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黒い刺青  作者: 中間
第一章:化物と英雄
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14話 大飢饉の国

コゼットが仲間に加わった頃の、大飢餓に襲われていたトライス国の王宮では、謁見の間から一人の青年が出てきた。青年は端正な顔立ちをしている。髪は濃い青い髪で、青い軍服に身を包んでいた。


「レックスお兄様!」


謁見の間から出てきた青年に、少女が駆け寄る。少女は、きらびやかな水色のドレスに身を包み、蒼髪の十代前半くらいの少女だった。出てきた男は、少女に気付いて。


「フローラ、どうした?」


「父上と何を話していたのですか?」


王宮にある謁見の間で話をする相手といえば国王しかありえない。つまり国王を父上と呼ぶ少女は、王女ということになる。王女に、お兄様と呼ばれた青年も、もちろんトライス国の王子ということだ。彼は、トライス国の第二王子になる。


「ちょっと、面倒なことを頼まれたんだよ。」


「面倒なこと?」


「すまん。密命だから、話せないんだ。大したことじゃないから。」


そう言ってレックス王子が、フローラに手を伸ばして、頭を丁寧に撫でる。


「嘘ですね。お兄様は、嘘を吐くとき、相手の頭を撫でてご自分の顔を隠されますから。」


フローラがジト目を向けてくる。


「・・・・・そんなことは・・・ないぞ」


そう言うレックスは、その端整な顔をひきつらせていた。それを見たフローラは、ため息を吐いた。


「相変わらず、嘘がお下手ですね。まあ、そこがお兄様の良いところではありますが、そろそろ腹芸も覚えないと、そのうち酷い目に合いますよ。」


「肝に命じておくよ」


「帰って来てくださいね。お兄様は我が国の英雄、民の希望なのですから」


レックスは自国の民に英雄視されている。

以前、トライス国から北にあるカマイラ帝国から攻撃を受け、劣勢になったことがあった。

トライス国には、東にあるジルランド王国方面にしか、まともな陸路がなく、その頃のジルランド王国とは友好関係だったため、トライス国の警備は緩んでいた。

カマイラ帝国はその緩みをつき、兵を行商人や旅人に変装させて送り込んでいた。国内の貴族が手引きをしたらしい。自国内に突然現れた敵に右往左往するトライス軍に代わって、これを撃退したのが、レックス率いる近衛騎士団とレックスが雇った『青い爪』という傭兵団だった。

レックスは、一躍英雄となり次の王はレックスに、という声が高まったが、レックスは、自分は王に向いていない、次の王は兄上こそが相応しいと言って、政治から距離を置いている。


「英雄か、私はこの大飢饉に対して無力だったよ。兄上のほうが凄いさ。」


第一王子のクリフトは、その政治的手腕を発揮して、ジルランド王国以外の国に援助を取り付けた。彼がジルランド王国との交渉に当たっていれば、ジルランド王国は援助を減らさなかったかもしれない。


「たしかにクリフトお兄様は、頑張っていますが、民が拠り所にしているのは、英雄であるお兄様なんですから、ちゃんと帰って来てください。」


クリフトの功績はレックスの功績に劣る者ではないが、やはり戦場で戦い明確な敵を撃退したレックスのほうが、国民に人気があった。


「努力はするよ。」


「約束はしてくれないのですね。」


「・・・・・すまない。」


フローラが、諦めの表情になり肩を落とす。レックスはすまなそうに謝っている。二人の間に気まずい空気が流れたとき、また謁見の間の扉が開いた。


「レックス」


「兄上」


先程話題に上がったクリフト王子が、謁見の間から出てきた。レックスは、安堵してクリフトを話しに加えて先程の空気を払拭しようとした。しかし、クリフトから出てきた言葉は、先程の話を蒸し返す内容だった。


「レックス、行くのは止めろ。何もお前が行く必要はない。適当な将軍に任せればいい」


「兄上らしくないですね。今回は私達の国が本気であることを示さなければいけないんです。本気を示すなら王子である私が適任でしょう。」


「しかし、お前に盗賊のような真似をさせるわけには。」


「兄上!」


レックスが、うっかり内容を漏らしたクリフトを咎める。普段はもっと用心深い人のはずなのだが、色々ギリギリなのかもしれない。頭の良いクリフトには、自分なんかより悩みも多いのだろう。


「盗賊?もしかして、ジルランドに」


聡いフローラには、それだけで十分だった。フローラは、謁見の間での話しの内容を看破してしまった。


「はあ・・・兄上、今日は本当にらしくないですね。」


「すまん」


レックスがため息を吐き、クリフトがすまなそうにしていると、フローラが詰め寄ってきた。謁見の間で散々話し合った兄たちと違い外で待っていたフローラには、とても軽く流せる内容ではなかった。


