第57話 鋼の定義、折れぬ心の作り方― 精錬炉(パドル炉) ―
1. 砕けた期待と「鋼」の不在
「……よし、冷えたな。バルトロさん、お願いします」
俺の言葉に頷き、鉱山管理責任者のバルトロさんが、高炉から産まれたばかりの銀色のインゴットを金床に載せた。 周囲には、工房長、グレンさん、そして現場を取り仕切るハックさんが固唾を呑んで見守っている。
バルトロさんが重いハンマーを振り下ろした。 鈍い金属音を期待していた職人たちの耳に届いたのは――「パリン」という、まるでおもちゃの陶器が割れるような、乾いた音だった。
「……なっ!?」
バルトロさんが絶句する。 金床の上で、インゴットは数片の無残な破片に成り果てていた。
「智也さん……。これは一体どういうことですか? あれだけの熱と風を注ぎ込んで、出てきたのはこんな『石』みたいな鉄なのですか?」
「(……ああ、やっぱりな。高炉から出たばかりの鉄は炭素が多すぎる。いわゆる銑鉄――鋳物には向くが、衝撃には耐えられないんだ)」
落胆が広がる前に、俺は破片を拾い上げ、工房の重鎮たちに向き直った。
2. 智也の講義:毒を焼く炉
「……いいえ、工房長、バルトロさん。これは失敗ではありません。これが、高炉が生み出す『銑鉄』という素材の正体です」
俺は断面を指し示しながら、丁寧に説明を始めた。
「この鉄の中には、石炭から移った『炭素』というアクが多すぎます。アクが多いと、鉄は硬くなりますが、同時にガラスのように脆くなるんです。これでは、グレンさんが打つ剣にも、俺が作ろうとしている旋盤の刃にも使えません」
「……じゃあ、どうするんだ? また『たたら』で叩き直すのか?」
ハックさんが不安そうに尋ねる。俺は首を振って、懐から別の図面を広げた。
「いえ、ハックさん。それでは効率が追いつきません。この『精錬炉』を作ります。溶けた鉄をもう一度火にかけ、空気に触れさせながらかき混ぜるんです。鉄の中のアクを火で焼き、飛ばす。そうすれば、粘り強く、決して折れない『鋼』に変わります」
「……溶けた鉄を、かき混ぜる……だと?」
グレンさんの目が鋭くなる。
「智也、それは地獄の作業だぜ。そんな熱を前にして、まともに棒を振れる人間がどこにいる」
「だから、職人の腕には頼りません。――俺の『仕組み』に任せてください」
3. 灼熱の壁と、嵐の乙女
精錬炉――いわゆるパドル炉の建設は、エルナの緻密な工程管理のもとで数日のうちに完了した。 だが、火を入れ、溶けた銑鉄をかき混ぜ始めた直後、現場は「現実的な壁」にぶち当たった。
「ぐ、ああぁっ! 無理だ! 智也、近づけねぇ!」
ハックさんが、パドル(鉄の攪拌棒)を放り出した。 炉の覗き穴から噴き出す熱気は、獣人の強靭な皮膚すら焼くほどの勢いだ。 しかも、かき混ぜる作業を止めると、鉄の表面に酸化被膜が張り、炭素を焼く反応が止まってしまう。
「(……くそ、炉の構造による輻射熱が予想以上だ。断熱レンガだけじゃ、作業者の体力が持たない……!)」
鉄が冷え、固まろうとする不吉な音が響き始めたその時。
「――智也殿、風を一度だけ通しますわ」
背後から、凛とした声が響いた。 ラナだ。彼女は愛用の槍を傍らに置き、炉の前に立つ。
「わたくしの風で、中の鉄を回します。……その隙に、あなたの『答え』をお願いします!」
ラナが両手をかざすと、炉の周囲の空気が一変した。 彼女の放つ魔法が、炉の内部へと螺旋を描いて吸い込まれていく。 ゴォォォ! と、凄まじい風切り音と共に、炉内の溶融鉄が洗濯機のように回転し、一気に白銀の輝きを増した。
炭素が燃え、火花が激しく噴き出す。 魔法による「強制的な酸素供給」だ。
「ラナ、助かる! ――今だ、動力を繋げ!」
4. クラフトの完成:水力攪拌機
俺はラナが魔法で攪拌を維持している数分間に、あらかじめ用意していた「仕掛け」を炉の横に接続した。
高炉の横を流れる水路。そこから引いた水車の回転を、クランク機構によって「往復運動」へと変換する。 魔法の風が止むのと同時に、巨大な機械式の攪拌アームが炉の中に差し込まれた。
ガコン、ガコン、という規則正しいリズム。 人の手では近づけない灼熱の炉内で、水車の力に支えられた機械のアームが、黙々と鉄をかき混ぜ始めた。
「……魔法の風は、最初のきっかけでいい。あとは、この『水車の鼓動』が、鉄を鋼に変えてくれる」
ラナが肩で息をしながら、俺の横に並んだ。
「……素晴らしい『知恵』ですわね。魔法を、ただの力ではなく、仕組みへの呼び水にするとは」
「ラナのおかげだよ。ありがとう。……さあ、見てください。これが『鋼』の産声です」
5. 折れぬ意志、規格の誕生
数時間後。 炉から取り出され、ゆっくりと冷やされたインゴットが再び金床に載った。 グレンさんが、今度は慎重にハンマーを構える。
ガギィィィン!
