第1話 「なんで来たの?」
風邪で、たった二日休んだだけやった。
ほんまに、たった二日。
日曜の夜、布団に入った瞬間に寒気がきた。
エアコンも切ってるのに、体の芯だけが震えてる。
月曜の朝には喉が焼けたみたいに痛くて、熱は三十八度五分。
医者に行って、薬をもらって、「まあ二、三日ですね」と言われて、そのまま家で寝てただけの四十八時間。
それだけや。
月曜と火曜、外に出えへんかった。
連絡は最低限。
布団と水と薬と、時計の針だけをみてた。
熱は月曜の夜に一度上がって、火曜の朝には下がり始めた。
火曜の夕方、汗をかいて、そのあと、体が軽くなった。
水曜の朝。
目覚ましより先に目が覚める。
体温計は三十六度台。
駅まで歩く足取りに、あのだるさは残ってへんかった。
仕事、溜まってるやろなぁ。
迷惑かけたなぁ。
そう思いながら、電車に乗った。
会社に着いて、PCを立ち上げた。
未読のチャットが山盛り。
メールも、書類も、進捗確認も、全部溜まってる。
「あー……」
思わず声が出た。
しんどいけど、まあ、しゃあない。
いつも通り席について、指を動かし始めた。
そのときや。
社長が来た。
足音でわかった。
あの人がフロアに入ると、空気の密度が変わる。
俺の席の横で、ぴたりと止まった。
顔を上げると、社長が俺を見てた。
二秒。
三秒。
妙に長い沈黙。
「なんで来てんの?」
一瞬、意味がわからんかった。
「三年ほど休んでくれとったらよかったのに」
……は?
喉が鳴った。
声に出そうとしたけど、ガサガサで、空気しか出ぇへん。
社長は、続けた。
「そのまま亡くなってたら、経費削減になってたのになぁ。まぁ冗談やけど」
冗談。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、カッと熱くなった。
——ふざけんな。
周りを見る。
同僚たちは、全員黙ってる。
誰もこっちを見てない。
「……ちょっと待ってください」
声が出た。
自分でも驚くくらい、低くて、掠れてた。
「二日ですよ。たった二日休んだだけで、死んだほうがマシとか、経費削減とか——」
途中で、社長が目線を外した。
「はいはい」
その一言で、俺の言葉は切られた。
社長は歩き去った。
まるで、人の感情を処理したみたいに。
体が震えてた。
熱のせいか、怒りのせいか、わからん。
同僚が、小さく言った。
「……おかえり」
俺は、何も返せんかった。
その瞬間、はっきり思った。
ここ、俺が知ってる会社ちゃう。




