11話 帰り道のこと
リクトの呼び名がご主人様で決まったあと、ボーマンにコゼットの食事を用意してもらった。コゼットが食事をしている間もボーマンに派遣の仕組みについてしつこく質問され、そこにダグラスまで加わって面倒だったが、最後まで質問に付き合った。キャンプを出るときにボーマンが
「お前さん、感謝するよ。ワシらはこれから変わる。次にお前さんに合うときまでには、お前さんに教えてもらった商売を実現できるようがんばるぞい。」
と言ってくれた。説明をした甲斐があったというものだ。キャンプを出る前に、他の奴隷の首輪を見せてもらったが、確かに爆薬は抜かれていた。今日リクトがここに訪れたのは偶然だから、爆薬を抜く時間はなかったはずだし、俺に質問をしている時のボーマンは、爺さんとは思えないほど活き活きしていた。あのときのボーマンは信じることができる。
キャンプを出てキャンプがリクト達から見えなくなった頃、リクトからコゼットに話しかけた。
「改めてよろしく、俺はリクト・タキカゼ、冒険者だ。」
「よろしくお願いします。コゼット・レイマールです。」
「コゼットに言っておかないといけないことがある。俺のことが怖いとか、一緒にいるのが辛いと思ったら遠慮せずに言ってくれ、何か方法を考えるから」
「なんでそんなことを言うのですか?」
「俺といない方が、君にとって良いかもしれない」
「そんなことありません!私の居場所はご主人様のいるところです。ご主人様は私のことが嫌いなのですか!?」
「嫌いじゃないよ。さっきの言葉は覚えておいてくれればいいから。」
「はぃ」
返事をする声は少し沈んでいる。落ち込ませてしまった。そういえば、俺はこの子の未来を預かったんだ。中途半端なことはするべきじゃない。コゼットは、トライス国出身らしいから、近くに身寄りもないはずだし、トライス国の現状を考えたら、親戚に会えるかもあやしい。俺はこの子にちゃんと向き合わなければいけないんだ。
リクトは理由を話すことに決めた。キュール達にも話さなかったことも含めてだ。そうしないと一緒に過ごすことなんて無理なのだから。
「コゼット、これを見てくれ『カードオープン』『カード反転』」
リクトは、コゼットに黒を基本とした、裏のステータスカードを見せた。リクトがこのカードを人に見せたのはこれが初めてだ。その後、自分が異世界から来たことを、山奥で暮らしていることを、人喰らいであることを、怖がられることを覚悟して話した。信じてもらえるかはわからなかったが、黒いステータスカードを見れば真っ向から否定されることは無いだろう。
「これでわかったろ。俺は人喰らい・・・化け物なんだ」
コゼットの目が潤んできて、今にも泣きそうな顔になる。そんなに怖かったのか、とリクトが内心落ち込みそうになっていると
「そんなの関係ありません!私がご主人様の傍にいます。ですから、もうご主人様は1人じゃありません。」
コゼットの言葉が恩師の言葉に重なり、リクトは恩師のことを思い出した。「一緒にいてやる。お前はもう1人じゃない。」そう言ってくれた恩師は、そのから三年間、傍で色々なこと教えてくれた。
「だから、そんなにさびしそうな顔をしないでください。」
恩師のことを思い出して、それが顔に出ていたようだ。リクトはコゼットの傍まで近寄り、コゼットを抱き締めて顔を見られないようにした。
「ご主人様?」
「コゼット、ありがとう。」
人喰らいのことを話しても傍にいると言ってくれて、恩師と同じ言葉を掛けてくれたコゼットのことを、リクトは信じることにした。
「はい、ご主人様。ずっと傍にいます。」
「本当にありがとうな」
リクトはコゼットの前にしゃがんで
「コゼット、ちょっといいか」
リクトは、鍵を取り出してコゼットの首輪を取り外した。
「ありがとうございます。実はこれ重かったんです。」
二人の顔に笑みが浮かんだ時、邪魔者が現れた。
「おっ、いたいた。まだこんな所にいやがった」
「おいおい、何してるんですか~。首輪なんか外しちゃって。」
「そいつ、俺たちのお気に入りなんだよねえ。置いてってくれないかな。」
茂みから武器を持った男達が現れた。それぞれ勝手なことを言う。
「ボーマンの部下、なわけないよなあ」
