1話 迷子の獣人
リクトがこの異世界に流されてから、三年の時が流れた頃。
二人の冒険者が、山の中を彷徨い歩いていた。
「お腹空いた」
「そうね」
「ここどこだろう?」
「さあ」
「・・・・・はあ」
「ミーシャ、元気出して」
「なんでクーラは落ち着いていられるのよ。もう私達、丸一日なにも食べてないのよ。」
「これでも焦ってるわ」
そう返事をした本人の顔は、少しだけ眉が下がっている気がする。
「迷ってからもう3日、食料も無し、さすがに焦るわよ。」
「確かにそうよね~」
只今、絶賛迷子中かつ空腹の二人は獣人の女冒険者だ。
落ち着いている方が、銀色の犬耳にロングの銀髪、青い眼をした獣人で、まだあどけなさを残す少女で、名前はクーラ。
気落ちしている方は、黒い猫耳にショートの黒髪、黒い眼をした獣人で、活発そうな少女だ。まあ、今は空腹で元気がない、名前はミーシャ。
「魔物もいないし、どうなってんのよ」
「誰かが全部駆逐したのかも」
「それにしたって、動物すらいないのはなんでなのよ。」
この山に入ってから、ほとんど動物を見ていない。いないわけではないのだが、自分達の前に姿を見せないのだ。
「ミーシャ」
その時、クーラがミーシャを呼んで、何かを指差した。
「何?」
「あれ」
クーラが指差した先には、小熊2頭が戯れていた。小熊を見たミーシャの目付きが変わる。
「クーラ、火の準備お願い。」
「任せて」
普段なら小熊の可愛らしさに躊躇するところだが、この森に入ってから初めて見つけた食料で、さらに二人の空腹は限界にきていた。小熊を見つけた瞬間、二人は狩ることに決めた。
ミーシャが、腰の剣を抜いて走り出す。猫獣人特有の、瞬発力を活かした動きで間合いをつめる。
小熊の側まで来たミーシャが剣を降り下ろす。
今にも小熊の命を奪おうとしていた剣を、どこかから来た別の剣が受け止めた。
「なっ!?誰!」
剣を受け止めたのは、黒衣を纏い両腕を黒い包帯でグルグルに巻きにした男だった。
剣と剣がぶつかる音に驚いた小熊は、逃げていってしまった。
「あ~~~、あんた何すんのよ!」
ミーシャが男を睨み付ける。
「あれは子供だ。」
「うっ」
「し、しかたないじゃない。こっちは丸一日なにも食べてないのよ」
「腹が減ってるのか?・・・・・森を出ればいいだろ。」
「え、えっと、その、迷ったのよ」
後半になるにつれ、ミーシャの声が小さくなる。
「・・・・・」
「ちょっと、何か言いなさいよ。」
「・・・・・はあ、わかった。付いて来い。」
「ため息を吐くな!。それに、何わけわかんないこと言ってんの。誰があんたみたいな怪しいやつに」
「ミーシャ」
「何よクーラ!」
「落ち着いて。このままだと、私達迷子のままよ」
「うっ」
確かにそうだ。
「それに」
「それに?」
「早く追わないと見失う。」
男はクーラとミーシャを置いて、奥に進んでいた。
「ちょっとー!」
慌てて男を、追いかける二人。
「ちょっと、待ちなさいよ。」
男が、立ち止まって振り返った。
「なんだ?」
「へっ?えっと」
「あなた、名前は?」
止めていながら、返事があると思っていなかったミーシャは、戸惑ってしまう。そこにクーラが男の名前を尋ねた。
「俺はリクト・タキカゼ、隠棲中の冒険者だ。」
「「隠棲中の冒険者?」」
訳が分からないといった感じの二人をおいて、リクトはまた歩き出した。
「ねえ、私達も名乗った方がいいのかな?」
「あの人は別にどうでもいいみたいよ」
「そうよね。私達を置いて、どんどん先に行っちゃうし」
「今は、大人しくついて行きましょう。その内、話すこともあるでしょう」
「そうね」
二人は大人しくリクトについて行くことに決めた。
全く会話のないまま、三人は山の中を進み開けた場所に出た。そこにはログハウスが建っていた。
「家がある。」
