第8話 難聴系ヒーロー
「お前ら、氷室さんに向かって今何を言った?」
広井……くん?
彼の長い前髪の隙間から怒気に満ちた瞳が覗かれた。
「な、なんだよ急に」
「質問に答えろ。今なんて言ったって聞いてんだ」
お、怒ってる?
広井君が……私の為に怒ってくれているの?
「ぜ、絶叫疾走女って……言ったけど……わ、悪かったよ。そんなに怒らなくても——」
「絶叫しながら走る姿が麗しいって言いやがったなぁぁぁぁっ!!」
「言ってねーよ!?」
言ってないよ!?
「いいか!? お前が見た麗しさは氷室さんの魅力のほんの一部に過ぎないんだ! 確かにあの綺麗なフォームでの走り方や透き通ったボイスは素晴らしい。だがあの一瞬だけで氷室さんの魅力を全て理解した素振りのお前を俺は許さない!」
「何言ってるんだお前!?」
本当に何言ってるの!?
「それとお前!!」
広井くんが一人の男子生徒をビシッと指を刺す。
「お、俺?」
「そうだ。お前だ。お前も今こう言ったな? 『あの根暗、まともにしゃべれないくせに絶叫はできるのな』って」
「うっ……それがなんだっていうんだよ?」
「氷室さんが根暗……だと? さすがにその発言は見過ごすわけにはいかん」
「ね、根暗は根暗じゃねーか。俺は別に間違ったことはいってないぞ」
「馬鹿者ぉぉ!!」
バンッと机を強く叩く広井くん。
その音を一番近くで聞いていた私が一番ビックリしてしまう。
「寡黙美少女の良さに気づかないとはなんたる愚かさ! 彼女の口数の少なさは根暗ではなく『上品』というのだ! めったに口を開かない美女が稀に言葉を発するという所にロマンと萌えを感じてこそ漢というもの! 貴様はそれがわからないのか!?」
「ハッ……!? た、確かに寡黙クール美少女は俺の好みそのものだったっ! どうして今まで忘れていたんだ俺は……!」
「大丈夫さ佐藤。それに気づけたのならお前はやり直せる」
「気づかせてくれてサンキューな広井。俺、佐藤じゃなくて山下だけど」
なにこれ?
どうしてこの二人の間に今友情が生まれたの? 広井君はさっきから何に怒っているの?
ただ一つ言えること、それは渦中の中心にいる私が一番恥ずかしいということである。
「最後にお前」
「ひっ!?」
「お前はこう言ったな? 『ていうか莉々も大変だな。内気女のフォローまでさせられて』って」
「い、言った……ような、言ってないような」
「お前は一つ勘違いをしている」
広井くんは席子ちゃんをビッと指を刺して高らかに宣言する。
「席子も氷室さんに惚れているのさ。だから氷室さんの為に色々とフォローをするんだ。席子は喜んでやっていることだということを理解したまえ」
「何をいってるの!? 広井くん!?」
席子ちゃんが叫ぶ
「そうだったの!? 席子ちゃん!?」
「違うわ!! いや、友達という意味では好きだけど、百合的なアレではないからね!?」
再び叫ぶ席子ちゃん。
そ、そうだよね。急な百合展開が始まったらどうしようかと思ったよ。
ていうか広井君。今『席子も氷室さんに惚れている』って言ったなぁ。
こ、公衆の面前で自分も私のことを好きなことを公言しちゃってますが、大丈夫?
「俺の言いたいことは以上だ。騒がして悪かったな」
本当にね!?
クラスの皆もポカーンとしながら広井君に注目していた。
いつの間にか私へのヘイトが全て広井君に集まってしまったような……
もしかしてそれを狙ってわざと騒いだのかな?
そうじゃなくても私は助けてもらったんだ。
だからお礼を言わなくてはいけない。
私は広井君の耳元に近づき、囁くように言葉を繰り出した。
「広井君……庇ってくれて……ありがと……嬉しかった……よ」
それだけ言い終えると、私は逃げるように隣の自席へ着席した。
「(んぎょひぃぃぃぃ! み、ミキティが耳元でしゃべったぁぁぁっ! なんか知らないけどお礼を言われたぁぁぁぁっ! み、ミキティの甘い吐息が、お、俺の耳を擽ったぁぁ! こ、これがASMRというやつか。めっちゃゾワゾワした。ていうかドキドキが治まらねぇ。しゅきぃぃぃぃ! ミキティー! 好きだー!!)」
ASMRってなに?
広井君はどうやら耳が弱いみたいだ。
彼は今日一日中身体をクネクネうねらせながら悶え続けることになるのであった。
「(初めてまともに広井君としゃべったな。んへへ)」
そして、私も私で気持ち悪く身体をクネクネさせっぱなしだった。
二人で身体をウネウネさせている様子を後ろから見ていた席子ちゃんが終始気味悪そうに眺めていたことは私も広井君も知る由がなかった。




