求めているのかしら?。

 今は何を?。


 始業時間になり、一気に会社は動き出す。今日も企画会議が二本も入っている。気持ち入れ換えないと。そして時が過ぎた。夜の足音がゆっくりと、じっくりと、やって来る。そして残業もソコソコにして、今日一日の仕事を切り上げる。この切り上げも最初は分からなかったなぁ、と自覚しながら。今日は彼は私の部屋には寄らない。そう毎日は。でもいいの、部屋に居る一人の時間も今はもう寂しくない。一人の時間だって大切にしたい。最近、ようやくそう思えるようになった自分がいる。いつだって彼とは繋がっている。軽く紅茶を飲みながら、好きな音楽聴いて。やがては疲れて眠りたくなって。そしてまた朝が来る、今日は一人での目覚めだ。今日もいいお天気。いつものありふれた景色の朝、彼がそばにいても、いなくても、この朝の心地よい目覚めは大好きになった。心は繋がっているから。そんな自分が何だか嬉しくなって来た。布団に包まってそんな事をついつい考える、やっぱり彼の事を考えている自分がいるみたい。


 彼は今頃何を考えているのかしら?。

 今の私は何を考えているのかしら?。



 街路樹のダンスを風の音をBGMに、今日も会社へ向かう。アスファルトに反射された太陽の光を、まるで眩しいスポットライトでも浴びているように感じながら、ハイヒールの音をツカツカと響かせて風を切って今日も歩く。そんな風にして仕事に向かう自分が最近は漸く好きになった。もうすぐ彼とは一年目の春を迎えようとしている。次の、そのまた次のこんな季節も同じ様に一緒に居たい、同じ様な幸せが二人を迎い入れてくれるのならば、きっと二人は永遠にあの、ありふれた、幸せな朝の時間を味わえるんじゃないかしら?、最近はそんな事を考えるようになった。シャワーから上がってくる彼、顔を洗っている私、後ろから抱きしめてくれる彼、そしていつも囁いてくれる、

「愛しているよ」

ただ、その一言があればそれでいいの。後はもう、何もいらないの。その瞬間を迎える為に生活も仕事も頑張れる。そう、それでいいのよ、そう認めてくれる私が最近、漸く私の中に生まれたような、そんな気がする。そしてそんな私の横にはいつも笑顔で白い歯を見せてくれる彼がいる。その笑顔はいつも優しくて、そして太陽のようにいつも暖かい。その笑顔をずっと見ていたいから私はまた………。


 ヒールを鳴らして………今日もまた歩き出す。


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― 新着の感想 ―
[一言] 女性の気持ちが細かく描かれていてたけさんはもしかして 前世女性だっかのかしら・・と思ってしまいました(*^_^*) 面白かったです
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