第63話《漆黒の斜面と主砲の設置》― 大型防衛弩(バリスタ)と大型連弩(防衛用マシンガン) ―
1. 夏を孕む風
アイゼル砦を囲む峻険な嶺々にも、確かな季節の歩みが訪れていた。
刺すような冬の冷気はどこへやら、突き抜けるような青空からは力強い日差しが降り注いでいる。高山帯特有の涼やかさは残っているものの、日向に立てば汗ばむほどの陽気だ。夏を予感させる風が、緑を深めた森を揺らして吹き抜けていく。
「……ありがとうございます、おかげで今回も無事に届きましたね。お疲れ様です」
俺は、砦の裏手に到着した荷馬車隊に声をかけた。 メギド鉱山から継続的に運び込まれる鋼材や重油。俺たちが整備した登山道や補強した橋は、今やこの「天空の要塞」へ知恵を運ぶ生命線となっていた。
ふと視線を落とせば、砦の背後に広がる『砦村』では、女性たちが小川のほとりで洗濯に精を出し、その傍らで子供たちが水飛沫を上げてはしゃいでいる。種まきを終え、雑穀をうえ、家畜の世話をする穏やかな時間がそこにはあった。
(……この平和を、俺の設計図で守り抜かなきゃならない。絶対にだ)
俺は手元の図面を強く握りしめ、南の空を見上げた。その先には、この光景を塗り潰そうとするラグナ帝国の野心が潜んでいる。
2. 巨象への献策
「智也! 戻ったぜ!」
空き家を改装した拠点に、レオンが飛び込んできた。 その表情には、いつもの余裕がない。
「帝国側の麓の村を覗いてきた。……確実に来るぜ。大量の木材が集積されてる。ありゃあ間違いなく、攻城兵器の部材だ。それも、かなりの数だぞ」
「……始まったか」
俺はレオンを連れ、すぐさまミラージュ将軍のもとへと向かった。 執務室には、バルトロさんや軍務官、そして鋭い眼光の副官も同席していた。山のような巨体を持つミラージュ将軍が、地鳴りのような声で問う。
「…………智也。……何を、やる」
地響きのような声が、短く問う。俺は図面を広げた。
「西部戦線を考慮しますと、敵は物量でこの砦を削りに来ると思います。……砦の防御力は高まりましたが、今の装備では、接近された時点で数に押し切られます。なので、攻城兵器を無効化するための『仕組み』を実装し、即座に兵士たちの訓練を開始させてください。」
ミラージュ将軍は、じっと俺の目を見据えた後、深く一度だけ頷いた。
「…………わかった。……頼んだぞ」
「私は直ちに、領都のフィアレル公へアイゼル砦に敵が来る可能性が極めて高いことを報告させます」
傍らの副官が即座に応じ、伝令の準備へと走り出した。これで後方の支援も仰げる。俺は残された時間を計算し、工房へと急いだ。
3. 地獄の摩擦係数
翌朝から、俺たちは砦の南側外壁の下、帝国側へ続く急斜面で作業を開始した。 持ち込んだのは、メギド鉱山から届いた大量の『黒油(重油)』だ。
「火をつけるんじゃない、ガルド。摩擦抵抗をゼロにするんだ。これで帝国の梯子は、一歩も上に登れなくなる」
俺は長い柄の刷毛を使い、岩肌を黒光りする油でコーティングしていく。
「火は一度きりだが、滑る斜面は永続的に機能する。敵がどれだけ軍勢を揃えても、この『物理法則』は突破できない」
「火を使わねえのは勿体ねえ気がするが……おうっ、やってみるぜ!」
作業後、俺たちは疑似戦闘テストを行った。 砦の精鋭たちが梯子を抱え、油を塗った斜面に挑む。
「うわっ!? 滑る、止まらねえ!」 「梯子が……っ、岩に食い込まない! 逃げるぞ!」
足をついた瞬間に滑り落ち、壁に立てかけた梯子は自重で左右に躍り、まともに固定することすらできない。 兵士たちは無様に地面を転がり、俺はその光景に確かな手応えを感じていた。
(……よし。静止摩擦係数の極限までの低下。これだけで、力押しの梯子攻めは無力化できる)
4. 空を穿つ単射の針
斜面の守りを固めた後、俺たちが取り掛かったのは、砦の最上階に据える狙撃用の主砲――『大型防衛弩』の調整だった。
「エルナ、弾道計算の結果は?」
「うん。相手も山道を登ってきているから、実質的な高低差は百メートル弱。でも、この高さから撃ち下ろせば、有効射程は平地の倍、六百メートルを超えるよ。……重力加速度が、ボルトの速度をさらに押し上げるね」
エルナが示した座標に、俺は特製の『計算尺サイト』を固定した。 誰でも目盛りを合わせるだけで、敵の投石機を正確に射抜ける仕組みだ。
「……じゃあ、やるか。試作一号機、実射訓練だ」
俺たちは遠方に木材で組んだ『仮設投石機』をターゲットにし、レバーを引いた。
