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第97話《荒野の鼓動、大地の血管》― 開拓用装甲列車 ―

1. 循環し始めた王国の「毛細血管」


領都フィアレルから西の要衝セントラリアまでを繋ぐ「馬車鉄道」の開通により、王国の物流は劇的な変貌を遂げつつあった。


かつて、ぬかるんだ道に車輪を取られ、何日もかけて武具や鋼材を運んでいた馬車たちは、その重労働から解放された。しかし、彼らが引退したわけではない。


「……よし、積み込み完了だ。各村へ届けてくれ」


俺、高瀬智也は、セントラリアの集積所で馬車を見送った。 領都で急ピッチで作成されている最新の農具――メギド鋼で打たれた頑丈なくわすきが、鉄道という「太い動脈」によって大量に届く。それを、今度は空いた馬車たちが「毛細血管」となって各地方の村々へと届けているのだ。


「効率が、目に見えて変わっていくな」


「そうだね、智也くん。これまでは輸送の八割が武具や鋼材で占められていたけど、今はその余力が全部『生活』に回ってる。数字の上でも、村々の備蓄率が向上しているよ」


隣で報告書を整理したのはエルナだ。 適切な距離感を保ちつつ、あくまで有能な実務家として俺の隣に並んでいる。その冷静な分析が、今の俺には何よりの支えだった。


「でも、道具だけじゃ土地は肥えない。……次は、これだね。」


彼女が指差したのは、セントラリアから東の山脈方面、つまり領都へと続く広大な荒野だった。




2. 逆転の発想:重力という最強の動力


セントラリアの駅舎。目の前に広がるのは、ひび割れた大地が続く東の荒野だ。 俺は主要メンバーを前に、鉄道の路盤に沿って描かれた新しい設計図を広げた。


「……じゃあ、やるか」


俺は図面の端、セントラリアから東に十キロ進んだ地点にある『第四待避所』を指差した。


「ここが今回のプロジェクトの起点だ。測量の結果、あちらの待避所付近の方が、このセントラリア駅舎より標高が約八メートル高い。……つまり、あそこで水を掘り当てれば、重力だけでこの十キロの区間に水を流せる」


「十キロの用水路……。トモヤ、それは大きな工事になるね。でも、水が来ればこの荒野は変わる」


リュミアが俺の体調を気遣うように、温かいスープの碗を差し出しながら静かに微笑んだ。俺は一口啜り、熱い液体が喉を通るのを感じてから頷く。


「ああ。冬に南西の村で行った地下水脈掘削を応用する。高い地点で眠っている伏流水を地上へ引き出し、勾配をつけて一気にセントラリアまで導くんだ。冬場以外は地上の用水路で十分機能するはずだ」


「よし、俺たちの出番だな。智也、さっそく始めようぜ!」 ガルドが力強く拳を合わせた。




3. 土竜人族の重機ユニット:西側区間の爆速開削


まずは、水を受け入れるための「器」となる十キロの用水路建設が始まった。 この現場で主役を張るのは、土竜人族の掘削集団だ。


(……一から測量して掘るのは時間がかかる。だが、俺たちにはすでに『鉄道』という基準線がある)


「ドルグ、鉄道の路盤から五メートル間隔を開けて並んでくれ。路盤を造る時に象人族パドたちが地面を完璧に圧密してくれている。そこをガイドレールにして掘れば、壁面が崩れる心配もないし、勾配の計算も狂わない」


「任せな、知恵者さん! 野郎ども、俺たちの爪を『カッタービット』だと思え! 溝掘り(トレンチャー)ライン、開始だ!」


ドルグの号令とともに、十数人の土竜人族が等間隔で地面に取り付いた。 彼らは自慢の硬い爪を高速回転させ、硬い荒野の土を面白いように跳ね飛ばしていく。


「智也くん、ここだね! 粘土層が出た。……象人族の皆さん、お願いします!」 エルナが図面を片手に、正確な位置を指示する。


『パオォォォン!』 象人族たちの咆哮が響く。彼らはその圧倒的な重量を活かし、掘り起こされたばかりの溝の底と壁面を、太い足でリズミカルに踏みしめていく。


(……素晴らしい。象人族による『転圧コンパクション』だ。現代のロードローラーに匹敵する圧力で土を締め固めることで、水の浸透を防ぐ強固な『不透水層』が形成される)