「あ、あんた、こんなところに住んでるの?」
「そうだが」
リクトはそれだけを答え、ログハウスに進んでいく。リクトがログハウスに近づくと、周りの森から動物達が姿を現した。ウサギ、リス、小鳥などの小動物から、牛、羊などの牧畜までがリクトの近くに集まってきた。中には鷲や熊などの猛獣もいる。動物達はリクトに、身体を擦り付けたり、顔を舐めたりと、じゃれ付いてきていた。
リクトが動物達と戯れる光景は、浮世離れしていて、とても暖かい。まるで、その場だけ時間が緩やかに流れているようだった。クーラとミーシャは、唖然としながら、その光景に引き込まれていく。
「何をしてる?早く来い」
リクトの声に、二人は夢心地から引き戻される。
ログハウスに進む時、動物達にじろじろ見られて落ち着かない様子のだった。
ログハウスの近くに着くと、ログハウスの陰から、一角獣が現れた。
「一角獣!?」
「【主、このお嬢さんたちは?】」
「喋った!?」
「迷子だ」
「ぶっちゃけるな!他に言い方があるでしょ!」
ぐう~~~×2
頬を染める獣っ娘の二人。
「腹が空いているらしい」
「そこはいいから!」
「【主、からかうのはそれくらいに。】」
「そうだな。二人ともどうぞ」
「ぜえぜえ」
リクトは、二人を中に招き入れた。ミーシャは、叫びすぎて息切れしている。
「モーリー、ミルクを二人に出してやってくれ。俺は何か適当に作るから。二人はそこに座って、待っていてくれ。」
リクトがモーリーとやらに指示を出すが、それが二人を驚かせた。モーリーとは、おサルさんだったのだ。エプロンを着たサルが、二人の前にミルクの入った木製のコップを持ってきて、二人の前のテーブルに置く。さらに、椅子まで持ってきてくれた。
「どうも」
クーラは、テーブル近くの椅子に座った。
「クーラ、ここは流すところなの!」
「ミーシャ・・・私、そろそろ驚くのやめようかと」
どこか達観した様子のクーラだった。
「そ、そうね。そうしましょう」
ミーシャも椅子に座る。そこに
「【お嬢さん?】」
スレイが、窓から顔を入れてきた。
「うひゃ」
さっそく驚いているミーシャ。
「【おお、すまない。さっきのことで訂正を、私は喋っているわけではなく、首につけた魔法具が翻訳しているだけなのだ。それに元々ここが、主が家にいる時の私の定位置なのでね。】」
一角獣の首に首輪状の魔法具が付いていた。呪文が書かれた装飾のない簡素な作りだ。
「どうして喋るの?」
「【主は人との対話が苦手でね、私が喋れた方が都合がいいのだ。】」
「ほうほう」
「なんでクーラはそんなに順応してるのよ~~」
二人と一頭が、雑談?していると
「できたぞ。」
そう言って、テーブルにパンとジャム数種、ハムエッグ、腸詰め、チーズ、サラダ、コーンスープ、果物数種が並んでいく。腸詰めは、猪型の魔物の肉を使っている。
テーブルに並ぶ食べ物に、クーラとミーシャが目を輝かせる。
「「食べてもいいの(ですか)?」」
二人が同時に、リクトに問いかける。
「どうぞ」
「「いただきます」」
すごい勢いで、二人は食べ始めた。
「おいしい、このパン焼きたてだわ」
「モーリーが、焼いたパンだよ」
「サ、サルが、パンを焼くの?」
「ああ、俺が教えた。」
教えたということは、リクト自身も作れるということだ。
「【今並んでいる食事のほとんどは、主が作ったものだよ。ジャムもチーズも腸詰めもね】」
「ほんと?」
今度は、クーラが驚く、チーズや腸詰めの完成度に驚いたのだ。
「冒険者なんだよね?」
「隠棲中のな」
隠棲した者を冒険者と呼んでいいのか、クーラにはいまいちわからなかった。
物思いに耽っていると、テーブルの上の食べ物をミーシャにどんどん食べられていることに気付く。クーラは考え事をやめ、食事に集中することにした。




