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第62話《空を穿つ盾と鉄の骨》― 自動杭打ち機とローマンコンクリート構造 ―

1. 鳴動する『杭打ち機』


アイゼル砦の南側。ラグナ帝国側へと突き出した絶壁の縁で、巨大な木製のやぐらが重々しい音を立てていた。


「――ドォォォォン!!」


腹に響く衝撃波とともに、太いメギド鋼の杭が、岩盤へと数センチ沈み込む。


「智也さん、ベアリングの熱は大丈夫だ! 滑車の動きも、水車からの動力を完璧に伝えているぜ!」


ハックが、回転する軸受けに黒油(潤滑剤)を差ししながら叫ぶ。 俺が設計したのは、水車動力をカム機構で変換し、巨大な重石モンケンを吊り上げて落とす『自動杭打ち機』だ。 要となる回転部には、領都での精密旋盤で作成したベアリングを組み込んでいる。


「よし、そのまま続けよう。地中深く、岩盤の芯まで鉄を届かせるんだ」


俺は、垂直に打ち込まれていく鉄の柱を見届けた。 ただ石を積むだけでは、帝国の投石攻撃を受けた際に「根こそぎ」持っていかれる。 まずは、この山そのものと砦を『一体化』させるためのアンカーが必要だった。


「……智也くん。杭の深さ、目標値の五メートルに達したよ。これで基礎の強度は計算通りだね」


エルナが、振動に揺れる地面の上で冷静に測量糸を巻き取った。 彼女の精密な計測があるからこそ、この荒っぽい工事も「工学」として成立する。


挿絵(By みてみん)


2. 鉄の籠と、ローマンコンクリート

杭打ちが終わると、今度はグレンさんの出番だった。


「智也、これでいいんだな? まるで、巨大な魚を捕る籠でも作ってる気分だぜ」


グレンさんが、太いメギド鋼の棒を格子状に組み上げ、手際よく針金で固定していく。 縦と横、精密に十五センチ間隔で組まれた鉄筋の網。 それが、南側の古い外壁を覆うように、巨大な壁の『芯』となって立ち上がった。


「はい。圧縮に強い石の性質と、引っ張りに強い鉄の性質。この二つを組み合わせます。……名付けて、『ローマンコンクリート構造』です」


「石の中に鉄の骨を……。智也殿、その妙な思いつき、実に見事な『知恵』ですわね」


ラナが、鉄筋の網に触れながら感心したように頷く。 石積みは「点」で耐えるが、鉄筋コンクリートは「面」で耐える。 衝撃を壁全体に逃がすことで、一部が崩落しても全体が瓦解することはない。


(……本来、鉄筋コンクリートの強度は『均質性』に支えられている。現代なら機械による大量生産(圧延)で、太さも強度も誤差がほとんどない鉄筋を使える。だが、この時代の技術ではそれは難しい。建物は、一番弱い部分に合わせて壊れる。ただこの時代の投石器による攻撃には、これだけで十分以上に耐えられるはずだ)



3. 灰色の泥、沈黙する流路

「リュミア、混ぜ具合はどうだ?」


「うん。……トモヤ、準備、できた? 石灰と砂、それに砂利。水を入れて、ちょうどいい粘りになったわ」


リュミアが、大きな木桶の中でドロドロとした灰色の塊――ローマンセメントを攪拌していた。 彼女の丁寧な作業のおかげで、材料は分離することなく、滑らかな『泥』へと変わっている。


「よし。型枠へ流し込むぞ!」


俺の合図で、兵士たちがバケツリレーを開始した。 鉄筋の網を、二枚の厚い木製型枠で挟み込んだ隙間に、灰色の泥が注ぎ込まれていく。


だが。


「……智也! 詰まっちまったぞ!」


型枠の最上部でバケツを傾けていたハックが声を上げた。 ドロドロとしたセメントは、複雑に組まれた鉄筋の格子に拒まれ、型枠の奥底まで届いていない。 内部で泥が積み重なり、巨大な気泡の塊――空洞ができているのが見えた。


