第64話:神の猫と錬金術師
第64話:神の猫と錬金術師
王都の一角。
貴族街の中でも、ひときわ異彩を放つ屋敷があった。
「……ここ、住居なの?」
セレナが引き気味に呟く。
外観は確かに伯爵家の邸宅だ。
だが、庭には用途不明の魔導装置、壁には焦げ跡、窓の内側では謎の光が明滅している。
「安心して。ここが私の家よ」
胸を張って言い切るローズ。
「不安要素しかねぇんだが?」
エンキドが即座に突っ込む。
中に入った瞬間、ウルガは悟った。
――ここは“家”ではない。“実験場”だ。
床には魔法陣、棚にはラベルの読めない瓶。
空中を浮遊する金属片が規則正しく回転している。
「うわぁ……」
ウルガの目が輝く。
「目を輝かせるとこじゃないわ」
セレナが即座に現実へ引き戻す。
「失礼ね。これこそが最先端よ」
ローズは不満げに鼻を鳴らしながら、ウルガ達を奥へと案内する。
「それで」
ローズはふと足を止め、視線を落とした。
「その猫、ちょうだい」
「……はい?」
ウルガが素で聞き返す。
「だからその猫。譲って」
さらっと言う。
「みゃあ」
当のバステト様は、実験台の上で丸くなり欠伸をしている。
「ダメです!!」
ウルガが即答する。
「理由は?」
ローズが首を傾げる。
「え、えっと……大事な……ペットなので……」
必死に言葉を選ぶウルガ。
「ふぅん」
ローズはじっとバステト様を見る。
観察する目。完全に研究者のそれだ。
「反応は薄いわね。でも何かおかしいわ」
「魔力反応は……ゼロ?」
「なのに、違和感だけが凄いわ」
ローズの口元が、ゆっくり歪んだ。
「最高じゃない」
「やめろその目!」
エンキドが即座に割り込む。
「久しぶりねエンキド」
ローズはようやく彼を見る。
「相変わらず無駄に才能だけある男」
「錬金術から逃げた腰抜け」
「今も錬金術やってるわ!」
エンキドが即反論する。
「中途半端にね」
ローズは鼻で笑った。
「とにかく」
ローズが手を叩く。
「今日は帰さないわ」
「その猫を観察するまでは」
「拒否権はないの!?」
ウルガが叫ぶ。
「ないわ」
即答だった。
「みゃあ」
バステト様は気にした様子もなく、ローズの実験器具を前足でちょんちょん叩いている。
「……この家には長居したくないわね」
セレナが小声で呟いた。
その予感は――
おそらく正しい。
王都グランカノン。
その一角で今日も錬金術の平和は音を立てて崩れていくのだった。




