君と待てない明日
「大切なものなんか、全部なくしちゃえばいいのに」
そう言って君は、何の躊躇いもなく窓から小瓶を投げ捨てた。
「あ」
慌てて飛びついた窓枠の向こうで、それはきれいな弧を描き、アスファルトの上で粉々に砕け散る。
驚いたように見上げる人々の好奇な視線に曝されて、私は狼狽えて亀のように首をひっこめた。
「なんで」
「なんで?あんなもののどこが星なの?キモチワルイ」
小瓶の中身は星の砂。
クラスメイトのお土産で、私の分は大事にカバンの中に入れてある。
「気持ち悪くなんか」
「ワケわかんない生物の骨が?アリエナイ」
ふんと視線をそらして、君はお気に入りの日本地図に目を落とした。
真っ白な日本地図。
ただ県境だけが破線で記されている、大きな地図。
もう私のことなんて眼中にないらしい様子に、慌てて言葉を探した。
「あ、えっと」
「もういいよ、帰れば?」
「……大切なもの、ないの?」
思わず紡いでしまった言葉に、君がはっと顔をあげて私を睨んだ。
「いらない!一番にならないものなんかいらないよ!」
欲しくもない―吐き捨てるような台詞は、なんだか言い聞かせているようで、私は、でも―おずおずと口を開く。
「淋しいよ。大切なもの、あるんでしょ?」
「ない!そんなもの」
「だって」
「例えボクが大切だと思っても、それが僕を拒絶するなら、そんなものいらない!そんなもの」
出ていけ!―突き放すように吐き出された言葉に、私は背中を突き飛ばされた。
「今日も相変わらずね。大丈夫?」
「あ、はい。気にしないでください」
私は病室の外で待っていた女の人に苦笑した。
「あの、小瓶は」
「片づけさせました。今日もけが人はいません」
「そうですか」
もう一週間近く繰り替えされるエンドレスに、私はいい加減ため息をつきたくなる。
「あ、ちょっと待って」
「はい?」
踵を返そうとしたところで、彼女がカバンから折り畳み傘を差し出した。
「雨が降ってきそうだから、これ」
「え?でも」
「いいの。私は車だから。明日もよろしくね」
病室の中の君は、明日はどんな反応をするのだろう。
早く君の記憶が、一日以上もつようになればいいのに。
病院の玄関で、しとしと降り始めてしまった雨を眺めて、私は小さくため息をついた。
【三題噺】星の砂、日本地図、折り畳み傘