仕上げにガルドが土魔法を放つと、象人族によって密度を高められた土が、まるで「ソイルセメント」のように硬化し、滑らかな通水路へと変わっていった。 わずか数日で、十キロに及ぶ強固な導水路がセントラリアへと到達した。




4. 沈黙する水脈と「異物」の発見


用水路が完成に近づく中、俺たちは最上流部にあたる十キロ先の掘削地点にいた。 星鼻モグラ族のモグが、その特徴的な鼻の触手を地面に押し当て、地中の微細な振動を読み取る。


「智也さん、伏流水はこの下。深度二十八メートル付近に巨大な『溜まり』があるよ」


「了解だ。ドルグ、垂直抗を落としてくれ」


だが、地下二十メートルまで掘り進んだ地点で、土竜族たちが手を止めた。


「……おかしい。知恵者さん、伏流水はある。確かにそこにあるんだ。なのに、水が湧いてこねぇ」


俺はランタンを手に、ロープを伝って地下の掘削現場へ潜った。 そこには、鈍く黒光りする「巨大な岩の塊」のようなものが、水脈を塞ぐように横たわっていた。


「……これは、黒曜石……いや、古代の地殻変動で固まった天然の気密層か」


(……伏流水の気配はある。なのに、水が出ない。これは物理的な『遮断』か、あるいは密閉による気圧のバランスか……)


俺は壁を軽く叩き、エンジニアとしての経験を総動員して分析した。 「モグ、もう一度鼻を使ってくれ。この『壁』の向こう側はどうなってる?」


モグが壁にピタリと触手を当て、驚いたように声を上げた。 「……智也さん。向こう側に水はあります。でも、ものすごい『圧力』でせき止められている。まるで大地が呼吸を止めているみたいに、一滴も染み出してきません」




5. 大地の「呼吸」を取り戻す


「……なるほど。地層が完璧に密閉されていて、水の出口がないんだ。中の圧力が逃げ場を失っている」


俺は地上に戻り、ビトルを呼んだ。 「ビトル、以前作った『送風機シロッコファン』を用意してくれ。……ただ掘るのを止めて、ここに『空気』を送り込むんだ」


「空気を? でも智也お兄ちゃん、水が欲しいのに空気を送るの?」


「ああ。この粘土層に細い穴を何本も開け、そこから圧力をかけた空気を流し込む。大地の『密閉』を解いて内部の圧力を攪乱してやれば、自らの圧力で水が噴き出してくるはずだ。いわゆる『エア・リフト』の原理だ」


作業は精密を極めた。 ガルドが周囲を固めて陥没を防ぎ、ドルグが慎重に「空気の通り道」を穿つ。ビトルの送風機が唸りを上げ、地下深くへ新鮮な空気が送り込まれた。


数分後――。


『――ゴボボボッ、ズズゥゥゥン!』


地下から、大地が大きな溜息をついたような音が響いた。 次の瞬間、乾ききっていたはずの穴の底から、清らかな水が轟音と共に噴き出した。


「出た……! 自噴だ! 伏流水が、用水路へ流れ込むぞ!」


地下で得られた水は、土竜族たちが事前に掘り進めていた一パーセントの勾配に沿って、地上の用水路へと滔々と流れ始めた。




6. 鉄の蜘蛛と六頭の嘶き(いななき)


セントラリアの城門脇、レールの始点。夜明け前の薄明かりの中、白い息を吐く男たちと、異様な熱気に包まれた馬たちの姿があった。


「……おいおい、智也。図面で見た時もイカれてると思ったが、実物はもっと化け物だな」


ガルドが呆れたように見上げる先には、レールの上に鎮座する奇妙な巨大車両があった。通常の貨車を三台連結し、その中央から、まるで巨大な蜘蛛の足のように、左右へ二十五メートルずつ鋼鉄のアーム(アウトトリガー)が伸びている。その下には、メギド鋼のプラウ(鋤)の刃が、片側だけで三十枚、ぎらりと牙を剥いていた。


「これが開拓用装甲列車『一号機・砕土さいど』だ。行くぞ、配置につけ!」


俺の号令で、六頭の軍馬がレールの脇に整備された「馬道ばどう」へ、縦一列の「重連」陣形で並べられた。


「通常、畑で馬を横に並べると、お互いの足がぶつかったり、力の方向がバラけたりして大きなロスが生まれる。だが、このレールサイドなら話は別だ」


俺は馬を繋ぐ極太のチェーンを叩いた。


「この重連なら、すべての力が一直線に合成される。さらに、荒野の柔らかい土の上では馬の足が滑り、力が逃げてしまうが、この『馬道』は事前に徹底的に踏み固めてある。馬たちは滑る不安なく、百パーセントの力で地面を蹴り飛ばせるんだ」


先頭の御者が鞭を鳴らす。六頭の馬が同時に嘶き、筋肉を膨張させた。


ゴガガガガガッ!


