第80話《空を翔ける飛竜隊》― 気流観測儀とイヤーマフ ―
1. 知恵の集結:領都の作戦会議室
「……もう一度、あの感覚を教えてくれないか」
俺は、領主館の会議室に集まった二人の少数民族……フクロウ族の少女と、蝙蝠族の少年に向き合っていた。彼らはフィアレル公による呼びかけに応じ、遥々この領都まで来てくれた「知恵の種」だ。
傍らには保護者と思われる大人も立っている。
フクロウ族の代表、オウル長老は、白髪の混じった羽毛を纏い、深淵を覗き込むような鋭い眼光を俺に向けている。対する蝙蝠族の有力者、バット卿は、常に耳を細かく動かして周囲の「気配」を探っている。
「風は、色に見えるの」 フクロウ族の少女が、大きな瞳を瞬かせながら空を指差す。 「穏やかな風は薄い青。でも、あの谷の風は……どろどろとした赤や黒が、渦を巻いてぶつかり合っているわ」
「僕の方は、音が見えるよ」 蝙蝠族の少年が、大きな耳をぴくつかせた。 「飛竜の鳴き声は、ただの音じゃない。目に見えない刃が、脳みその中をぐちゃぐちゃに掻き回すような、すごく速い『震え』なんだ」
昨日、彼らと保護者を伴って、『飛竜谷』に偵察に行ってきたばかりだ。
彼らの言葉は感覚的だ。だが、エンジニアである俺の頭の中では、それが「ベクトル」と「周波数」という物理量に変換されていく。
「ビトル、聞こえたか。……今の言葉を、『計器』と『防具』に落とし込むぞ」
「任せてよ、お兄ちゃん! 栗鼠人族のみんなが作った精密部品、ここで使い切ってやるんだから!」
ビトルが鼻息荒く、設計図の上に精密ピンセットを置いた。
2. 開発:見えない敵を叩く「理」
数日間の徹夜。俺とビトル、そして栗鼠人族の技師たちは、賢者たちの助言を元に二つのプロトタイプを完成させた。
① 乱気流対策:気流観測儀 フクロウ族の少女たちが視ている「風の色彩」を可視化する装置。 極薄のミスリル板を精密な板バネで支え、風圧によるわずかな歪みを、栗鼠人族が組み上げた超小型の増幅歯車で指針に伝える。 「少女の感覚は天賦の才ですが、誰もが共有できるわけじゃない。だが、この指針が赤に振れれば『危険』、緑なら『安全』だと、レオンたち全員がひと目で判断できる」
② 超音波対策:ノイズ・キャンセリング・イヤーマフ 蝙蝠族の少年が言う、「脳を刻む震え」……高周波の超音波に対し、俺は現代の「逆位相」の概念をぶつけた。 魔石から引き出した微弱な魔力を、魔法銀の薄膜に流し、飛竜の咆哮と「正反対」の波形で作動させる。 「咆哮が衝撃波として脳を殴りに来るなら、その衝撃を反対側の力で相殺し、物理的に打ち消す。特定の波長だけを『拒絶』する、理の盾だ」
「理屈は完成した。あとは、現場でこれが『正解』だと証明するだけだ」
俺は充血した目をこすりながら、完成したばかりの計器をレオンの腕に装着した。 バット卿とオウル長老、そして彼らに付き添ってきた若者たちが、固唾を呑んでその様子を見守っている。
「……智也、信じてるぜ」
レオンが短く応え、鳥人族の精鋭たちと共に、再びあの死の谷へと翼を広げた。
3. 再戦:飛竜の谷、沈黙の咆哮
俺たちは再び、切り立った岩壁が続く「飛竜の谷」へと戻ってきた。 上空には、イヤーマフを装着し、腕に気流観測儀を括り付けたレオン率いる鳥人族の精鋭たち。
「キィィィィィィィィィン!!」
谷の奥から、空気を引き裂くような飛竜の咆哮が放たれた。前回、俺たちが命からがら逃げ出した、あの恐怖の音だ。
(……来るか!?)
