9話 温泉の街 ボーラ
次の日、目が覚めると目の前にキュールの顔があった。少し動いたら鼻同士が当たりそうなほど近かった。目の前に見えるキュールの唇が気になったが、なんとか意識の外に追い出した。
「何してるんだ?」
「お前の寝顔を見ていた。」
「なんで?」
「私が見たかったからだ、気にするな。それより起きたなら早く支度しろ、さっさと出発するぞ」
リクトはあくびをしながら支度を済ませると、キュールと一緒に他の女達を起こしに行く。部屋の前まで行きリクトが扉をノックしようとするが、それは空振りに終わった。
キュールがノックもせずに扉を開けてしまったのだ。ノックをしようと扉の前に立っていたリクトには、部屋の中がよ~く見えた。部屋の中を見た瞬間、リクトの眠気が吹き飛んだ。
部屋の中には、下着姿の三人の女性が着替えをしていた。三人は入り口のリクトを見て、動きを止める。
まずクーラは、下着姿で尻尾の毛繕いをしていたようで尻尾にブラシを当てた格好で固まっていた。小柄な体は丸みを帯び、幼い中に女を感じさせる体付きをしていて、三人の中で雰囲気が一番艶っぽい。
次にミーシャは、胸は小さいが手足がスラッとしたスレンダー体型だった。こちらに向かって背を向けていて、下の肌着を身に付けるところだったらしく、猫の尻尾が生えた可愛らしいおしりが丸見えだった。
最後にアメリアは、髪をポニーテールに括ろうとしていたのか、腕を上げ胸を突き出す姿勢だった。今まで鎧で気づかなかったが、意外と胸があった。
心の内でリクトが、三人の感想を思い浮かべていると、三人は自分を取り戻した。
「「「キャーーーッ」」」
三人は身近にあったものをリクトに向かって投げつけた。この時、身近にあったものとは、旅の準備のために近くに置いていたそれぞれの武器(剣は鞘付き)だった。
三人の美少女に見とれていたリクトは、それらの武器を避けられなかった。
「リ、リクト!?」
武器の直撃と、その際に後頭部を壁に強打したのが決め手となり、リクトはその場で気を失った。
リクトは2時間たってようやく意識を取り戻した。
リクトが気を失っている間に、キュールが弁明してくれたようで、顔を赤くしながらも三人は許してくれたのが救いだった。
この騒動で、その日の出発は遅くなり、昼食を済ませてからの出発となってしまった。
それから五日間、クーラ達とは少しぎこちなかったが、リクト達はなんとか依頼をこなしながら西を目指す。そしてリクト達が道程の半分が過ぎた頃の移動中に、リクトの自宅に戻っていたスレイが追いついてきた。
「【主、ただ今戻りましたぞ。】」
「あいつらなんて言っていた?」
「【寂しいけど、主に人間の知り合いができて嬉しいと】」
「俺は動物達にも心配されていたのか」
何気にショックだった。リクトとスレイが話し込んでいると、キュールが近寄ってきた。その顔はニヤニヤしていて、嫌な予感がする。
「そなたがスレイか?一年前は世話になったな。」
「【いえいえ、私は主に従っただけですよ】」
「ところでな、数日前・・・・・・」
「【ハハハハ、そんなことがあったのですか。】」
キュールから、あの朝の騒動について説明を受けたスレイが、とても愉快そうに笑う。
さすがに腹が立つ。
「うるさいぞ、スレイ」
「【いいではないですか主。それにしてもあの主が、ククク、女性の下着姿に見とれて気絶とは、アハハハハ】」
その下着姿を見られた三人は、その時のことを思い出して赤面する。せっかく最近普通になってきたのにこいつら。かなり気まずい空気になるが、そこにスレイが追撃をかけてきた。
「【ところで主、誰のが一番好みだったのだ?】」
さっきまで俯いていた三人がバッと同時に顔を上げて急に色めき立ち、キュールを含めた女達がこっそりリクトを伺う。
「・・・・・(この状況でどう答えろって言うんだ?)」
どう答えてもいい結果になりそうにないぞ。リクトが答えられずにいると
「【さすがに意地悪でしたな。それでは、それぞれの感想はどうですかな?】」
