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第81話《蒼穹(そうきゅう)を翔ける設計図》― 垂直軸型風車とヘルムホルツ共鳴器 ―

1. 藍色の海を見下ろして ―― 物流のパラダイムシフト


「トモヤ、しっかり掴まってて! 振り落とされないでよ!」


リュミアの鋭い声が、暴風となって吹き付ける風の壁を切り裂いた。俺は彼女の細い腰に必死でしがみつき、飛竜の背に固定した特製の『ハング・サドル』に体重を預ける。


(……高度五〇〇メートル。対地速度は約六〇キロ。重力と遠心力が、ダイレクトに内臓を揺さぶる。だが、この視点……たまらないな!)


眼下には、これまで馬車で何度も往復した領都フィアレルとスノウィ村を結ぶ街道が、一本の細い「糸」のように流れていた。


「す、すごい……! トモヤくん、見て! 地図上の『距離』が、こんなに一瞬で縮まっていくよ!」


隣を並走する別の飛竜。その背で、エルナが風に煽られ、長い髪を散らしながらも計算板を必死に叩いている。彼女の瞳は、恐怖を通り越し、物流コストが劇的に「損壊」していく快感に爛々と輝いていた。


「当然だろ? 荷馬車なら三日はかかるこの難所を、わずか数刻。これが『空』というインフラの力だよ」


レオンが操る飛竜が先頭を切り、翼をしならせて空気を掴む。俺は眼下に広がる大陸のパノラマを眺めながら、設計者としての使命感に背筋が震えた。


(……今までの俺たちは、街道という『点』を繋ぐ『線』でしか世界を捉えていなかった。だが、空路は『面』だ。地形という物理的障害をバイパスし、リソースを最短の最短距離で投下できる。これが、物量で勝る帝国を覆すための、俺たちの『盤面ばんめん』なんだ)


飛竜隊は、中継地点であるスノウィ村の広場へと、真空を切り裂くような轟音と共に滑り込んだ。


「な、なんだ!? 空から巨大なトカゲが降りてきたぞッ!」 「智也!? それにリュミア、エルナ、レオンまで……!?」


広場にいた族長や村人たちが、腰を抜かして呆然と立ち尽くしている。俺は着地と同時に鞍から飛び降り、驚愕のあまり言葉を失っている族長へ歩み寄った。


「族長、お騒がせしてすみません。飛竜による定期便の試験運用です。これからは、領都まで数刻で結べるようになりますよ」


「す、数刻だと……? バカな、そんなことが……。」


族長が絶句する傍らで、リュミアは実家の窓から腰を抜かしている母親に向かって、満面の笑みで大きく手を振った。


「お母さん、またすぐ来るね! 今度は王都の美味しいお土産、空から持ってくるから!」


唖然とする村人たちの視線を浴びながら、俺たちは再び「空」へと舞い上がる。地上から見上げる彼らにとって、それは文字通り、新しい時代の産声うぶごえだった。




2. 静寂の隠れ里、梟の止まり木


飛竜の編隊は、スノウィ村を後にし、さらに高度を上げた。 標高の高い森の奥深く、巨大な古木が巨人のように林立する一帯。そこが梟人族ふくろうじんぞくの隠れ里だ。


「……ここが、私の里。連れて帰ってくれて、本当にありがとう」


同乗していた梟人族の少女が、風の中で静かに微笑んだ。彼女と、里の長であるオウルを中央広場へと降ろす。


そこは、木々の枝を巧みに利用し、まるで鳥の巣のように組まれた住居が並ぶ、圧倒的な静謐せいひつに包まれた場所だった。 オウル長老は、その大きな瞳を静かに瞬かせながら、俺に向かって深く頭を下げた。


「知恵者よ。貴殿の翼が、我らと外の世界を繋いでくれた。……礼を言う。」


彼らの動きには一切の無駄がなく、羽音一つ立てない。その静寂そのものが、彼らの高い隠密性と、空気の振動を読み取る卓越した観察能力を象徴していた。


◇◇◇


だが、村を案内されるうちに、俺は彼らの暮らしを支える「仕組み」が悲鳴を上げていることに気づいた。


「風が、死んでいるのだ。この時期、谷から吹き上げる気流が変わり、里の重要な水源である『風汲み水車』が回らなくなった。」


長老が指差した先には、木製の粗末な風車があった。 だが、それはただ止まっているのではない。時折吹く強い突風に煽られ、不規則に左右へ揺れては、軸受けから不気味な異音を上げている。


(……なるほど。風が弱いんじゃない。風向きがミリ秒単位で変わり、乱気流になっているんだ。既存の『水平軸風車』では、風向きに翼が追従できず、エネルギーを回転に変える前に構造自体が自壊してしまう)


