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悪役令嬢の推理

 週末の午後。


 クラウディアは、部屋でスマートフォンとノートパソコンを並べ、本格的な捜査本部を設置していた。


「セバスチャン、状況を整理しますわ」


『承知いたしました、お嬢様』


「現時点での最有力容疑者は奥沢祐一。真季さんに近しい人物で、明確な動機がある」


『はい。振られた逆恨みという動機、そしてサークル内部者としての立場から、炎上を仕組むことが可能でした』


「まずは、奥沢祐一について詳しく調べましょう。この男について、わかっていることを全て報告しなさい」


『かしこまりました』


 画面に、奥沢祐一のプロフィールが表示される。


『奥沢祐一、二十二歳。明央大学経済学部四年生。軽音楽サークル所属。SNSでは積極的に発信しており、フォロワー数は約八百人。投稿内容は主に音楽、グルメ、日常の雑感です』


「真季さんとの接点は」


『同じ軽音楽サークルに所属していました。真季様は一年生の時に入部し、奥沢祐一は当時三年生で副部長でした。サークル内では、奥沢祐一が真季様に好意を寄せていることは公然の秘密だったようです』


「告白したのは、いつ」


『約一年二ヶ月前、サークルの打ち上げの後です。真季様は丁重にお断りになりました。その際の会話記録がLINEに残っています』


「見せなさい」


 画面に、LINEのスクリーンショットが表示される。


『今日は楽しかったね。ところで、前から言おうと思ってたんだけど……俺、大田原さんのこと好きなんだ。付き合ってくれないかな』


『奥沢先輩、気持ちは嬉しいです。でも、ごめんなさい。私は先輩のことを、先輩としか見れなくて……』


『そっか……まあ、しょうがないよね。急にごめん。これからも普通に接してくれると嬉しい』


『もちろんです。サークルでは今まで通り、よろしくお願いします』


「……意外と、まともな対応ですわね」


『はい。この会話だけを見ると、奥沢祐一は断られたことを受け入れているように見えます』


「しかし、炎上が始まったのはこの直後」


『正確には、この会話の約二週間後です』


 クラウディアは、眉をひそめた。


「二週間……その間に、何かあったのかしら」


『調査しましたが、特に目立った出来事は確認できませんでした。ただ――』


「ただ?」


『奥沢祐一のSNS投稿に、微妙な変化が見られます』


「どういうこと」


『告白以前は、明るく社交的な投稿が中心でした。しかし告白後、投稿頻度が下がり、内容も暗い傾向が見られます。「何もかもうまくいかない」「信じていた人に裏切られた気分」といった投稿が散見されます』


「裏切られた気分……真季さんは、何も裏切っていませんわよ」


『はい。しかし、奥沢祐一の主観では、そう感じていた可能性があります。振られたことを「裏切り」と解釈するのは、歪んだ認知ですが、珍しいことではありません』


 クラウディアは、腕を組んだ。


「つまり、奥沢祐一は振られたことを逆恨みし、復讐として炎上を仕組んだ――という仮説ですわね」


『状況証拠は、その仮説を支持しています』


「匿名アカウント、正義の告発者との関連は」


『直接的な証拠はありませんが、プロファイリングの結果、合致する点が多いです』


 セバスチャンが、分析結果を画面に表示する。


『投稿時間帯、奥沢祐一の講義スケジュールと矛盾しません。文体、やや感情的で、特定の言い回しを繰り返す傾向が一致します。また、匿名アカウントが使用している写真の撮影場所が、奥沢祐一の行動圏内と重複しています』


「なるほど……」


『さらに、決定的な状況証拠があります』


「何ですの」


『炎上の発端となった、LINEのスクリーンショット。偽造されたものですが、その内容にはサークルの内輪ネタが含まれていました。外部の人間には意味がわからない言葉遣いです。つまり、偽造者はサークル内部の人間である可能性が高い』


「奥沢祐一は、サークルの副部長だった」


『はい。内部情報に最もアクセスしやすい立場でした』


 クラウディアは、椅子の背にもたれた。


「……かなり、黒に近いですわね」


『はい、お嬢様。現時点での証拠を総合すると、奥沢祐一が匿名アカウントの運営者である可能性は極めて高いと言えます』


「動機は逆恨み、手段は偽造証拠による炎上、機会は内部者としての情報アクセス、揃っていますわね」


『はい。ただ……』


「ただ?」


 セバスチャンが、一瞬、言葉を切った。


『一点だけ、不自然な点があります』


「何ですの、言いなさい」


『炎上の拡散速度です。奥沢祐一のフォロワー数は約八百人。しかし、炎上は数時間で数万人に拡散しました。これは、八百人のフォロワーからの自然拡散では説明できない速度です』


