第55話:進化した玩具箱
第55話:進化した玩具箱
ウルガはその日、いつもより少しだけ早く目を覚ました。
まだ街は眠っている。
宿の窓から差し込む朝の光も、どこか淡い。
(……よし)
無駄な音を立てぬよう、そそくさと身なりを整える。
今日は一人で森に入るつもりだった。
新しく得た力をいきなり実戦で使うには、あまりにも危険だ。
準備を終えたウルガは、パンッと自分の頬を軽く叩く。
「行くか」
宿を出て、まだ人影の少ない通りを抜ける。
門の前では、見慣れた守衛が欠伸混じりに立っていた。
「お、早いな」
「ちょっと、体動かしに」
軽く手を上げて挨拶を交わし、門を出る。
そこから森までは少し距離がある。
――走る。
息が乱れない程度にリズムよく。
体を起こすためのウォーミングアップだ。
やがて、森の中でも少し拓けた場所に出た。
木々に囲まれた小さな広場。
ウルガはその中央に立ち、深く息を吸う。
「……さあ」
静かに、だが確かな声で。
「やるか」
意識を集中させる。
呼びかけに応じるように、ウルガの内側で何かが軋む感覚がした。
――我儘な玩具箱。
もっと深く、もっと、もっと。
意識を沈めていくと、はっきりとした形が見えてくる。
綺羅びやかで、異様な存在感を放つ巨大な玩具箱。
五段構えの引き出し。
開けたことがあるのは、一番下の一段目だけ。
(……いよいよ、だな)
ウルガは、二段目の引き出しに手をかける。
その瞬間。
ぐっと、魔力を持っていかれる感覚。
一段目とは比べものにならない。
「……っ」
歯を食いしばり、耐える。
「来い……!」
現実の世界で、ウルガは叫んだ。
「我儘な玩具箱!!」
眩い光が、広場を包み込む。
やがて光が収まると――
ウルガの手の中には、冷たい感触があった。
それは鎖だった。
鈍い銀色に輝く、不思議な存在感を放つそれ。
「……これは……」
ウルガは、思わず息を呑む。
「グラウプニル……?」
脳裏に、古い伝承がよぎる。
神々でさえ手を焼いた巨大な狼――
終焉をもたらすと恐れられたフェンリル。
そのフェンリルを縛り上げたのが音もなく、重さも感じさせないこの鎖。
猫の足音、女の髭、魚の息……
あり得ない素材で作られ力ではなく“概念”を縛るとされた神器。
(力で引き千切れない、逃げることも出来ない……)
ウルガは、鎖をそっと握り直す。
見た目は細く、軽い。
だが、触れた瞬間にわかる。
これは――
抵抗する意志そのものを封じる道具だ。
「……なるほどな」
小さく、息を吐く。
(確かに……これなら)
どんな敵でも、捕まえられる気がした。
ウルガは鎖を収め、空を見上げる。
木々の隙間から差し込む朝日がやけに眩しく感じられた。




