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第91話《金銀の輸出と、見えざる経済の盾》

1. 豊かさの代償と、空の金庫


領主館の最上階にあるフィアレル卿の執務室は、いつもなら心地よい紙とインクの香りに包まれている。だが今日、そこに漂っているのは、胃に穴が空きそうなほどの重苦しい緊張感だった。


「智也殿……本当にお耳を貸していただきたいのです。これは決して、あなたの成果を否定するものではありません。むしろ、その逆なのです」


目の前で、王国財務官のオルソンが、今にも泣き出しそうな顔で俺に縋り付いていた。かつては整えられていたであろう髭は乱れ、目の下には深い隈がある。


「智也くん、まずはこれを」 隣にいたエルナが、そっと俺に帳簿を差し出す。そこには、俺が設計し、少数民族の協力を得て進めてきたプロジェクトの「数字」が並んでいた。


飛竜便による物流網の構築。 南西部の広大な治水工事。 冬場の食糧難を解決するための大規模ビニールハウス群。 そして、先日完成した領都の上下水道。


どれもが領民の生活を劇的に向上させ、生産性を数倍に跳ね上げた。だが、帳簿の最後に記された「支出」の合計欄を見たとき、俺の心臓は一瞬跳ねた。


「少数民族のスペシャリストたちへの報酬、か……」


「はい。土竜人族の掘削技術、蝙蝠人族の精密測量、蚕人族や蜜蜂人族の素材に蟻人族の建築速度。彼らの異能はまさに奇跡です。彼らも王国の危機を知っていますので、個々の報酬はかなり低額で対応してくれてはいるのですが……いかんせん、関わっている人数が多すぎます」


財務官のオルソンが、震える指で帳簿の端を指した。 「今はまだ、なんとかなっています。ですが、このペースでの支払いが続けば、いずれフィアレル領の国庫が底を突きます」


俺は腕を組み、頭の中で現代の知識を検索した。 (……典型的な『投資過多による一時的なキャッシュフローの悪化』だな。利益は確定しているのに、手元の現金が足りない。会社で言えば『黒字倒産』の一歩手前だ)


「わかりました、オルソンさん。責めているわけじゃないのは伝わっています。……むしろ、現場の悲鳴を早く伝えてくれて助かりました」


「おお、智也殿……! では、何か知恵が?」




2. 鉱山の増産と「インフレ」の恐怖


「智也殿、私からも一つ提案がある」


それまで沈黙を守っていたフィアレル卿が、重厚な机をから身を乗り出した。


「幸い、我が領の鉱山には、まだ手付かずの金銀の脈が眠っている。土竜人族をあそこへ投入し、一気に採掘量を増やしてはどうだろうか。掘り出した金銀をそのまま鋳造して支払いに充てれば、急場は凌げるはずだ」


「卿、お気持ちはわかりますが……」 俺は即座に首を振った。


「それは『ブレーキの壊れた車を加速させる』ようなものです。」


俺は机の上に新しい紙を広げ、一本の曲線を書き込んだ。


「確かに金銀は掘れます。ですが、安易にそれを国内に流通させてはいけません。卿、もしパン一塊の値段が、明日から十倍になったらどうなると思いますか?」


「十倍? そんな馬鹿なことが……」


「起きます。市場に出回る『お金』の量に対して、物の生産が追いついていない状態で金をばら撒けば、お金の価値は暴落します。それが『インフレ』です。物価が跳ね上がり、一番に苦しむのは蓄えのない、日雇いの民や貧民層です。彼らは働いても働いてもパン一つ買えなくなり、餓死します」


グラフを見た卿とオルソンが息を呑む。


「黄金は……あればあるほど良いものではないのですか?」


「劇薬と同じですよ。適量なら滋養強壮になりますが、一気に飲めば毒になる。国内の市場を壊さずに、このキャッシュフローの穴を埋める必要があります」




3. 智也の逆転プラン:帝国への「毒」を含んだ輸出


俺はペンを持ち替え、紙の端に「ラグナ帝国」と書き込んだ。


「卿、オルソンさん。作戦を変えましょう。金銀は掘ります。土竜人族のパワーをフル動員して、通常の三倍以上の速度で黄金を掘り出す。……ですが、それを国内の市場には一分も流しません」


