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第68話《アイゼル砦攻防戦②》― 対【衝車と三基の攻城塔】 ―

1. 数値化された破壊の連鎖


アイゼルの断崖に、再び重厚な金属音が鳴り響いた。智也の計算に基づき、砦の要所に据えられた三台の大型バリスタが、獲物を一機ずつ確実に仕留めるための「作業」を開始した。


「右に二メートル逸れた! わずかに風に流されてるぞ!」


上空で翼を広げるレオンが、鋭い観察眼で着弾点を報告する。その数値を受け取ったエルナが、即座に砲座の兵士たちへ向けて叫んだ。


「左右角、左へ〇・五修正! 風速補正を追加してください!」


エルナが算出した精密な補正値が、伝令を通じて各バリスタへ伝わる。兵士たちが手早く目盛りを合わせ、ハンドルを固定した。


「第二射……放てッ!」


兵士長の野太い号令と共に、再びメギド鋼の針が空を穿つ。三台のバリスタは、まずは中央に鎮座する帝国の投石機へと照準を集中させた。一本、また一本と重油を充填したボルトが漆黒の木製フレームに深々と突き刺さり、粘り気のある油を撒き散らす。


「狙い通り! 次、第三射、座標維持。放てッ!」


兵士長の合図で繰り返される精密な斉射。一台の投石機に五本ほどの重油ボルトが突き刺さったところで、ラナ率いる長弓隊が火矢を放った。


「――ゴォォォォッ!!」


爆発的な炎がトレビュシェットを包み込む。智也はこの「手順」を冷徹に繰り返し、二台目、三台目と帝国の誇る巨兵を次々と炎の柱へと変えていった。一度も石を放つことなく灰燼に帰していく攻城兵器を前に、帝国軍の陣地には言いようのない戦慄が広がっていく。


「……信じられない」


ヒルダ・キャンベルは、手すりを握りしめたままその光景を凝視していた。 「智也殿の理屈はわかるわ。砦に固定された大型バリスタから燃料を打ち込み、火を放つ。……けれど、帝国の攻城兵器が、こんなにも『簡単』に無力化されるなんて。軍事の常識が……私の知る戦争が、根底から崩れていく」


彼女の目に映るのは、ただの勝利ではない。それは、武勇や気合を介在させない、純粋な「工学的処理」としての戦争だった。




2. 名門の憤怒、カシウス将軍の「規律」


「……地方の雑兵どもが。これしきのことで足を止めるか」


帝国軍本陣。炎上する投石機を背に、カシウス将軍は地を這うような声で吐き捨てた。


彼は帝国国府の名門出身でありながら、三男という立場ゆえに自らの実力を証明し、中央でのさらなる栄達を掴み取ることに執着していた。


彼の一族は、かつて地方貴族たちが私利私欲のために内乱を繰り返し、腐敗しきっていた帝国を、ラーズ帝と共に「中央集権」という秩序へ導いてきた自負がある。


「報告を。……ボンヌ公国の連中の様子はどうだ」


「はっ……。彼ら公国の兵は、見たこともない灰色の壁と空からの火に恐れをなし、『アイゼルには悪魔が棲む』と……後退を始めております」


カシウスの眉間が深く刻まれた。 今回の別動隊の主力は、アイゼルと国境を接するボンヌ公国から徴収された地方兵たちだ。カシウスにとって、彼らは秩序を知らぬ無能な数合わせに過ぎない。


「悪魔だと? ……無能な迷信を口にする口は、もう必要あるまい。その迷信を吐いた奴らをここへ連れてこい」


カシウスの冷徹な命令により、震え上がる数人のボンヌ公国の雑兵たちが引き出された。彼らは跪き、必死に命乞いをするが、カシウスの瞳に慈悲の色はない。


「帝国は絶対である。帝国の秩序に疑いを持つ者は、我が軍に不要だ」


長剣が一閃し、雑兵たちの首が次々と地面に転がった。周囲の将校たちが息を呑む中、カシウスは血に濡れた剣を掲げ、全軍に向けて吠えた。


「数を見ろ、我らは五千だ! 蟻が象を噛み殺せる道理はない! 攻城塔三基、衝車、全機前進! 帝国の威光の前に、あの灰色の壁を瓦礫ごと踏み潰せッ!!」


カシウスの恐怖による支配と「中央の秩序」への狂信が、動揺する五千の軍勢を再び前進させた。漆黒の攻城塔が、地響きを立てて砦へと迫る。




3. 地獄の摩擦係数:物理法則による拒絶

カシウスが「数」による強行突破を開始したその頃、智也は砦の外壁で最後の大仕事を終えていた。


ガルドたち工兵隊の手によって、滑らかな壁の表面に、メギド鉱山直送の『黒油(重油)』が分厚く塗り広げられていく。


「智也殿、油を塗るだけで防げるの? 火もつけずに……」


「ヒルダさん、これは『物理的拒絶』の罠です。火は一瞬ですが、この壁の状態は永続的に敵を拒絶し続けます」


「静止摩擦係数を極限まで下げる。継ぎ目のない滑らかな壁に油を塗れば、梯子の鉤爪も、兵士の手足も、何一つ引っ掛かりません。……彼らは一歩も登れず、自重で滑り落ち続ける。物理法則を突破できない限り、ここは絶対の絶壁です」


智也は脳内で、摩擦力の公式を反芻する。継ぎ目のある石積みならまだしも、鏡面に近い構造において、油の膜は文字通り「摩擦を消し去るカーテン」となるのだ。





4. 旋回する粉砕機:衝車を砕くロジック


「敵、衝車ラムを先頭に門へ肉薄!」


レオンの叫びと共に、巨大な屋根に守られた破城槌が門の直下まで辿り着く。だが、智也は慌てない。門の上部に据えられたのは、ベアリング旋回式の『スイングビーム・エンジン(旋回投石機)』だ。


