第86話《地下水脈を射抜け》 ―生体比抵抗探査とミスリル合金ドリル―
飛竜の翼が巻き上げる乾燥した風が、俺たちの顔を叩く。着陸したフィアレル領南西部の村は、もはや「不毛の地」という言葉すら生ぬるいほどに干上がっていた。
「トモヤくん、ここもひどいわ……。井戸はどれも枯れて、飲み水を確保するだけで精いっぱいみたいね」
エルナが痛ましそうに村の広場を見つめる。同行しているフィアレル工房の天才少年ビトルは、背負った魔石機材の重さも忘れたように、ひび割れた大地を凝視していた。
「智也さん、これ……土の中に全く『命の気配』がありませんよ。魔石の共鳴もスカスカです」
ビトルの言う通り、村の広場にある古びた井戸の周りには、痩せ細った村人たちが力なく座り込んでいる。彼らの唇はひび割れ、肌は土埃で白く汚れ、その瞳には「明日」を信じる光が欠けていた。
「ここは、死んだ土地なんかじゃないんだ。ビトル、パド、準備をしてくれ。この足元には、巨大な『水の川』が眠っている」
「えっ? でも、川なんてどこにも……」
レオンが首を傾げる。俺は地形を指し示しながら、現代の地形学を説いた。
「ここは立派な『扇状地』の端だ。山から流れてきた水は、蒸発したんじゃない。この厚い砂礫の層の下に潜り込み、地下を流れる『伏流水』になっているんだよ」
「玉石や砂礫が多い地質では、水が地中に入り込みやすい。場所によっては地表の川が一時的に枯れる『水無川』になるが、水そのものは消えたわけじゃない。ただ『隠れている』だけだ」
俺の狙いは、地表に近い第一帯水層ではない。そのさらに下、硬い粘土層(不透水層)に守られた、莫大な圧力を蓄えた「第二帯水層」だ。
1. 象人族の音響探知
俺は地面を強く踏みつけた。
「深さ三十メートル。そこまで穴を通せば、ポンプなんて使わなくても、水は自らの圧力で噴き出してくるはずだ」
「三十メートル!? 智也、そんな深さをどうやって当てるんだ? 勘で掘って外したら、それこそ村人の希望を打ち砕くことになるぞ」
レオンの懸念はもっともだ。だが、俺には現代工学の知識と、それを具現化する「最高のセンサーたち」がいる。
まずは、先日アイゼル砦防衛のために力を貸してくれた象人族の青年、パドだ。 彼は、工房で作った特製の増幅台の上に、赤ん坊のように柔らかい素足を載せた。
「……聞こえる。……砂の、隙間を、流れる……音。……あそこ。……深い、場所。……硬い、壁が、ある」
パドの「パッシブ・ソーナー」が、地中の密度差を捉える。彼にとって大地は巨大なスピーカーだ。岩盤のような硬い層と、水を含んだ柔らかな砂礫層では、音の跳ね返り――すなわちインピーダンスが全く異なる。
「……智也。……壁。……見つけた。……深さ、三十。……分厚い、粘土の、蓋だ」
「よし。パドが『壁(粘土層)』を捉えた。次は、その『蓋』が一番薄くなっている急所を特定するぞ」
2. カモノハシ人族と『生体比抵抗探査』
ここで、今回の新メンバーであるカモノハシ人族のハシが、のんびりと嘴を鳴らしながら歩み寄ってきた。
「お待たせしましたなぁ、智也はん。ウチの出番ですな」
ハシの嘴には、数ミリボルトの微弱な電気を感知する「電気受容器」が数万個備わっている。これを工学的に利用する。
「ビトル、出番だ」
「はい! 僕の特製『低電圧魔石回路』の出番ですね!」
ビトルが誇らしげに、魔石から微弱な魔力を取り出す変換器を地面にセットした。
「理屈は簡単ですよ! 水を含んだ層は電気がスルスル通りますが、硬い粘土層は電気をブロックします。地表の二点に魔力を流して、その『通りにくさ(比抵抗)』をハシさんに測ってもらうんです」
ハシが、指定した地点にひた、と嘴を押し当てる。
「……ほう。ここらへんは魔力が重たいなぁ。粘土がぎっしり詰まってはるわ。……おっ、ここや! ここだけ魔力がスッと通る。粘土が薄うなって、下の水が『おいでおいで』しとるわ。水、めちゃくちゃ近いで!」
村の井戸掘り職人が「そこは岩が硬いから無理だ」と口を出したが、ハシはニヤリと笑って言い返した。
「おっちゃん、勘もええけど、ウチの嘴は嘘つかへんで。ここだけ抵抗値が他より三割も低いんや。ここにドリルぶち込んだら、どえらいことになるわ」
数値化された情報の衝撃。それは「勘」を「確信」へと変える。
3. 星鼻モグラ人族と『センサー・フュージョン』
さらに仕上げは、星鼻モグラ人族のモグだ。 彼は鼻先の触手で、地中のわずかな「圧熱」と「湿り気」を嗅ぎ分ける。
「粘土層の角度は北に十五度傾いているよ。水はこの下に巨大な『溜まり』を作っているよ。深度二十八メートル付近だよ」
象(音)、カモノハシ(電気)、モグラ(触覚)。 三つの異なる物理現象を統合した「センサー・フュージョン」により、掘削すべき一点が確定した。