「ちょっスレイさん、なに言ってるの、私この中で一番胸無いんだよ!」
「いや、俺は別に小さいとか気にしないからな。ミーシャは十分、その、なんだ、可愛かったと思うぞ。(って俺は何を言っているんだ!)」
「あっ・・・ありがと」
ミーシャは恥じらいながらも、嬉しそうに頬を緩ませる。
「リクト殿、大きな胸は嫌いなのか?」
「だから大小なんて気にしないから。大きな胸も、別に嫌いじゃない。」
「そうか、きらいじゃないか」
アメリアも、どことなく嬉しそうだ。
「あの、私は?」
クーラがおずおずと聞いてきた。これにもリクトは真面目に答えた。
「その・・・綺麗だった。」
「あ、ありがとうございます♪」
不安そうな顔から、一転して嬉しそうな顔になるクーラ。
一人下着姿を見られていないキュールは、リクトの言葉で嬉しそうにする三人を見て
「お前達は、何かと私を仲間はずれにする」
「お、お嬢様!仲間といっても、今回は下着姿を見られた仲間ですよ」
アメリアが慌てて、キュールを宥めようとするが
「つまり、私もリクトに肌を見せればいいのだな。」
「ひ、姫様!?」
「冗談だ、本気にするな。姫様に戻っているぞ。」
「あ、お嬢様、そうゆう冗談はやめてください。」
「すまんすまん、ほら待ちに待ったボーラが見えてきたぞ。」
次の街のボーラは温泉が有名な所で、この国有数の観光地だ。女達は、ボーラに着くことをとても楽しみにしていた。
ボーラに着くと女達の希望で、少々お値段の高い宿に泊まることになった。温泉付きの宿で温泉がいくつもあり、その中に貸切風呂もある。リクトは普段、何かの拍子に黒い刺青が出てきても気付かれないように、黒い包帯を腕に巻いているが、風呂ではさすがに包帯を外すので、貸切風呂であれば安心して入浴できる。
クーラ達は、包帯について聞かないようにしてくれているが、たまに包帯の下に何もないことを知ると、しつこく聞いてくる奴がいるのだ。
リクトは貸切風呂の予約をしたあとで、買い物に出た。求めるのは、温泉卵用の卵だ。
「どうして卵を?」
買い物には、クーラがついてきていた。他の女達は、温泉に入る準備をしているらしい。
「温泉卵を作るんだよ」
「おんせんたまご・・・・・ってなんですか?」
「えっ、知らない?」
クーラは、首を横に振る。意外だな温泉卵を知らないのか。いや、もしかしたらこの世界には、温泉卵そのものが存在しないのかもしれない。
食材を売っているところまで来たが、周りを見ても温泉卵らしきものを売っているお店はなかった。どうやらこの世界にはまだ存在しないらしい。
「それじゃあ、夕食の時のお楽しみってことで」
「はい、楽しみにしていますね」
リクトが料理を振舞うのは、クーラとミーシャに出会った時以来だ。料理といっても温泉卵だけだが。リクトとクーラは、卵を買ってから宿に戻った。
宿に戻ると、貸し切った露天風呂に入ることにする。卵を持っていくことも忘れない。
露天風呂は洋風の作りでお湯はにごり湯だった。風呂自体は貸しきり専用のため、それほど大きな作りではなかったが、4、5人が同時に入れそうな作りだった。
温泉の壁には木の棒が二つ埋め込まれていて、お湯と冷水が別々に入ってきていた。湯が入って来る場所の近くがもっとも温度が高かったので、そこで温泉卵を作ることにした。
リクトが温度の高いところに卵を固定していると
ガラララッ
露天風呂の入り口が開いて誰かが入ってきた。リクトは驚き、その場で固まってしまった。
その誰かは、仕切りでリクトに気付かず湯の中まで入ってきてしまう、そこでリクトに気付き、リクトと同じくその場で固まる。
入ってきたのは、身体をタオル一枚で隠しただけのキュールだった。
しばらくお互いを見つめ合い
「・・・・・リ、リクト!?」
「・・・・・キュール!?」
同時に、我を取り戻す二人。二人とも温泉に入ったばかりなのに、早くも顔が赤くなってきている。
「キ、キュール達の貸切風呂は、二つ隣のはずだろ」
「えっでも、店員は、ここだと」
