FILE1【メッセージはたった3通】#4
暗い路地裏、ボロいアパート。荒んだ者達が溜まるような苦しいその場所に俺は足を踏み入れた。息がだんだんしずらくなってくる。そこに黒田は事務所を置いて住んでいる。
「黒田ァ……起きてるか!――事件が起きたんだ!!」
チャイムのないドアをどんどんと叩き、近所に迷惑な大声を出す。近所の住人もそれに慣れてしまったらしく、出てくるものはいない。
だが、その日は何故かひょこっと一人の少年が部屋から顔を出した。こんな場所に似合わず、清潔感の漂う格好だ。
「あ。勉強中だったんですか? すぐに終わりますんで気にせずどうぞ……」
苦笑をした俺を物珍しそうに見ている。それから少年は「……はぁ」とまるで呆れた感じの声を出して部屋に戻っていった。
すると、入れ替わりに黒田が出てきた。珍しすぎるほどでそれは三分目の出来事。普段ならば五分きっかりで出てくるはずの黒田が、だ。それに真冬なのに上半身が裸体なのは一体なぜだろう?
「……よぉ。なんや、杉谷。朝からウうるさいんやけど。なんか用……?」
眠そうに目を擦りながら黒田は俺に訊く。
「まあな。かなり大きな用事だな。あと、訂正させてもらうが今は昼過ぎだ」
黒田の時差ボケにつっ込みを入れる。
「あ、そう。で、裕麻は?」
黒田がそう言いながら、頭をポリポリ掻いて束ねていない長い髪を軽く揺らす。
「その山崎さんのことなんだけど……」
「へぇ……杉谷、お前裕麻を襲ったんかァ……?」
ニマッと笑った黒田の頭を殴った。疑うようで何かを期待している黒田の目を抉ろうとも思ったけどさすがに殺人犯にはなりたくなかった。
「ちゃうか……なんかやりはったか、裕麻」
「ああ……すまないけど」そう言って、少しだけ間を空けようとする俺。
「お前がなんかやったんか?」
「いや、そういうことじゃなくって山崎さんが連れ去られた」
「ケーサツ?」
今度こそ口が悪かったから俺は黒田の腹を思いっきり殴ってやった。
「なんやねんっ、俺がなんかやったか?!」
黒田は手をあごに当てる。
「ははぁ〜ん、杉谷……お前にも遅い青春が来はったんやな?」
「どういう意味だよ……」
俺の鼻をつんつんと突付きながら言う。
「つ・ま・り、お前は裕麻に惚れとるんやろ」
一体どういう繋がりがあるのか分からないが、とりあえず俺は――
「何言っとんじゃ、ボケェエ!!」
と、黒田に何処からか持ち出したハリセンを取り出して殴った。何気にいい音が鳴ったのが俺的には気持ちがいい。
すると黒田がいきなりくしゃみをした。上着を着ていないから当然身体が寒さに耐えられなかったんだろう。
「ううっ、さぶ。お前寒くないんかぁ?」
「……あほ」
どうやら黒田は自分の格好に気が付いていないらしい。しかし、黒田は何をやったらこんなにも隆々とした体つきになったのだろう?
「自分の身体を見ろ」
俺は黒田の瞳を射抜く。
「ギャーっ、セクハラぁああ!!」
そして黒田が俺を蹴り飛ばそうとしたところで黒田の足を掴みひっくり返す。
「いたいなぁ、冗談やて。まさかお前がそこまで通じないとは……」
「遊ぶなボケ。俺が山崎さんについててそれに行方知らずにしたんだ。お前、少しは怒れよ」
「何で……」
「は?」
そのとき俺は黒田の声が聞こえなかった。そして黒田が黙り込む。
「……裕麻は、自分勝手すぎるんや・。俺からも逃げてったし、奈津子や時雨のところからも姿を消した人や。俺たちでどうこうやれるればるの人じゃあないんや」
――逃げられたんだ。
「とか言っても、今は山崎さんを捜さなきゃいけないんだけど、黒田」
「あ、本題はそれやな。とりあえず中入れや。準備できるまで適当に茶でも入れて飲んどいてや」
さほど彼女のことを心配した様子はないように思えた。
「失礼します」
礼儀正しく俺は部屋に入っていった。
そのとき、俺がこんなにも冷静だったことは何故だったろうか?