4. ミスリル合金ドリルの咆哮
「場所は決まった。ビトル、掘削ユニットを始動させよう!」
俺の合図と共に、フィアレル工房の技術の結晶――**白蟻人族の顎を模した「ミスリル合金ドリル」**が唸りを上げた。
『ギリュリュリュリュリュ!!』
「OK、智也君! トルク、最大維持! 泥水循環システム、正常!」
硬い岩盤を削り取る凄まじい摩擦音が静かな村に響き渡る。村人たちは何事かと集まり、俺たちの無謀な試みを半信半疑の目で見守っていた。「そんな細い棒を突っ込んで何になる」「魔法でもないのに水が出るはずがない」……。
だが、ビトルは歯を食いしばり、魔石ガバナーのレバーを操作し続ける。
「回転数、三千キープ! 智也さん、十五メートル通過! まだ岩が硬いです!」
「構わん、泥水を循環させるんだ! 孔壁を保護しながら一気に貫くぞ!」
ドリルが二十メートルを超えた時、象人族のパドが突如として増幅台から飛び降り、地面に直接耳を当てた。
「……智也さん……来る。……大地が、怒ってる。……いや、笑ってるんだ。……水が、すぐそこまで……!」
5. 臨界点:三十メートルの爆発
深度、二十九メートル。 ドリルの回転が急に軽くなった。それは、硬い粘土層を突き抜けた「手応え」だった。
「……抜けたッ!! 全員、離れろ!!」
俺が叫ぶと同時に、ドリルの根元から不気味な地鳴りが立ち昇ってきた。『ゴゴゴゴ……』という、巨大な生き物の唸りのような振動。次の瞬間、地面が大きく波打った。
――ズガァァァァァンッ!!
天地を揺るがすような轟音と共に、ドリル穴から黒い泥が砲弾のように射出された。 村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、泥の飛沫は数秒で「透明な輝き」へと変わった。
ドォォォォォォッ!!
ドリルロッドを吹き飛ばし、空高く突き抜けたのは、太陽の光を反射してダイヤモンドのように煌めく、圧倒的な質量を持った「水柱」だった!
「……自噴だ! 地下の封圧だけで十メートルを超えてるぞ!」
「うわぁぁぁぁ! 本当だ! 本当に水が出たぁぁ!!」
ビトルが、レオンが、そしてびしょ濡れになったハシが、拳を突き上げて咆哮した。
6. 乾いた記憶の終焉
「……あ……ああ……」
村長が、震える足で水柱に近づき、降り注ぐ水の飛沫を顔に浴びた。 最初の一滴が頬を伝った瞬間、彼は地面に膝を突き、子供のように声を上げて泣き崩れた。
「……冷たい……本当に、冷たい水だ……! 夢じゃない、これは本物の水だ……!!」
一人の老婆が、ひび割れた手で水を掬い、それを大切そうに口に運んだ。 「……生きててよかった。……孫に、こんなに綺麗な水を飲ませてやれる日が来るなんて……」
村の若者たちは、服のまま水柱の中に飛び込み、互いに水を掛け合って踊り狂っている。 今まで、子供の頃からずっと、彼らにとって水は「奪い合うもの」であり、「節約すべき苦しみの象徴」だった。だが今、目の前にあるのは、どれだけ使っても尽きることのない「無償の恵み」だ。
少女の手に、ビトルが水に満ちた水筒を差し出す。 少女は恐る恐るそれを飲み――そして、生まれて初めて見るような満面の笑みを浮かべた。
その光景を見て、ビトルは鼻を真っ赤にしながら俺の袖を掴んだ。
「智也さん……僕、エンジニアになって本当によかったです。魔法の杖じゃなくて、このドリルで、みんなを救えた……!」
7. 救済の連鎖 ―― 智也の未来設計
俺は、歓喜の渦から少し離れた場所で、とパド、ハシ、モグの肩を叩いた。
「パド、ハシ、モグ。君たちの『センサー』がなければ、この一点は射抜けなかった。最高の仕事だったぞ」
「……智也さん。……大地の、声。……喜んでいます。……僕も、嬉しい」
「智也はん、次は隣の村もやったろやないか。ウチの嘴、まだバリバリ感度ええで!」
俺は、高く噴き上がり続ける水柱を見上げながら、地図に新たなラインを引き始めた。
「……村長、落ち着いたら話があります。この水は止めません。一度通したこの穴は、地下の圧力が続く限り、永遠に水を供給し続ける。次は、ここからサイフォンの原理を使って、山の下にある隣の村までパイプラインを繋ぎます。……これから村は豊かになります、確実に。」
水。それは文明の基礎であり、ロジスティクスの根幹だ。 この豊かな水源があれば、蚕人族の糸を洗うための大量の洗浄水も、飛竜乗りたちのための高カロリーな保存食を作る工場も、全てが現実のものとなる。
魔法という奇跡に縋る時代は終わったんだ。 物理法則を理解し、少数民族の力を正しく導けば、大地そのものが最強の味方になる。
【読者の皆様へ】
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