「特徴は、このメギド鋼の旋回台座です。従来の投石機にある死角は、ベアリングによる滑らかな回転が全て消し去りました。さらにこの軸受の摩擦損失も計算に入れて……」


「……智也殿」


ヒルダは思わず、呆れたような、それでいて少し可笑しそうな声を漏らした。目の前に死を運ぶ巨獣が迫っているというのに、この青年は機械の部品について熱弁を振るっている。


(.....本当におかしな人ね……。こんな時まで、鋼の輪っかの話をするなんて」


だが、その「おかしさ」こそが、砦に漂う絶望を打ち消していた。 智也の指示で兵士がクランクを回すと、巨大な投射アームが音もなく滑らかに旋回し、門の真下にある衝車を正確に捉えた。


「――今だ、解放リリース!」


兵士長の咆哮と共に、固定ピンが引き抜かれた。 凄まじい遠心力を伴って振り下ろされた巨大な重石が、垂直に近い角度で衝車の屋根を直撃した。


「――ガガガガガガァァァァァン!!」


鼓膜を震わせる凄まじい破壊音。衝車の堅牢な屋根を紙細工のように押し潰した。さらに運悪く、足元には智也が撒いた『黒油』が広がっている。


「うわああああ! 滑る、踏ん張れねえ!」 「逃げろ! 潰されるぞッ!」


衝撃でバランスを崩した中の兵士たちは、油で足を滑らせて転倒し、砦からの矢の餌食になっていく。 「バキバキ」という嫌な音を立てて、帝国の誇る衝車は文字通り「巨大な薪」へと成り果てた。




5. 構造の自壊:敵の重さを牙に変える


地響きと共に迫る三基の攻城塔は、アイゼル砦の防壁を完全に見下ろす巨体であった。 塔の最上階には漆黒の鎧に身を包んだ帝国の弓兵たちが並び、砦の守備隊を眼下に従えている。


「射撃開始ッ! 防壁の猿どもを射抜落とせ!」


帝国の指揮官の号令と共に、上空から無数の矢が雨のように降り注いだ。 本来、城壁の上にいるはずのラナの弓隊は、さらに高い位置からの狙撃に晒され、盾の裏へと身を隠さざるを得ない。


「智也殿、まずいわ! あの高さから一方的に撃たれたら、接舷される前にこちらの防御陣地が崩される!」


ヒルダが悲鳴に近い声を上げる。だが、智也は飛来する矢の音に眉一つ動かさず、冷徹にその「構造」を観察していた。


「ヒルダさん、心配いりません。あの巨大な塔は、その自重を数箇所のジョイント(連結部)だけで支えているんです。……重厚であればあるほど、一箇所の崩壊が全体を巻き込む」


兵士長は、砦に備え付けられた大型バリスタの照準を、一番近い攻城塔の「基部」へと向けた。


「力で塔を押し返す必要はありません。接舷される前に、バリスタでその主柱の『ピン』を抜けばいい。塔は自らの重みに耐えきれず、勝手に歪み、自壊します。……敵の『重さ』を、そのまま自滅のエネルギーに変換する。これが俺のやり方です」


解体工学に基づいた、あまりにも冷徹な戦術。 ヒルダは、智也の横顔に未知の恐怖と、それ以上の抗いがたい期待を感じていた。


「放てッ!!」


三台のバリスタが同時に唸りを上げた。 三〇〇メートル先の投石機とは違う、目と鼻の先とも言える至近距離。放たれたメギド鋼の太矢は、恐るべき運動エネルギーを伴って、先頭の攻城塔の「膝」にあたる巨大な木製ジョイントに突き刺さった。


「ギチチチチ……バキィンッ!!」


悲鳴のような木の軋み、続いて、何かが決定的に砕ける乾いた音が戦場に響き渡る。 数トンの自重と、中に詰め込まれた数十の兵士の重み。それを一身に支えていた主柱が砕け散った瞬間、巨大な塔の均衡が崩れた。


「――あっ」


砦の防壁を見下ろしていた塔の最上階が、ゆっくりと、だが確実に傾いでいく。


「う、うわあああああッ!?」 「傾くぞ! 支えろ、支え……ぎゃあああッ!」


塔内部からの絶叫。接舷準備をしていた帝国兵たちが、傾斜に耐えきれず、まるで箱からこぼれ落ちる人形のように空中に放り出された。手足をバタつかせながら、無事で済まない高さから地面へと叩きつけられていく。


そして、限界を超えた塔本体が、自らの重みに耐えきれず、ねじ切れるように崩壊を始めた。


「ズゥゥゥン……ドォォォォン!!!」


地響きと共に、漆黒の巨塔が瓦礫の山となって大地に激突した。舞い上がる土煙が、その惨状を一時的に覆い隠す。


だが、バリスタ隊の手は止まらない。


「次! 二番塔、右舷支柱! 斉射ァ!!」 「逃がすな! 三番塔、車輪基部! 撃てッ!!」


彼らは冷徹な解体作業員のように、次々と矢を番えては放った。至近距離からの容赦ないつるべ打ち。 二番目の塔は支柱を砕かれて半ばから折れ曲がり、三番目の塔は車輪を破壊されて前のめりに倒壊した。


ほんの数分の出来事だった。 砦を威圧していた三つの巨影は消え失せ、後には砕け散った木材と、悶え打つ帝国兵の山が残された。


カシウスの「数」と、智也の「理」。 その激突は、一方的な「解体劇」として幕を開けた。


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