工房全体に、さっきとは全く違う、力強く、響き渡る金属音が鳴った。 鉄は砕けない。 それどころか、ハンマーの衝撃を跳ね返し、鈍く、けれど確かな輝きを放っている。
「……智也。これだ。この粘り、この硬さ。……これこそが、俺たちの欲しかった『鋼』だ」
グレンさんがその鋼を手に取り、嬉しそうに呟いた。
「これなら、帝国の重装歩兵の盾を叩き割っても、刃こぼれ一つしねぇ。……智也、あんた、とんでもねぇもんを産み出しやがったな」
「いえ。俺は仕組みを作っただけです。これを道具に変えるのは、グレンさんたちの仕事ですよ」
7. 規格化の産声
赤く輝く鉄の奔流は、砂の道を通ってあらかじめ並べられた無数の鋳型へと吸い込まれていく。 そこに形成されるのは、寸分の狂いもない一定の大きさに整えられた鉄の塊――『規格化された鋼のインゴット』の列だ。
俺はその光景を見つめながら、拳を握りしめた。
「(……これだ。これまでのシュトゥックオーフェンで作っていた不揃いな鉄の塊とは違う。品質が安定し、大きさが揃った『材料』が、大量に手に入るんだ)」
「智也さん、これ……全部、使える鋼なのですよね? 叩かなくても、もう形になっています」
バルトロさんが、信じられないものを見るような目でインゴットを見つめている。
「ええ、バルトロさん。これが鋳造の自由度です。液体であるため、複雑な形の鋳型に流し込むだけで、巨大な歯車や精密旋盤の土台を一度に作れるようになりました」
俺は、蒸気が立ち込める工房の奥を見やった。
「(……今までは、職人が何日もかけて叩いて作っていた複雑な部品も、これからは鋳型一つで量産できる。精密な回転を支えるベアリングのハウジングも、衝撃に耐える頑丈な旋盤のベッドも、そして――王国軍の兵士たちが手にする、品質の揃った強固な武具も)」
一点物の「作品」を積み上げる時代は、今、終わったのだ。
「エルナ、まずはこのインゴットの在庫管理から頼む。鉄の『質』と『量』を完全にコントロールしよう」
「了解、智也くん。これなら、製造ラインの予測が立てやすいよ。……数字が、やっと私の思い通りに並び始めた」
エルナが頼もしく頷き、隣ではリュミアが、熱に浮かされる俺の様子を心配そうに、けれどどこか誇らしげに見守っていた。
「トモヤ。……火、消えないね。ずっと、流れてる」
「ああ。この火は、もう消さない」
俺は、煌々と燃え続ける『救国の大高炉』と『精錬炉』を見上げ、静かに呟いた。
冬の夜。 高炉と精錬炉、二つの塔から立ち上る火柱は、滅びゆく危機であった王国の夜明けを照らす、力強い灯火となっていた。
【読者の皆様へ】
最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。
日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。
ひとまず、製鉄のプロセス: 鉄鉱石 → 高炉 → 銑鉄 → 転炉(精錬) → 鋼鉄(鋼) → 圧延(鋼材)。が完了しました。地味な描写が多く読者の皆様がどう思われているかかなり不安です....。
次からは帝国に対抗するための農具開発や防具開発のクラフトに進んでいきます!
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