「(……まずい。このまま固まれば、中がスカスカの『張りぼて』だ。衝撃を受ければ、その空洞から一気に粉砕される)」


俺は必死に棒を突っ込んで掻き回したが、粘り気の強い泥はびくともしない。 高山地帯の気圧と気温のせいか、想定以上に流動性が悪い。


4. 大地の震動、鉄の受肉

「……智也。どいてろ」


不意に、背後から地響きのような声が響いた。 ガルドだ。 彼は、流し込みが止まってしまった型枠の前に、どっしりと腰を落として立った。


「おうっ! この泥を『震わせれば』いいんだろ? 俺がやる」


「ガルド……。悪い、一度だけ、頼めるか?」


「任せな。……ぬんッ!!」


ガルドが、型枠の木材に直接その太い腕を押し当てた。 土の加護を持つ彼の腕が、淡い褐色の光を帯びる。


「――ヴ、ヴ、ヴ、ヴ、ヴ!!」


凄まじい微振動が、木枠全体を揺らした。 現代の土木現場で使うバイブレーターを遥かに凌駕する、大地そのものが震えるような重低音。


その瞬間。 詰まっていた灰色の泥が、生き物のように震えながら隙間へと吸い込まれていった。 表面からは「ブクブク」と大きな気泡が次々と弾け、コンクリートの密度が目に見えて高まっていく。 鉄筋の網が、完全に泥に包み込まれ、一体化していくのが分かった。


「……よし、止めてくれ! 完璧だ、ガルド!」


俺の合図で、ガルドが腕を離した。 型枠の中の泥は、もはや単なる泥ではない。 鉄の骨を完璧に包み込み、一切の隙間がない『鋼鉄の肉』へと変わっていた。




5. 穿たれぬ盾、再生する壁


数日後。 型枠を外した俺たちの前には、無機質な、だが圧倒的な威容を放つ灰色の壁が姿を現していた。 古めかしいアイゼル砦の石積みの隣で、それは異様なほどの異彩を放っている。


「実験してみましょう。智也殿、よろしいですね?」


ラナの合図で、砦の守備兵たちが大型の投石機を作動させた。 巨大な岩が、放物線を描いて新しい壁へと激突する。


「――ゴンッ!!」


乾いた音が響き、岩は無惨にも砕け散った。 壁の表面には、わずかな擦り傷がついた程度だ。 石積みの壁なら間違いなく亀裂が走っていたはずの一撃を、RC壁は平然と受け流した。


「すごい。……ねえ、智也くん。これ、もしもっと大きな石が当たって表面が削れても……」


エルナが、壁の表面を撫でながら、俺を見た。俺は頷いて答える。


「ええ。表面に亀裂が入っても、中の鉄筋(鉄骨)が無事なら、またローマンセメントを塗り込むだけで元の強度が戻ります。……壊れないことより、『現場ですぐ直せる』こと。それが、この壁の本当の強みです」


「永続的な安定……。魔法を使わずとも、仕組みでこれほどの強固さを保てるとは」


ラナが、呆然としたように壁を見つめていた。 平和に慣れきっていた兵士たちも、自分たちの足場を守るための「確信」を、その目で焼き付けている。



挿絵(By みてみん)



6. 巨象の承認

「(……これで、第一段階はクリアだ)」


俺は、鈍い灰色に輝く新しい壁を見上げた。 だが、防御を固めるだけでは勝てない。 次に必要なのは、この高い崖という「位置エネルギー」を最大化する、攻勢のための仕組みだ。


背後に、大きな気配を感じた。 ミラージュ将軍が、静かに壁の前に立ち、その太い鼻で表面の硬さを確かめていた。


「…………智也。……これは、砦を超えた」


将軍が、地鳴りのような声で言った。


「…………これは、……我々の意思だ」


将軍は短くそう告げると、一度だけ力強く頷き、そのまま立ち去った。 その背中は、以前よりも心なしか頼もしく見えた。


空はどこまでも高く、薄藍色に澄んでいる。 冷たい夜風が、固まったばかりのコンクリートの匂いを連れて、崖の下へと吹き抜けていった。


「……じゃあ、やるか。次は、攻めるための準備だ」


俺達の決意を乗せた風が、砦の旗を力強くたなびかせた。

【読者の皆様へ】

最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。

日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。


~もしよろしければ、ブックマークや評価で応援いただけると、執筆の励みになります!~



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