「本当にジルランドを攻めるんですか!軍事力だけでも5倍近い差があるんですよ。勝てっこありません。」


「大丈夫、戦争をするわけじゃないよ。ちょっと、行って食糧を奪って来るだけだから」


「それは」


それは本当に盗賊のようではないか。


「それを私がすることで一部の暴走ではなく、トライス国の総意であることを示す。そのために軍も使う。」


「そんなことしたら戦争になります!」


先ほど戦争になると言ったばかりだ。


「なるかもしれないな。父上は戦争を望んでいる節がある。父上は戦争をきっかけにしてジルランドに援助を取り付ける算段があるようだ。」


血は流れるかもしれないが、このままでは餓死者が増える一方だ。それはここに居る三人はもちろんこの国に生きている者達、皆が知っていることだ。それでも戦いに賛成できないフローラは、食い下がる。


「クリフトお兄様が、ジルランドと交渉すれば」


「無理だ。ジルランドの担当外交官に、援助を増やす権限はなかった。一度会ったが、泣いて謝られたよ。すまない、私には力がない、本当にすまない、とな。」


クリフトは数日前に会ったジルランドの担当外交官のことを思い出していた。彼はトライス国の状況を良く知っていた。そして、援助するためにジルランドの中枢に働きかけてくれていた。だが、それを鬱陶しく感じていた中枢に移動を命じられ、トライス国を去った。


「権限はジルランドの中枢が握っている。しかしジルランドの中枢には交渉するつもりがそもそも無い。王族に話が伝わっているかも怪しい。父上の決断は当然だよ。」


そのための、強硬手段だ。戦争となれば中枢の人間と接触できる可能性がある。そのための火種を、レックスが蒔きに行くのだ。


「もし、ジルランドが戦争の道を選んだら」


「今のトライス国に、万が一にも勝ち目はない。だからこれは賭けなのだ。」


「戦争になるに決まってます。ジルランドは私達の国が疲弊しているのを知っているんですよ。それに、たとえ援助を取り付けることが出来ても、トライスとジルランドの間には、禍根が残ります。」


「そうだな。しかし、今はこれしか方法がないんだ。わかってくれ。」


「お兄様・・・・・勝手にしてください!」


フローラは、その場から走り去ってしまった。その背を、レックスは寂しそうに見ていた。帰ってこれる保証は無いのだ。今回の作戦に戦いは必須だ。戦いでは何が起きるかわからないのだから。


「兄上、私も失礼します。」


「どうしても、行くのか。」


「はい」


「・・・・・わかった。生きて帰って来いよ。お前がいないと、戦争のカードだって切りにくくなるんだからな。」


「わかりました。」


レックスとクリフトも、すぐにそこを離れた。



兄達の元を走り去ったフローラは、宮殿にある自室に急いで戻った。


「姫様!?どうなされました?」


普段おしとやかな姫が、息を切らせて部屋に飛び込んできたのを見て、部屋のお掃除をしていた侍女のマナが驚く。


「マナ、実は・・・・・」


フローラはことのあらましをマナに説明した。本来これはレックスの密命なのだから、他者に話すことは誉められたことではないが、フローラにとってマナは幼い頃から一緒に育った姉妹のようなもので、もっとも信頼している相手だった。それにフローラ一人で抱えるには、問題が大きすぎた。


「私に何かできないかしら?」


話し終えたフローラは、藁にもすがる気持ちでマナに、答えを求める。


「姫様、申し上げにくいのですが、なにもできないかと。」


「な、何故、私はこれでも王族です。ジルランドと違い、政治にも意見できます。」


「先程の話から推測しますと、クリフト様がすでに国王様と話しているご様子、クリフト様にも国王様のお考えを変えられなかったようです。クリフト様にできなかったことを姫様はできるのですか?」


「・・・できないわ。そ、それならジルランドに知らせるとか」


「それではレックス様が窮地に立たされてしまいますし、今の国の問題は時間が解決してくれるものではありません。レックス様の策がなされなければ、この国は滅びに向かうだけでしょう。」


「マナは、相変わらず遠慮がないわね。でも、ありがとう。少し楽になったわ。」


「今は祈りましょう。もしかしたら、誰かが救ってくれるかも知れませんよ。」


「それは都合が良すぎでしょう。」


フローラが少し疲れた表情で笑った。


「そうですね。でも、もし誰かが救って下さったときはどうしますか?」


「そうですね。全身全霊で礼を尽くすしかないでしょうね。」


「つまり心と身体で奉仕するということですね。」


「何故でしょう?間違っていないはずなのに、どこか卑猥に聞こえるのは」


マナは、フローラの言葉を聞き流して


「それでは祈りましょう。我が国を助け、姫様を手に入れる者が現れるように」


「何故私が手に入れられるのですか!」


「まあまあ良いではありませんか。さあ姫様、祈りましょう」


そう言ってマナは祈りの姿勢を取る。


「もう、マナったら」


それを見たフローラも手を握り合わせる。


フローラは心の内で祈る


(どうかこの国をお救いください。私の全てを捧げても構いません。)


その祈りは誓いのようでもあった。



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