耳をつんざく、あの死の旋律。前回、俺たちの三半規管をズタズタに引き裂き、空の戦士たちをゴミ屑のように叩き落とした、飛竜の絶対的な「咆哮」。 だが今、レオンの耳に装着された魔法銀の膜は、その凶悪な波形を検知した瞬間に、目にも止まらぬ速さで「逆の震え」を発生させていた。
物理衝突。 空中で、咆哮という名の「波」と、イヤーマフが放つ「波」が正面からぶつかり合い、互いを相殺して霧散する。
「……聞こえる。聞こえるけど、痛くない! 脳が揺れないぞ、智也!」
レオンの歓喜の叫びが、谷間に響き渡った。 前回、恐怖に顔を歪めて墜落していった仲間たちの無念を晴らすかのように、レオンは力強く翼を羽ばたかせ、咆哮の真っ只中を突き進んでいく。
飛竜は焦り、さらに翼を大きく煽って、谷特有の予測不能な乱気流……「見えない壁」を巻き起こした。 急激な気圧の変化。飛行物体を容易に墜落させる死の渦。
「――今だ、レオン! 指針を見ろ!」
俺が叫ぶ。レオンは視線を、腕に括り付けられた気流観測儀へと落とした。 オウル長老が「死の赤色」と表現した気流の正体。それが今、計器の中で激しく跳ねる針となって、明確な「数字」として可視化されていた。
「……針が右に限界まで振れた! 来るぞ、左からだ、右へ旋回しろッ!!」
レオンの指示が飛ぶ。 これまでなら「運」と「勘」に頼るしかなかった風の迷路。だが今は、極薄のミスリル板が捉えた風圧の変化が、精密な増幅歯車を通じて、進むべき道を指し示している。
見えない壁を、俺たちが作った「理」が切り裂いていく。
飛竜は絶望したに違いない。 自分たちの住処に侵入してきた羽虫どもが、最強の武器である咆哮を無効化し、必殺の乱気流をあざ笑うかのようにすり抜けてくるのだ。
狼狽した飛竜たちは、もはや空の支配者ではなかった。 絶対的な優位を失い、逃げ場を失った二頭の飛竜が、次々と岩棚へと追い詰められ、鳥人族が放つ特殊な捕獲網の餌食となっていく。
静寂を取り戻した谷に、レオン達の勝利の咆哮が、今度は飛竜を圧倒するように響き渡った。
4. テイムの謎:逆立つ鱗と、レオンの指先
鳥人族の特殊な網が、二頭の若い飛竜を捕らえた。 だが、地面に引きずり下ろされた飛竜たちは依然として猛り狂い、周囲を焼き尽くさんばかりの勢いで威嚇を続けていた。
「どうすればいいんだ!? 餌も魔法も受け付けやがらねえ!」 ガルドが盾を構え、飛竜の鋭い爪を必死に防ぐ。このままでは、ただ殺すしかない。その時、傍らにいたレオンが吸い寄せられるように飛竜の背後に回り込み、首の付け根に逆立っている一枚の「逆鱗」にそっと指先を滑らせた。
「……ッ、なんだこれ!? ここだけ、すごく熱いぞ!」
レオンが驚きに目を見開く。すると、大人しくなりかけていた飛竜が、レオンを振り払うように再び狂ったように暴走し始めた。
「レオン、下がれ! ……俺が代わる!」
俺はガルドの影から飛び出し、暴れる巨体の側面に滑り込んだ。 エンジニアとしての理屈じゃない。直感的に、この飛竜の苦しみの中心が、その逆立った鱗にあると分かった。
俺は自身の「判断の棒」を傍らに置き、剥き出しの右手をその「逆鱗」へと伸ばした。
「トモヤ! 危ないッ!」
リュミアの悲鳴が響く中、俺の指がその熱い鱗に触れた。 その瞬間――脳裏に、激しい風の音と、孤独な咆哮のイメージが流れ込んできた。
俺はただ、その熱を静めるように、震える指先で逆鱗を優しくなぞった。逆立っていた鱗が、俺の指の動きに合わせて「カチリ」と小さな音を立てて、本来の位置に収まっていく。
「……ッ、ふぅ……」
俺の指がその鱗を完全に抑え込んだ瞬間、飛竜の全身から力が抜けた。 あれほど猛々しかった眼光から血走った赤みが消え、澄んだ琥珀色の瞳が、慈しむように俺を見つめる。
飛竜は大きな頭を俺の胸元に預け、甘えるように「きゅう……」と喉を鳴らした。さっきまでの猛獣が、まるで生まれたての仔犬のように俺に懐き始めたのだ。
「……智也。お前、今何をしたんだ……?」
「分からない。ただ、この鱗に触れたら、こいつの心が伝わってきた気がしたんだ。……レオン、もう一度触ってみろ。今度は、拒まれないはずだ」
レオンがおそるおそる指を伸ばし、俺の指が触れている逆鱗に重ねるように触れる。 「あ……本当だ。……あんなに嫌がってたのに、今は俺のことも受け入れてくれてる……」
レオンが触れた瞬間、飛竜はレオンに対しても同じように、信頼を込めた鳴き声を上げた。
「これならいける。特別な魔力や才能じゃない。この『逆鱗』に触れて、こいつらの心を受け入れさえすれば、誰もが飛竜を操縦できるはずだ」
俺の言葉に、周囲の鳥人族たちが驚愕に包まれた。それは、飛竜が「選ばれし者の獣」から、種族を超えて誰もが分かち合える「空の友」に変わった瞬間だった。
5. 凱旋:空を翔ける「智也式」飛竜隊
翌日。俺たちは捕獲した三頭の飛竜の背に、特製の「安定鞍」を装着した。
「トモヤ、……本当に、これに乗るの?」 リュミアが俺の腰をぎゅっと掴み、不安げに飛竜を見上げる。
「大丈夫だ。仕組みは分かった。レオンたちが先導し、俺たちが作った計器が風を教え、イヤーマフが音を防ぐ。……これはもう、ただの魔獣じゃない。俺たちの『空の足』だ」
「智也くん、空中からの観測データ、全部取るからね! 領地の地図、一気に完成させるよ!」 エルナは既に、鞍の横に設置した計算板を叩いていた。
「……じゃあ、やるか」
俺の合図で、飛竜が力強く地面を蹴った。 重力から解放される、圧倒的な加速感。 「逆鱗」に触れたことで完全に懐いた飛竜は、俺たちの意志を汲み取るかのように、優雅に、そして力強くその巨大な翼を広げた。
眼下に広がる、かつて苦労して歩いた森や、俺たちが舗装した漆黒の道が、ミニチュアのように小さくなっていく。
「……はは、すごいな。これが、新しい景色か」
一年前、森で泥を啜っていた俺が見た景色とは、全く違う。 多種族の力が一つになり、そして飛竜との絆が結ばれた今、この国の空が「インフラ」として繋がり始めていた。
夕闇が迫るフィアレルの街。 立ち並ぶ工房の煙突と、新しい街の明かりが見えてきた。 そこへ向かって、俺たちは黄金の雲を切り裂き、真っ直ぐに降下していった。
【読者の皆様へ】
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