「……長老。俺に少し時間をください。この里の風を、もう一度『仕事』に従事させてみせます」


俺は広場の地面に、棒切れで巨大な設計図を描き始めた。


「リュミア、エルナ。二人にも手伝ってほしい。今回作るのは、よくある風車じゃない。風向きがどれだけ荒れても関係ない――『垂直軸型(サボニウス型)風車』だ」




4. 恩返しと、次なる「糸」への導き


数刻後。 梟人族の若者たちが削り出した、ドラム缶を縦に割ったような、二枚の曲面翼を持つ風車が完成した。


風が吹いた瞬間。 その異形な風車は、従来の風車が苦しんでいた乱気流をあざ笑うかのように、ぬるりと、それでいて力強く回転を始めた。


「……回った。どの方向から風が吹いても、一定のリズムで……!」


長老が驚きに目を見開く。 複雑な乱気流という「混沌」を、このサボニウス型の翼は物理的な「秩序」へと変換し、地下から冷たい湧き水を汲み上げ始めた。


「トモヤくん、すごい……! これ、計算の前提が変わるわ。環境を整えるんじゃなくて、環境に合わせて『仕組み』の形を変えるのね」


エルナが感心したように、一定速度で回る風車の回転数を記録している。 長老は深く頭を下げ、俺の節くれだった手を、感謝を込めて両手で握った。


「知恵者よ。貴殿の恩義に報いたい。……もし、その空の物流をさらに支える『強き力』を求めるならば、千尋の谷に住まう『蜘蛛アラクネ人族』を訪ねなさい」


「アラクネ……蜘蛛の人族ですか」


「彼らは『結び』の天才。彼らが紡ぐ糸は、岩をも繋ぎ止め、嵐の中でも千切れない。飛竜に重荷を背負わせるための『網』を編めるのは、彼らをおいて他にいないでしょう」


(高張力繊維……。飛竜による大量輸送を真の意味で実現するには、軽量で強靭なネットや、荷重を分散させる特殊ハーネスが不可欠だ。蜘蛛の糸の工学的応用か。面白くなってきた……!)


俺は、再び空を見上げた。 新しい「素材」への手がかりが、空路というパズルをさらに完成へと近づけていく。




5. 蝙蝠の里への凱旋と「静寂の共鳴」


梟人族ふくろうじんぞくの里へオウル長老たちを送り届けた後、俺たちはその日のうちに領都フィアレルへ帰還し、装備の最終調整を行った。 そして翌朝、俺たちは新たな「空の足」となった飛竜の背に揺られ、次なる目的地へと向かった。


目的は、今回の作戦で多大なる貢献をしてくれた蝙蝠こうもり人族のバット卿と、その弟子の少年を故郷へ送り届けることだ。


「……トモヤ殿。改めて、感謝申し上げる。我ら蝙蝠の耳が、まさかこれほど誇らしく機能する日が来るとは……」


鞍の上で、バット卿が感慨深げに耳を震わせた。飛竜谷での勝利は、彼らにとっても大きな自信となったようだ。


俺たちが降り立ったのは、無数の洞窟が蜂の巣のように穿たれた断崖絶壁――蝙蝠人族の隠れ里、「千穴せんけつ地帯」だ。 だが、着陸した俺たちを出迎えたのは、耳を塞いで蹲る村人たちの姿だった。


「……知恵者よ、よくぞバットたちを連れ帰ってくれた。だが、今の里は平時ではない」 村の長老が、苦悶の表情で洞窟の奥を指差す。


「つい先日の地震で奥の岩盤が崩落し、特定の音が異常に反響するようになってしまった。そのせいで、我らの子供たちは方向感覚を失い、食事も満足に取れないのだ」


(……なるほど。彼らにとって音の乱れは、俺たちの世界で言えば『視界がノイズで埋め尽くされる』のと同じか)


俺は洞窟を観察し、特定の場所で音が干渉し合い、定常波となって増幅されていることを突き止めた。


「……分かりました。音を無理に消すのではなく、特定の周波数を『吸い取る』仕組みを作りましょう」


俺は現地にある多孔質の岩石と、前日に梟人族から分けてもらったばかりの羽毛を組み合わせ、特定の角度で配置した。 『ヘルムホルツ共鳴器』の原理を応用した、簡易的な防音・整音装置だ。


「……消えた。あの忌々しいノイズが。視界が……晴れていく!」


村人たちが歓喜に沸く。音が整理されたことで、彼らの「視界」はかつてないほど鮮明になった。バット卿もその光景に、俺の手を力強く握りしめた。




6. 次なる「音」の正体:セミ人族


バット卿を無事に送り届け、里の窮地を救った俺に、長老は深く頭を下げて一枚の古い地図を差し出した。


「お礼に、この先の『こだまの谷』に住まう、我らの同盟種族を教えよう。彼らは音を『出す』ことにかけては、我ら以上の力を持っている」


長老が指し示したのは、巨大な岩盤がすり鉢状になった特異な場所。そこに住むのは、セミ人族だ。


「彼らは音を波として捉え、増幅し、指向性を持たせて飛ばすことができる。……バットたちの『聴く知恵』と、彼らの『鳴らす知恵』を合わせることができれば、地上の敵さえも音だけで無力化できるだろう」


(……音の干渉と共鳴。蝉人族の指向性音響技術か。もしこれを工学的に制御できれば、飛竜からの長距離通信や、殺さずに敵を無力化する『指向性エネルギー兵器』に近い運用が可能になるかもしれない)


「バット卿、次は彼らの力を借りよう。仕組みを合わせれば、この国の空はさらに強固なものになる」


「……はは。トモヤ殿。貴殿の頭の中には、一体どれほどの未来が描かれているのだ。我らも、全力でその知恵を支えると誓おう」


俺は地図を握りしめ、上空で待機する飛竜を見上げた。 点と点が繋がり、空の物流だけではない、「音の防衛網」という新たな設計図が、エンジニアとしての俺の脳裏に鮮やかに広がり始めていた。


【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


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