新約 ―桃太郎―
昔々、ある所に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
二人には子が無く、貧しい暮らしでしたが、概ね幸せな毎日でした。
ある日、おじいさんは山へ芝刈りに。
おばあさんは川へ洗濯をしに行きました。
おじいさんが山に入ると、一本の光る竹を見つけました。
おじいさんは金になると喜び、その竹を真っ二つ。
すると、竹の中から、たいそう可愛らしい女の子が出て来たのです。
これは、子宝に恵まれなかった夫婦への、神からの贈り物だとおじいさんは思いました。
この子を自分たちの子供として育てよう。
おじいさんは、足早に家へと帰って行きました。
一方その頃。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川の上流から大きな桃が流れてきました。
なんて大きな桃だろう。
おばあさんが茫然としていると、意外に流れの早い川だったので、あっという間に桃は下流へと流れて行きました。
不思議な事もあるもんだ。
おばあさんはそう思いながら、洗濯を再開しました。
その夜の事。
おじいさんが竹から出て来た女の子を見せると、おばあさんは大喜び。
どんな名前にしようかと話が進んだところで、おばあさんが川で起こった不思議な事を話し始めました。
ただし、桃を取ろうとしたが、手が届かない程遠くを流れていたので、取れなかったと嘘を吐きました。
家庭内不和は避けるべきだと判断したからです。
さて、その話を聞いたおじいさん。
得心がいったようで、大きく頷きました。
この子の名前は桃太郎にしよう。
川を流れた大きな桃にあやかったそうです。
おばあさんも素敵な名前ですこと、と言いました。
二人は老人ですが、幸いにもまだボケはきていません。
そうして三人は、幸せな毎日を過ごしました。
桃太郎と名付けられた女の子は、異常な速度で成長しましたが、優しい夫婦は細かい事を気にしませんでした。
桃太郎が思春期を迎えた頃、一つの事件が起こりました。
桃太郎が、おじいさんのふんどしと、私の服を一緒に洗わないで欲しいと、おばあさんに言ったのです。
おばあさんはお前もそんな年頃かと喜び、その日以来、おじいさんは自分の分は自分で洗濯せざるを得なくなりました。
そんなある日の事。
付近の町が、鬼ヶ島に住む鬼達に襲われ、金銀財宝を奪われたとの噂を耳にしました。
それを聞いた桃太郎。
これまでの恩を返そうと、鬼退治に出掛けると言い始めました。
老夫婦は大慌て。
女の身で鬼退治など、聞いた事も無いとおばあさん。
拘束監禁され、凌辱されたらどうするんだとおじいさん。
女二人の冷ややかな目がおしいさんを見つめます。
しかし桃太郎は頑固な娘でした。
二人が寝静まった頃合いを見計らい、夜中に家を出て行ってしまったのです。
こうして桃太郎は、鬼ヶ島へと旅立ちました。
貧乏な家でしたので、刀などあるはずもありません。
桃太郎はボロボロの服を纏い、おばあさんのへそくりだけを手に握りしめていました。
桃太郎が夜逃げをしてから数日が過ぎました。
おじいさんは娘の不在を悲しみました。
おばあさんはへそくりが無くなっている事に気付きました。
そんな二人の元に、白くて不思議な服を来た男が現れました。
彼は自分を月からの使者と名乗ります。
ここに来た目的は、月の姫である桃太郎を連れ帰りに来たのだそうです。
この人は頭の残念な人だろう。
二人はそう思いましたが口には出しません。
伊達に年を食ってはいないのです。
おじいさんは月の使者に話しました。
桃太郎が鬼退治に、鬼ヶ島へ旅立ったのだと。
月の使者はそれを聞くと、大慌てで空へと飛んでいきました。
二人は考えるのを止めました。
さて、一方その頃の桃太郎ですが、順調にお供を増やしていました。
何せ美人の桃太郎です。
道を歩けば大抵の男達が声をかけてきます。
桃太郎は彼等にこう言います。
私は鬼ヶ島へ鬼退治に参ります。
もし私のお供をして下さるのであれば、一晩お相手するのも吝かではありません、と。
生まれて一年足らずの桃太郎ですが、すでに魔性の女となっていました。
それに釣られた男達は総勢50人にもなりました。
中には腕自慢の食い詰め浪人も居たので、戦力は申し分ありません。
そうこうしている内に、一行は鬼ヶ島へ到着しました。
巨大な門を目の前にして、流石の桃太郎も武者震いが止まりません。
桃太郎は皆に言いました。
お花を摘んで参りますと。
どうやらもよおしただけの様です。
それと同時刻。
月に帰った使者は、上司に対して事の次第を報告しました。
かくかくしかじかまるまるうまうま。
上司はすぐさま行動を起こしました。
大切な姫が、鬼達に拘束監禁凌辱されるのを恐れたからです。
地球も月も、トレンドは同じな様です。
上司は管制室に赴き、対地上殺戮兵器の起動を命じました。
トールハンマーと名付けられたその兵器は、一発で島が吹き飛ぶ威力です。
発射にはいくつかの手順を踏まなければなりませんが、事が事です。
上司は皆の反対を押し切り、鬼ヶ島目掛けてトールハンマーを発射しました。
巨大な殺戮の光が宇宙空間を通り、地上へと向かっていきます。
それを見た誰かが呟きました。
これは戦争じゃあない、ただの殺戮だ、と。
月から死の光線が降ってくるとは知らない桃太郎。
門からだいぶ離れた草むらで、まだしゃがんでいました。
どうやら大きい方だった様です。
今日で三日目だから出るはず。
そう思ってはいるのですが、なかなかに奴さんは姿を見せません。
そろそろ諦め様か。
桃太郎がそう思い至ると、その瞬間物凄い破壊音が聞こえました。
ついでに物凄い地震です。
門の方から聞こえたので、桃太郎は仲間の元に向かいました。
ただし、驚いた拍子にブツがパージしたので、お尻を拭いてからです。
ややあって桃太郎が向かった門。
いや、かつて門があったその場所は、物の見事に空っぽでした。
冗談抜きに空っぽです。
そこだけ初めから無かったかの様に、地面が抉り取られています。
範囲は門の手前から奥の海まで。
これでは鬼達も全滅でしょう。
ついでに仲間達の姿も見えません。
桃太郎は、この破壊に巻き込まれたのだと思いました。
桃太郎の目に、大粒の涙が見えました。
「私の金銀財宝がぁああああああああああ!!?」
雲一つ無い空の下、桃太郎の悲痛な叫びだけが、響き渡りました。
めでたしめでたし。