「流さない? では、どうするのです」


「宿敵、ラグナ帝国へ全量売却します。これを『戦略的ダンピング輸出』と呼びます」


俺の言葉に、執務室が静まり返った。 「帝国へ……金を売るのか? 敵に塩を送るようなものではないか」


「逆です。帝国に『毒』を飲ませるんです。金銀を帝国に流し込めば、帝国側の市場でお金が余り始めます。あちらで緩やかにインフレを引き起こし、通貨価値を揺さぶる。一方で、我々はその売った金銀を使って、帝国内で余っている『資材・穀物・日用品』を片っ端から安く買い付けます」


俺は図を書き足していく。 「帝国から届いた大量の物資を、我々の国庫に入れます。そして、少数民族の皆さんへの報酬として、あるいはその物資を国内で少しずつ安価に放出して換金し、支払いに充てます。これなら国内にお金が溢れすぎることはなく、逆に物が潤うので、物価を安定させたまま資金繰りを改善できます」


「こちらの財政を救いつつ、敵国を揺さぶる……まさに『盾と矛』の策だ」 フィアレル卿の瞳に、鋭い光が宿った。


「その取引には、商人たちの協力が不可欠です。ただの貿易じゃない。国家レベルの『経済防衛』ですから」


フィアレル卿が、決意を固めたように立ち上がった。 「ことがことだ。王都に承認をもらえるように、こちらも即座に動こう」



4. 商人ギルドとの結束


その夜。俺は領都で最も大きな商会の一角に、有力な商人ギルドの代表たちを集めていた。


「帝国との大口取引? 智也殿、それはあまりにリスクが高すぎる。帝国側の商務官は海千山千だ。我々が買い叩かれるのがオチですよ」


ギルド長の一人が、不機嫌そうに鼻を鳴らした。 俺は落ち着いて、一枚の特権状をテーブルの中央に置いた。


「ですから、皆さんに『武器』を渡します。一つは、飛竜便の優先利用権。これを使えば、帝国の相場が変わる前に商品を移動させ、情報戦で勝てる。もう一つは、上下水道を完備した最新の『醸造特区』の優先契約権。……清潔な水は、酒造りの命ですよね?」


商人たちの目の色が変わった。 「智也殿……あんたは、商人のツボをよく分かっていらっしゃる」


「ギルドの皆さん。私は皆さんに、ただの御用商人になってほしいわけじゃない。この国を、帝国の経済的圧力から守る『防壁』になってほしいんです。今回買い付けていただくのは、高級品ではなく日用品と穀物。これを安定して国内に供給することで、民の生活を守る。そのための利益は、我々が保証します」


俺は一人一人の目を見つめた。 「皆さんの結束が、この国を救います。どうか、私の計算に乗ってくれませんか」


長い沈黙の後、ギルド長がニヤリと笑った。 「……面白い。フィアレルの知恵者、智也殿の計算に俺は乗った!!!、やってやろうじゃないか!」




5. 動き出す黄金の動脈


一週間後。 フィアレル卿から「王都からOKが出た」との報せが入った。


バルトロが管理する鉱山からは、土竜人族の驚異的な掘削速度によって、かつてない量の金銀が運び出されていた。


「智也くん、第一便の出発、確認したよ」 隣に座るエルナが、羽ペンで帳簿にチェックを入れる。 「帝国の物価変動、商人ギルドからの連絡、全部計算通り。少数民族のみんなへの支払いスケジュールも、これで完全に正常化できる」


「よかった。……冷徹なことをしている自覚はあるけどな」


「そうかな?」 エルナが、俺の顔を覗き込んだ。


「智也くんの書く数字は、時々恐ろしいほど冷徹だけど、本当は誰よりも優しいね。だって、誰一人、この国の民を飢えさせないための計算だもん。……私は、この数字が大好きだよ」


数週間後。 財務官のオルソンが、信じられないものを見るような目で、真っ黒に埋まった帳簿を閉じた。


「……無事、今月の支払いが完了しました。それどころか、帝国から買い付けた穀物のおかげで、市場の物価がわずかに下がっています。智也殿……まさか、金を掘り出して、それを自国で使わないことが救いになるとは」


俺は、窓の外で元気に工事を続ける土竜人族や、荷物を運ぶ飛竜を見つめた。


(当座の資金繰りはついた。収穫期が来るまで、この『仕組み』で持ちこたえるぞ)


帝国側に向けられた経済の矛先が、いずれ牙を剥いて返ってくる可能性はある。だが、その時までには、この国をさらに強固な『仕組み』で包み込んでみせる。


俺は次の図面を描き始めるため、新しい紙を手に取った。

【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


~もしよろしければ、ブックマークや評価で応援いただけると、執筆の励みになります!~


!!!皆様のおかげで、チラッとですがランキング入りしました。本当にありがとうございます。


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