「放て!!」
「ドォン!」という重厚な破裂音。 『ベアリング』を組み込んだ旋回台座は驚くほど滑らかに動き、メギド鋼の巨大な板バネが鉄のボルトを音速で弾き出す。 先端に黒油を充填したボルトが、数百メートル先のターゲットに吸い込まれるように突き刺さった。
そこへ、ロングボウ隊の火矢が放たれる。
「――ボウッ!!」
ターゲットは一瞬にして巨大な火柱へと変わった。 敵が投石機を組み上げるその瞬間に、アウトレンジから『燃料』を叩き込み、焼き払う。 これは単射ゆえの精密さが武器だ。帝国の侵攻までにこれをあと二台、計三台を作成し、確実に攻城兵器を壊せるように準備する。
5. 破城槌を砕く『旋回投石機』
続いて、俺は砦の各所に迎撃用の『仕組み』を直接組み込んでいった。
「まずは、この『アイゼル式・旋回投石機』だ」
俺が崖の縁に設置したのは、中世の「発石機」をメギド鋼の技術で再設計した、小型かつ強力な旋回式投石機だ。
「特徴は、この回転台座だ。固定式の投石機と違って、メギド鋼の軸とベアリングによって、城壁の真下から少し離れたところまで、自在に狙いを変えられる」
通常の防御兵器には、必ず「死角」が存在する。だが、この旋回機構があれば、敵がどこから取り付こうとも、逃げ場はなくなる。
「敵の破城槌が門へ迫った際、このスイングビームを解放すれば、振り子の加速を伴った重石が、垂直に近い角度で叩きつけられる。黒油で足場を滑らせ、敵の突進の勢いを削いだその瞬間、上から正確に狙いを定めて屋根をぶち抜く設計だ」
鋼の軸による高い剛性と、ベアリングが生む滑らかな旋回。それらが、古の兵器を「精密な粉砕機」へと変貌させていた。
「中身が剥き出しになったところに、黒油の矢と火矢を叩き込む。油で滑り、火で焼かれる。……破城槌はただの巨大な薪になるんだ」
6. 対攻城塔:構造の崩壊
さらに、俺は砦の防衛ラインに「攻城塔」への対策を組み込んだ。
「攻城塔に対しても、力で押し返す必要はない」
俺は『大型防衛弩』の照準を、仮想の攻城塔の模型に向けた。 「あの巨大な塔は、自重を車輪とジョイントの数箇所に集中させて支えている。接舷される前に、大型防衛弩でその連結部をピンポイントで狙撃し、破壊する。一本の主柱が抜ければ、塔は自分の重みに耐えきれず歪み、自壊する」
敵の『重さ』を、そのまま自滅のエネルギーに変える。俺たちの仕事は、敵を殺すことじゃない。敵の『仕組み』を論理的に破壊することだ。俺は実際にクランクを回し、歯車の噛み合わせを調整しながら、その破壊のロジックを砦の壁に刻み込んでいった。
7. 十字砲火のマシンガン
夕暮れ時、ついに本命の兵器が姿を現した。
「……できた。これが、アイゼルの『牙』だ」
砦の要所に四台設置されたのは、スノウィ村の技術を極限まで大型化させた『大型連弩(防衛用マシンガン)』だ。
背後には規格化されたボルトが詰まった巨大なマガジンが鎮座している。 クランクに繋がったベルトを人力で高速回転させると、マガジンから次々とボルトが送られ、間断なく放たれる。一発の威力ではなく、圧倒的な「投射密度」で敵を面制圧するのだ。
「四台を左右に離して配置した。これで、射線を交差させる『十字砲火』が可能になる。逃げ場はないぞ」
8. 巨象の承認
作業の最終段階、背後に山のような気配を感じた。ミラージュ将軍だ。 彼は、完成したばかりのこの鉄の怪物の前に立ち、その巨大な手でマガジンの装填ベルトにそっと触れた。
「…………パ、オォォォォン……」
地響きのような鳴き声。将軍の瞳には、かつての平和な眠りではなく、鋭い戦士の光が宿っていた。精密に動く歯車、滑らかに回るベアリング。その一つ一つが、命を守るためのロジックであることを、将軍は肌で感じているようだった。
「…………智也。……これは、ただの道具ではない」
将軍が、地鳴りのような声で静かに紡ぐ。
「…………これは、……不落の意志だ」
将軍は短くそう告げると、一度だけ力強く頷き、俺の目を見据えた。 「…………頼んだぞ、智也」
その重みのある言葉を残し、将軍は去った。 空はどこまでも高く、薄藍色に澄んでいる。涼やかな夜風が、黒油の匂いを連れて、崖の下へと吹き抜けていった。
(……さて。準備は整った)
俺は冷たい鉄のハンドルを握りしめ、地平線の向こう、帝国の足音を待った。
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