再び
白浜茜との接触から、三日が経った。
茜は、約束通り協力してくれていた。奥沢祐一に関する情報が、次々とLINEで送られてくる。
『奥沢先輩、最近また真季の悪口言ってるみたい。サークルの後輩から聞いた』
『奥沢先輩のバイト先、また変わったらしい。前の店でもトラブル起こしたって』
『炎上の時、奥沢先輩がすごく嬉しそうだったって証言、取れたよ』
情報は、奥沢祐一に関するものばかりだった。
「セバスチャン、茜からの情報をまとめなさい」
『承知いたしました。……整理完了です』
画面に、情報の一覧が表示される。
『茜様から提供された情報は、計十二件。全てが奥沢祐一に関する内容です』
「熱心に協力してくれていますわね」
『はい。ただ、少し気になる点があります』
「何ですの」
『奥沢祐一に焦点を絞りすぎているように見えます。他の可能性についての情報は、ほとんど提供されていません』
クラウディアは、眉をひそめた。
「それは……茜が奥沢を犯人だと確信しているからでは?」
『その可能性もあります。あるいは、サークル内で奥沢祐一に関する情報が最も集めやすいだけかもしれません』
「どちらとも判断できませんわね」
『はい。現時点では、茜様の協力は貴重な情報源として活用すべきかと思います』
その時、スマートフォンに通知が入った。
SNSの通知。大量の通知。
「……何ですの、これは」
画面を開いた瞬間、クラウディアの顔が強張った。
タイムラインが、荒れていた。
『また始まった』
『大田原真季、懲りてないな』
『復活したと思ったら、また嘘ついてるらしいぞ』
『詐欺師女、退学しろ』
「――っ!」
胸が、締め付けられる。
これは――また、炎上している。
『お嬢様、新たな匿名投稿を検知しました。「正義の告発者」とは別のアカウントですが、内容は類似しています』
「内容は」
『「大田原真季が、被害者ぶって同情を集めようとしている」「また男を騙そうとしている」根拠のない誹謗中傷です』
クラウディアは、拳を握りしめた。
「……奥沢祐一の反撃、かしら」
『可能性はあります。お嬢様が調査を進めていることを、察知したのかもしれません』
「でも、どうやって……」
考えている暇はなかった。
通知が、止まらない。
画面を見るたびに、悪意のコメントが増えていく。
「嘘つき」「消えろ」「死ね」――
――やめて。
突然、胸の奥から、激しい感情が湧き上がった。
これは、自分の感情ではない。真季の――
「――っ、ぁ……」
視界が歪む。
呼吸が乱れる。
心臓が、痛いほど速く鳴っている。
『お嬢様! 心拍数が危険域です! 落ち着いてください!』
セバスチャンの声が、遠くに聞こえる。
――怖い。怖い。怖い。
誰も助けてくれない。誰も信じてくれない。
一人だ。ずっと、一人だ――
「大田原さん!」
突然、肩を掴まれた。
顔を上げると、類がいた。
「大丈夫!? 顔、真っ青だよ!」
「せ、吉橋さん……? なぜ、ここに……」
「たまたま近くを通りかかったんだ。ベンチで座り込んでるのが見えて――って、それより! 大丈夫?」
類の顔が、すぐ近くにある。
琥珀色の瞳が、真剣にこちらを見つめている。
――ルディ。
一瞬、前世の記憶が蘇った。
護衛時代、クラウディアが限界を迎えた時。彼は、いつもそっとそばにいてくれた。何も言わず、ただ――
「大丈夫。僕がいるから」
類の声が、優しく響いた。
「深呼吸して。ゆっくりでいいから」
その声に導かれるように、クラウディアは深呼吸をした。
吸って、吐いて。吸って、吐いて。
少しずつ、心臓の鼓動が落ち着いていく。
「……すみません、見苦しいところを」
「謝らなくていいよ。誰だって、辛い時はある」
類が、穏やかに微笑んだ。
「良かったら、話聞くよ。何があったの?」
クラウディアは、迷った。
全てを話すべきか。それとも――
「……SNSで、また攻撃されているのですわ」
結局、一部だけを話すことにした。
「前に炎上したことがあって。それが、また始まったみたいで……」
「ああ、聞いたことある。大田原さんの件」
類の表情が、少し曇った。
「僕も、ネットいじめの問題には関心があるんだ。実は、学生起業でその分野に取り組んでる」
「え……」
「ネットリテラシー教育とか、被害者支援のプラットフォームとか。まだ小さい活動だけど」
類は、真剣な目でクラウディアを見た。
「大田原さんが何か力になれることがあるなら、言って。一人で抱え込まなくていいから」
その言葉が、胸に染みた。
――一人で抱え込まなくていい。
前世でも、ルディが同じことを言ってくれた気がする。
けれど、あの時は、聞き入れなかった。
一人で全てを背負い、一人で戦い、一人で断罪された。
今も、同じことを繰り返そうとしている?