凄まじい金属音が響き、装甲列車が動き出す。二十五メートル先まで伸びたアームのプラウが、未開の荒野に深々と突き刺さった。


「智也! アームが持っていかれるぞ!」


ガルドが叫ぶ。土を深く耕そうとすれば、プラウには強烈な「後ろに引っ張る抵抗」がかかる。普通の農具なら、この負荷でひっくり返るか、左右に蛇行して制御不能になるはずだ。


「大丈夫だ、見てろ! これがレールの『アンカー(支点)効果』だ!」


重量のある荷車と鋼鉄のレールが、物理的な支柱となって巨大な横荷重をガッチリと受け止める。さらに、アウトトリガーが「てこの原理」を応用し、馬群が生み出した数トン単位の牽引力を、アームを通じて「面」の圧力へと変換。プラウの刃を強引に土の奥深くへと叩き込んでいく。


「……マジかよ。びくともしねえ!」


バリバリバリバリッ!


小気味良い破壊音とともに、死んでいた灰色の荒野が、まるで布を引き裂くようにめくれ上がった。左右合わせて五十メートルの幅が、一瞬にして黒く湿った「畑」へと姿を変えていく。


「フォルム、アームの水平はどうだ!」 「問題ない。多関節機構が地形の起伏を逃がしている。馬への急激な衝撃ショックも最小限だ」


俺たちは時速十キロという、開墾作業としては信じられない速度で荒野を突き進んだ。一キロ地点を通過した時、エルナが叫んだ。


「一キロ通過、所要時間六分! 智也くん、この後ろならいつでも『種まき便』を出せるよ!」


この「砕土」が通った後には、完全に整地された黒い帯が残る。そこを、今度は種芋を積んだ「播種はしゅ専用列車」が、車輪の回転と同期した正確なリズムで種を落としていくのだ。


俺は最後尾から、真っ直ぐに伸びる漆黒の農地を見つめた。


「耕作と種まきを分けることで、それぞれの速度を最適化できる。……よし、このまま十キロ先まで、この大地を『料理』してやる」


朝日が昇り、重連馬たちが踏みしめる「馬道」と、その横に広がる巨大な畑を、希望の色に染め上げていった。




7. 鉄の蜘蛛と六頭の嘶き(いななき)


「智也くん、来たわ! 水の先端が、今、開墾区画に到達した!」


エルナが旗を振る。 用水路のゲートが開かれ、水はレールの下を潜る「伏せ越し」を通って、五十メートル幅の「砕土」直後の畑へと溢れ出した。


「見て、トモヤ! 土が……土が水を飲んでる!」


リュミアが歓喜の声を上げる。 水が触れた瞬間、パサつき始めていた灰色の土が、音を立てるようにして深い漆黒へと染まっていく。喉を鳴らして水を飲み干す生き物のように、大地が潤いを取り戻していく。


「エルナ、流速はどうだ?」 「計算通りよ。土砂を巻き上げずに、一番端の畝まで三十分以内に届くわ。これなら、後続の『播種列車』のタイミングに完璧に間に合う!」


地下の伏流水から引き込まれた適温の水は、土を湿らせ、肥料を溶かし、これから植えられる種芋たちのための「最高のベッド」を完成させた。


俺は膝をつき、湿った土に手を触れた。冷たくて、重くて、確かな生命の予感。


「よし、水分量は十分だ。砕土列車の後ろに、第二陣の『播種列車』を投入しろ! 土が最高のコンディションのうちに、未来を土に埋めてやるんだ!」


俺の声に応えるように、遠くセントラリア方面から、種芋を山積みにした次なる列車の汽笛――馬たちの力強い嘶きが響いてきた。


【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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