「じいさん?関係ねえよ。あんな老いぼれの命令なんか聞くわけねえだろ。俺達のことはそのガキがよく知ってるぜ、なあコゼット」
コゼットの体が小刻みに震えだす。こいつらかボーマンの言っていたのは、勝手をする屑どもっていうのは
「コゼット、今からあいつらを片付ける。終わったら、もう一度聞かせてくれ、俺と一緒にいられるか」
「はい、ご主人様の戦い、しっかりと見ます」
「いや別に見なくてもいいからな。子供に見せられるようなものじゃないから。・・・・・スレイ!この子を守ってくれ」
リクトが大きな声でスレイを呼ぶと、男達とは反対側からスレイが現れ、コゼットの側まで駆けよってきた。スレイはリクトと分かれてからずっと、林の中からずっとリクトのことを探りながら待っていたのだ。
「【よろしく、コゼットちゃんでいいかな?】」
「は、はい、よろしくお願いします。・・・・・お馬さんがしゃべった。」
リクトは挨拶しているコゼット達から目線を外し
「じゃあ、始めようか。」
「この人数相手になにができる!」
三人の男がそれぞれの剣を振り上げてリクトに躍りかかり、リクトの体を剣で刺し貫いた。
「へへ、口ほどにも・・・」
男の言葉が途中で途切れた。その男の胸をリクトの剣が貫いたのだ。
男達には黒い包帯で見えなかったが、リクトの両腕には黒い刺青が浮かんでいた。
「残念だったな。」
そこからは、一方的な戦いが始まり。数秒後、男達は物言わぬ死体へと変わっていた。これでボーマンも少しはやり易くなるだろ。
その戦いは、とても子供に見ていられるようなものではなく、実際コゼットは戦いの凄惨さに、何度か気を失いそうになり、最後の方はスレイの陰に隠れていた。
リクトは怖くて、コゼットの方を向けなかった。しばらくすると背中にコゼットがぶつかってきた。コゼットは、返り血と自分の血で、血まみれのリクトの腰に抱きついて
「だ、大丈夫です。戦いは怖かったですけど、ご主人様のことは怖くありません。」
そう言うコゼットの腕は震えていたが、コゼットの方からリクトを放すことはなかった。
「ありがとう、コゼット」
コゼットはリクトの『力』がどういうものかを知って、それでも傍にいると、そう言ってくれているのだ。これほどリクトにとって嬉しいことはない。リクトは右手の血を拭い、血を拭った手でコゼットのボサボサの髪を優しく撫でる。二人はしばらくの間、そのままでいた。
「コゼット、そろそろ離れないか?」
「は、はい」
コゼットはリクトが離れるように言って、ようやくリクトから離れた。戦いが終わったばかりで血が乾いているはずもなく、コゼットの服は血で汚れていた。
「服が汚れてしまったな。」
「あっ、ごめんなさい」
「気にするな。新しいのを買えばいいさ。」
「いいんですか?」
「もちろん。そのためにも町に行かなきゃな。スレイ、コゼットを乗せてくれ」
「【それはいいのだが、お嬢さん達にはなんと説明するつもりなのだ?私も詳しくわかっているわけではないが、事情の説明はかなり苦労しそうだな、主よ】」
「・・・・・・・・・・・・・何とかするさ」
「【ずいぶんと長い沈黙でしたな。】」
「ご主人様、お嬢さん達って?」
「え~と・・・・・・・(なんていえばいいんだろう?)」
なかなか答えないリクトの変わりにスレイが答える。
「【行動を共にしている女性たちだよ】」
「女性たち」
コゼットが不満そうな顔をするが、リクトは気づかない。
「コゼット、この後会う人達は、『力』の詳細は知らないから、力のことは秘密にしていてくれ。」
「ご主人様と私だけの、秘密」
コゼットが不満そうな顔を一転させて嬉しそうにする。正確にはスレイも知っているのだが、コゼットには秘密を共有している女が自分だけ、というのが重要なのだ。
「わかりました。絶っ対、誰にも話しません。」
「あ、ああ」
リクトは、予想外のコゼットの力強い返事に少したじろぐ。
「【主早く戻らないと、お嬢さんたちが心配しますぞ】」
「そうだな、行くか」
コゼットをスレイの背に乗せると
「ご主人様、あの、手を繋いでもいいですか?」
コゼットが馬上から手を伸ばしてくる。手を繋ぐと、どうしても時間が遅くなるが、リクトはその手を握ることを選んだ。
「ああ、繋ごうか」
リクトは、その小さな手を優しく握った。
リクトとコゼットは、手を繋いだままボーラを目指した。