「……ありがとうございます、吉橋さん」
クラウディアは、小さく微笑んだ。
「少し、考えさせてくださいまし」
「うん、もちろん。焦らなくていいから」
類が、立ち上がった。
「また何かあったら、いつでも連絡して。ゼミのグループLINEでも、個人でも」
「……はい」
「じゃあ、僕はこれで。無理しないでね」
類が去った後、クラウディアはしばらくベンチに座っていた。
『お嬢様、大丈夫ですか』
「……ええ、何とか」
『先ほどのパニック症状、真季様の記憶が原因と思われます。SNSの炎上が、トラウマを刺激したのでしょう』
「そうでしょうね……」
『吉橋類様の介入がなければ、危険でした。感謝すべきかと』
「……わかっていますわ」
クラウディアは、空を見上げた。
――一人で抱え込まなくていい、か。
その言葉を、噛みしめる。
「セバスチャン」
『はい、お嬢様』
「私は、間違っていたのかもしれませんわね」
『何がでしょうか』
「一人で戦おうとしていたこと。前世でも、今世でも」
『……』
「でも、まだ――信じきれないのですわ。人を。味方を」
『お嬢様……』
「誰が本当の味方なのか。見極めるまでは、完全には信用できない」
『それは、正しい警戒心です。しかしお嬢様』
「何ですの」
『全員が敵ではありません。吉橋類様のような方もいます』
クラウディアは、答えなかった。
答えられなかった。
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翌日、茜からメッセージが届いた。
『大変! 新しい炎上のこと聞いた。大丈夫?』
クラウディアは、冷静に返信を打った。
『大丈夫です。でも、誰がやったか気になりますわ』
『奥沢先輩じゃない? 絶対あいつだよ』
『証拠はありますの?』
『証拠は……でも、状況的に見て――』
やはり、奥沢祐一を疑っている。
「セバスチャン」
『はい、お嬢様』
「新しい炎上の発信源、特定できますか」
『調査中です。……特定しました』
「結果は」
『新たな匿名アカウントは、アカウント所在地の偽装を行っています。しかし、いくつかの手がかりから――』
「言いなさい」
『このアカウントは、「正義の告発者」とは別人である可能性が高いです』
クラウディアは、目を見開いた。
「別人? つまり、奥沢祐一ではない?」
『断定はできませんが、投稿時間帯のパターン、文体、使用する絵文字の傾向――全てが正義の告発者と異なります』
「では、誰が……」
『可能性としては、複数あります。奥沢祐一が新しいアカウントを作った可能性、サークル内の別の共犯者が動いた可能性、あるいは――全く別の第三者が便乗している可能性もあります』
クラウディアは、唇を噛んだ。
「状況が、複雑になってきましたわね」
『はい。単純に奥沢祐一一人の犯行ではない可能性が高まっています』
「セバスチャン、新しいアカウントについてもっと詳しく調べなさい。投稿パターン、フォロワーの分析、全てを」
『承知いたしました』
「そして、奥沢祐一についても再調査を。彼が本当に主犯なのか、それとも……」
『複数犯のうちの一人に過ぎないのか』
「ええ」
パズルのピースが、少しずつ動き始めていた。
しかし、まだ全体像は見えない。
「……明日、奥沢祐一に直接会いますわ」
『お嬢様、危険では――』
「直接話せば、わかることがあるはずですわ。人の目を見れば、嘘をついているかどうかは判断できます」
『……お嬢様のご判断を信じます。ただ、私も同席させてください。録音と、リアルタイム分析を行います』
「ええ、お願いしますわ」
クラウディアは、窓の外を見た。
――真実は、まだ霧の中にある。
しかし、少しずつ輪郭が見えてきている。
焦らず、慎重に――そして確実に。




