第4話 「何もない」
その日は、会社に行かなかった。
行けなかった、のほうが正しい。
スマホの地図アプリで、会社の場所を検索した。
——出てこない。
名前を変えても、住所を入れても、ビルだけが表示されて、会社名の欄が空白やった。
おかしいな、と思いながら、
過去のメールを探した。
受信箱。
送信済み。
アーカイブ。
どこにも無い。
検索窓に、自分の名前を打ち込む。
——該当なし。
心臓が、一拍だけ強く鳴った。
部屋を見渡す。
机。
椅子。
服。
全部ある。
でも、それが「俺のもの」やという証明が、どこにも無い。
管理会社に電話した。
「この部屋の契約者なんですけど」
少し間があって、
「……申し訳ありません。そのお名前、登録にありません」
「昨日まで、住んでました」
「記録上は、確認できません」
また、記録。
電話を切って、笑いそうになった。
——まだ、やるんや。
外に出た。
コンビニに入る。
店員は、普通に接客する。
金も使える。
顔も見えてる。
病院に行った。
受付で保険証を出す。
「……こちら、確認できません」
「本人です」
「番号が、存在しないんです」
体は健康やった。
熱もない。
血圧も正常。
「特に異常はありませんね」
そう言われて、少し安心してしまった自分が、可笑しかった。
帰り道、交差点のガラスに映る自分を見た。
ちゃんと、映ってる。
でも、誰も俺を呼ばない。
名前を呼ばれることが、二度と無い。
夜、家に戻った。
鍵は、もう合わなかった。
警察を呼ぼうとして、ふと思った。
——俺、誰や。
名前を言えへん。
身分を証明できへん。
所属も、履歴も、全部、無い。
体だけが、ここにある。
完全に治ってる体だけが。
ベンチに座った。
しばらくして、立ち上がろうとしたとき、ふと、足が軽くなった。
重さが、無い。
次の瞬間、世界から音が消えた。
——
翌朝。
会社は、いつも通り回ってる。
欠員は出ていない。
記録も乱れていない。
……。
あとがき
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
人は病め(辞め)ども、
社会は回る。