「つまり、協力者がいた」


『はい。誰かが、意図的に拡散を加速させた。その「誰か」は――』


「サークル内の人間」


『その可能性が高いです。前回お伝えしたように、拡散の起点はサークルメンバーのフォロワー圏内から始まっています。おそらく複数名が関与していたと思われます』


 クラウディアは、目を細めた。


「奥沢祐一が実行犯で、サークル内の何人かが共犯者……そういうことかしら」


『仮説としては成立します。ただ、具体的に誰が関与したかは特定できていません』


「それは後で調べましょう」


 クラウディアは、立ち上がった。


「今は、奥沢祐一に集中しますわ。こちらの証拠が固まれば、自ずと全体像が見えてくるはず」


『承知いたしました。ただ、お嬢様』


「何ですの」


『先ほどの不自然な点について、もう少し調査させていただけませんか。拡散の経路を詳しく分析すれば、共犯者の特定につながる可能性が――』


「それは後で構いませんわ」


 クラウディアは、手を振った。


「まずは本丸を攻めるべきですわ。奥沢祐一を追い詰めれば、共犯者の情報も引き出せるでしょう」


『……かしこまりました』


 セバスチャンの声に、かすかな躊躇が感じられた。


「セバスチャン、奥沢祐一の弱点を洗い出しなさい」


『しかし、お嬢様。私は探偵AIではありません』


「今からなるのですわ」


『……無茶を仰る』


「無茶ではありませんわ。あなたは膨大なデータを処理できる。人間には見えないパターンを発見できる。それは、探偵の能力そのものですわ」


『お言葉ですが、探偵の能力とは、データ処理だけではありません。人間の心理を読み、嘘を見抜き、真実を引き出す――そうした能力が必要です』


「それは私の役目ですわ」


 クラウディアは、不敵に微笑んだ。


「あなたがデータを分析し、私が人間を分析する。最強のコンビですわよ」


『……お嬢様、その自信はどこから来るのですか』


「公爵令嬢としての教育ですわ。宮廷では、嘘つきを見抜けなければ命を落としますもの」


『なるほど。では、私も全力を尽くします』


「ええ、お願いしますわ」


 セバスチャンが、奥沢祐一の詳細な分析を開始する。


『奥沢祐一の弱点、分析完了です』


「早いですわね。報告を」


『まず、経済的な弱点。奥沢祐一は奨学金を受給していますが、成績が下がり続けており、継続が危うい状態です。また、アルバイト先でトラブルを起こし、先月解雇されています』


「何のトラブル」


『詳細は不明ですが、SNSの投稿から推測すると、客とのトラブルのようです。「理不尽なクレームをつけられた」「俺は悪くない」といった投稿があります』


「自己正当化の傾向がありますわね」


『はい。次に、人間関係の弱点。奥沢祐一は、サークルを退部しています。炎上の約三ヶ月後です。退部理由は人間関係の悪化とされています』


「真季さんへの炎上が、サークル内で問題になったのかしら」


『その可能性があります。また、奥沢祐一のSNSを見ると、現在は孤立に近い状態のようです。投稿への反応が極端に少なく、友人との交流も見られません』


 クラウディアは、考え込んだ。


「……自業自得とはいえ、哀れな状況ですわね」


『はい。しかしお嬢様、一つ気になる点が』


「何ですの」


『奥沢祐一の最近の投稿に、自己弁護的な内容が増えています。「俺は悪くない」「誤解されている」「真実を知っているのは俺だけだ」――といった』


「罪の意識があるのかしら」


『あるいは――』


 セバスチャンが、言葉を選ぶように間を置いた。


『あるいは、本当に誤解されていると感じているのかもしれません』


「……どういうことですの」


『これは推測ですが――奥沢祐一は、自分が主犯だと思っていない可能性があります』


「主犯でない? では、誰が――」


『それはまだわかりません。ただ、炎上を仕組んだのが奥沢祐一一人だけでなく、複数名の共謀だった可能性も考慮すべきかと』


 その時、スマートフォンに通知が入った。


 SNSのダイレクトメッセージ。


 送り主は、白浜茜。


『真季、久しぶり。少し話せないかな』



 ~~~ 



「……白浜茜から、ですわね」


『はい。炎上時に距離を置いた、元友人です』


「なぜ今になって連絡を……」


『わかりません。罪悪感からか、それとも別の理由があるのか』


 クラウディアは、メッセージを見つめた。


 白浜茜。真季の親友だった女。炎上の時に見捨てた女。


 今になって、何を話したいというのか。


「……会ってみますわ」


『お嬢様、大丈夫でしょうか』


「情報収集の機会ですわ。向こうから接触してくるなら、何か理由があるはず。それを探りましょう」


『慎重にお願いします』


「大丈夫ですわ、セバスチャン」


 クラウディアは、スマートフォンに向かって微笑んだ。


「宮廷では、様々な人間の本音を引き出すことも、必要な技術でしたわ。この程度、造作もありませんわよ」


『……お嬢様の判断を信じます。ただ、会話は全て録音させてください』


「もちろんですわ」


 クラウディアは、返信を打ち始めた。


『いいですよ。いつがいいですか?』


 送信。


 数秒後、返信が届く。


『明日の放課後、大学近くのカフェでどう? 話したいことがあるの』


「……話したいこと、ね」


 クラウディアの目が、鋭く光った。


「セバスチャン、明日の準備をしますわ。白浜茜について、調べられることは全て調べておいて」


『承知いたしました、お嬢様』


「それと――」


「何でしょうか」


「奥沢祐一の件、結論を急ぎすぎたかもしれませんわね」


『と、おっしゃいますと?』


「あなたが言いかけたこと、気になっていますのよ。主犯でない可能性。サークル内に、他にも関与者がいるということでしょう?」


『はい。炎上の規模と拡散速度を考えると、組織的な動きがあった可能性は高いです。奥沢祐一はその一人に過ぎないかもしれません』


「なるほど……」


 クラウディアは、窓の外を見た。


「まずは、白浜茜の話を聞きましょう。彼女が何を話したいのか。それによって、新しい情報が得られるかもしれませんわ」


『賢明なご判断です、お嬢様』


「ふふ、私を誰だと思っていますの」


 悪役令嬢は、微笑んだ。




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