どうやら、店員が間違えたらしい。そういえば二つ取った貸切風呂の予約は、両方ともリクトの名義だった。他の奴らに金銭的余裕がなかったためだ。店員は名義が同じためまちがえてしまったのだろう。
二人は湯の中に身体を隠した。にごり湯で助かった。リクトはキュールに背を向けて見えないようにする。するとキュールから
「リクトちょっとこっちを向け」
以前、キュールのこの言葉で振り返った時に、不意打ちをくらったため。すぐに振り返れなかった。
「早く向かないと、こっちから行くぞ」
後ろで湯が動いたのを感じた。声の感じからして距離はありそうだ、きっと大丈夫だろうと思い振り向く。するとそこには、体の大事なところを手で隠しただけのキュールが湯から立ち上がっていた。先ほど感じた湯の動きは、こちらに来ようとしたのではなく、立ち上がった時のものだったらしい。
「な、何して」
「他の者達の肌は見たのだろう。だからな、その、感想は?」
「は、恥ずかしくないのか?」
「は、恥ずかしくなど無いわ。私は王族だぞ。この程度大したこと無い。それより感想は?」
そう言うキュールの顔は、ほんのり赤く染まっている。絶対に恥ずかしがっている、そう思いながらもこの状況を打開するため、リクトはほとんど裸のキュールを観察した。
キュールの外観は、肌はきめ細かく、腰まで伸ばした金髪は美しい。しかし身体がまだ幼く、綺麗と言うよりは可愛らしいという印象だ。身体は全体的に整っており将来がとても楽しみになる。
リクトは、思ったことを口にした。
「・・・可愛いぞ」
「それだけか?」
「将来が楽しみだ」
「今は?」
「・・・・・」
「冗談だ、ふふっ今はそれで我慢するとしよう。」
満面の笑みを浮かべるキュール、やっぱり綺麗というより可愛い。
「は、早く湯につかれ。・・・いや、やっぱり後ろ向いてるから、その間に出てくれないか。もう一つの方に他の奴らもいるはずだから」
キュールを追い出す形になるが、二つ隣に他の女達が入っている貸切風呂があるはずだ。キュールには、そちらに行ってもらおう。
「しかたない、ここはおとなしく出てやるとするか。おんせんたまごとやら楽しみにしているぞ。クーラの部屋で待っているからな。」
キュールの出ていく音が聞こえ、やっと一息つくことができた。キュールとて恥ずかしくなかったわけではないだろうが、他の三人と比べると羞恥心は薄いように感じた。王族は皆そうなのだろうか?
それにしても、これで四人全員のきわどい姿を見ることになってしまった。・・・自分がどんどんダメな方向に向かっている気がする。
「上がろ」
身体的には休めたが、精神的には疲れた入浴となった。
リクトは温泉をあがると、厨房を借りて温泉卵を作ってから、クーラとミーシャの部屋に持って行く。そこには、キュールとアメリアもいるはずだ。キュールに会うのは気まずかったが、クーラと約束したから仕方ない。
「どうぞ、リクトさん」
クーラが迎え入れてくれる。
「これがおんせんたまご?」
「生卵とゆで卵の間みたいですね。」
卓に並んだ温泉卵を見て、女達がそう感想をもらす。キュールも普通にしている。クーラ達の時とは大違いだな。クーラ達は、顔を合わせるたびに赤くなっていた。
「それより食べてみてくれ、口に合うかはわからないけど」
リクトの言葉に四人が、それぞれの小鉢に手を付ける。
「おいしい」
「卵料理に、こんなものがあったんですね」
温泉卵はそれなりに、高評だった。キュールも今は温泉卵に夢中になっている。
「本当においしいな、リクト殿の料理は数えるほどしか食べたことがないが、どれも本当においしいな。」
「私なんかリクトの手料理なんて初めて食べたぞ。リクト、今度何か作ってくれないか?」
この中で一番付き合いの長いアメリアがそう言うと、キュールがリクトに頼んでみる。
「機会があればな」
「そうか!では、楽しみにしているぞ」
色よい返事を聞けてキュールがはしゃぎだす。機会など、こちらから作ってやればいいだけだからな。
「ああ、今日はもう寝る、おやすみ」
「おやすみリクト」