第50話:虚空に眠るもの
第50話:虚空に眠るもの
坑道の奥、湿った岩壁に反響する足音が、やけに大きく聞こえた。
「来るわよ」 セレナが低く告げる。
直後、闇の向こうから五匹の魔物が雪崩れ込むように現れた。
坑道に適応した、細身で節くれ立った獣タイタンウルフだ。
「数はちょうどいい!」 エンキドが短く叫ぶ。
セレナが前に出る。
狭い坑道でも扱いやすいよう、槍を短く持ち替え、正確に突き出す。
一体目が喉を貫かれ、壁に叩きつけられた。
「ウルガ、右!」 「見えてる!」
ウルガは転がり込むように距離を詰め、二体目の脚を斬る。
体勢を崩した瞬間、エンキドの一撃が頭部を砕いた。
「三匹目、来るぞ!」 「まとめて止める!」
セレナが槍を地面に突き立て、間合いを制圧。
ウルガがその隙に懐へ潜り込み、急所を的確に断つ。
残る二体も、連携の中であっけなく倒れた。
「……よし」 エンキドが息を吐く。 「これで一段落、か?」
「油断するなよ」 クロムが背後から言った。
ガルバラとメテロムも何も言わず、ただ様子を見ている。
ウルガは一度深呼吸し、奥へと視線を向けた。 「もう先に進もう。」
その時だった。
エンキドが、不意に立ち止まる。
「……待て」 「どうしたの?」 セレナが振り返る。
エンキドは眉をひそめ、空気を探るように手を伸ばした。 「なんか……嫌な感じがする。音も、風も……無い」
次の瞬間。
――カッ。
ウルガの背負っていた荷袋の中で、何かが激しく光を放った。
「っ!?」 ウルガは反射的に荷を下ろす。
そこから現れたのは、遺跡で拾ったあの石版だった。
石版は宙に浮かび、まるで呼応するように坑道の奥が歪む。
暗闇の中から、
“何か”が、ゆっくりと姿を現した。
半透明の巨体。
霧のような鱗。
虚ろで、それでいて圧倒的な存在感。
龍――だが、完全な実体を持たない。
【古の残滓】
虚空龍ニヴルヘイム
ミスリル鉱山最深部。
魔力が枯れ果てた「無」の領域に封印されていた、半実体化の霊龍。
――声が、響いた。
『我を起こしたのは……お前達か』
それは音ではなく、
六人の脳内に直接流れ込む声だった。
セレナが思わず槍を構える。 エンキドは喉を鳴らす。
殲滅戦線の三人は――動かない。
クロムは剣に手をかけたままじっと古龍を見据える。
『怯える必要はない』 『我に敵意は無い』
虚空龍の双眸が、ウルガを見据えた。
『だが……力を示せ』
坑道の空気が、張り詰める。
ウルガは一歩前に出た。 剣を構えず、ただ真っ直ぐに見上げる。
「俺たちは、争いに来たわけじゃない」 「依頼でここに来たんだ」
『言葉では測れぬ』
虚空龍の影が、わずかに揺らぐ。
『力を持たぬ者に、語る資格は無い』
ウルガは、少しだけ考え―― そして、はっきりと口を開いた。
「なら、試してくれ」 「俺たちが“ここまで来られた力”を」
その背後で、クロムが小さく笑った。
(……いい顔するじゃねぇか)
虚空龍ニヴルヘイムは、しばし沈黙し――
『よかろう』
坑道の奥で、
“無”が、静かに動き始めた。




