第59話:錬金術師の覚悟
第59話:錬金術師の覚悟
エンキドは、作業台の前で眉間に皺を寄せていた。
「……オリハルコン、だと?」
セレナの言葉を、ゆっくりと反芻する。
「鍛冶師バルガムがそう言ったわ。
私の力を受け止められるのは、それしかないって」
「はぁ……」
エンキドは椅子に深く腰掛け、天井を仰いだ。
オリハルコンは伝説級の素材。
理論上は存在するが、現存する精錬例はほぼゼロ。
理由は単純だ。
――錬成難易度が異常。
「正直に言うぞ、セレナ」
エンキドは視線を戻す。
「成功率は……かなり低い」 「どれくらい?」 「失敗すれば、素材は“消える”」
魔力的に分解され二度と同じ塊には戻らない。
「それでも?」
セレナは一歩も引かなかった。
「あの子……ウルガは、もう次の段階に行ってる」 「……」
「私だけが武器に足を引っ張られるのは嫌なの」
その声音に焦りはない。あるのは静かな決意だけ。
エンキドは小さく笑った。
「ほんと、お前らは……」
作業台の引き出しを開け分厚い魔導書を取り出す。
「オリハルコン錬成は、通常の等価変換じゃ無理だ」 「……どういうこと?」
「錬金術師自身の“格”を素材が測る」
魔力の量でも、技術でもない。
「覚悟、だ」
エンキドは、かつての自分を思い出す。
――便利な物を作れればいい。
――安全な範囲で、確実に。
それが錬金術師としての立ち位置だった。
だが。
「……俺は、ずっと逃げてたのかもな」
「エンキド?」
「“壊せる力”を作ることから」
エンキドは立ち上がり静かに拳を握った。
「でもな」
目を細めセレナを見る。
「お前が前に出るなら、後ろは俺が受け持つ」
「……!」
「失敗すれば、俺の錬金術師としての信用も、未来も飛ぶ」
それでも。
「それでも作る。
お前が全力で突ける槍を」
セレナは、ゆっくりと頭を下げた。
「ありがとう、エンキド」 「礼は、完成してからにしろ」
エンキドは魔導書を開く。
頁に描かれた陣は複雑怪奇だ。
通常の錬成陣とは根本から異なる。
「まずは素材集めだ」 「オリハルコン原鉱は?」 「……ある場所に、心当たりがある」
その視線の先にウルガの姿が一瞬、重なった。
(また厄介な事に巻き込むなよ……)
そう思いながらも、
エンキドの口元はわずかに笑っていた。
錬金術師は、
誰かの“本気”を支える時だけ真価を問われる。
逃げないと決めた瞬間――
エンキドの背中は、確かに一段、大きくなっていた。




