第36話:廃教会の夜
森の奥。
獣道すら消えかけた場所に、その建物は佇んでいた。
忘れられた廃教会。
崩れた尖塔と黒ずんだ壁が、月明かりを歪めて受け止めている。
「……ここだ」
先を歩くカイルが、声を殺して指差した。
震えはあるが、その目は強い。
「みんな……あそこに連れて行かれた」
ウルガは静かに頷く。
「よく案内してくれた。ここからは任せろ」
パーティは3人。
前に立つウルガ。
その隣で槍を携えるセレナ。
ウルガの肩の上――いや、今はフードの陰から顔だけを出している バステト様。
そして、最後尾に控える案内役のカイル。
「人の気配……多いわね」
セレナが低く囁く。
教会の外周には、十人ほどの大人。
黒い蛇の印が入ったマントを羽織り、互いに間合いを取りながら見張っている。
子供の姿は見えない。
「……奥だな」
ウルガが短く言う。
バステト様は鼻を鳴らした。
「ふん。
人の子を檻に入れる趣味は、いつの世も気色が悪いのう」
声は小さいが、どこか気品が滲む。
「バステト様、少しだけ静かに」
「む、分かっておる」
そう言って、再びフードの奥に引っ込んだ。
突入は一瞬だった。
セレナが踏み込み、槍で一人目を叩き伏せる。
ウルガが間合いに入った瞬間、残りは混乱に陥った。
剣閃、槍撃。
必要最低限の動きだけで、見張りは次々と沈む。
「……外は終わり」
セレナが息を整える。
「カイルはここで待ってて」
「で、でも――」
「大丈夫だ。必ず連れて帰る」
ウルガの言葉に、カイルは強く頷いた。
教会の中は、かつての大聖堂の名残を留めていた。
崩れた天井から差し込む月光。
砕けたステンドグラスが、床に淡く光を散らす。
「……いた」
セレナが足を止める。
祭壇の前。
縄で縛られ、膝をつかされた子供たち。
ノエル、ミア、他にも子供達が数人
ノエルの首元には、冷たい刃が当てられていた。
「動くな」
フードを被った男が、低い声で言う。
「一歩でも踏み出せば、このガキは終わりだ」
ウルガの足が、止まる。
セレナも槍を構えたまま、動けない。
距離が近すぎる。
「……ノエル」
ウルガの声に、ノエルが小さく顔を上げる。
震えてはいるが、泣いてはいなかった。
その様子を見て、ウルガの胸に熱が走る。
「……」
そのとき、フードの中から小さな声。
「ほう……妾を前にその態度か」
「バステト様……」
ウルガが小さく制止するが、
「案ずるでない」
バステト様は、落ち着いた声で続けた。
「その刃。
震えておるのは、子ではなく――使い手の方じゃ」
賊の男が一瞬、視線を揺らす。
その隙を、ウルガは見逃さなかった。
「……ノエル」
低く、しかし確かな声。
「目を閉じろ」
ノエルは一瞬迷い、そして――目を閉じた。
ウルガは、一歩踏み出す。
夜の空気が、張り詰める。




