第56話『黄金の川、文明の胎動』― 木炭高炉 ―
1. 設計図が描く巨大な筒
「……バルトロさん。これを、建てたいんです」
俺が工房『鉄竜の息吹』の作業場に広げたのは、数枚の羊皮紙を繋ぎ合わせた巨大な図面だった。そこに描かれているのは、これまでのシュトゥックオーフェンとは似ても似つかない、高さ八メートルを超える巨大な円筒形の構造物だ。
バルトロさんとグレンさんと工房長が、図面を覗き込み、絶句している。
「智也さん……。これじゃあ、まるで塔じゃねぇか。こんなに高くして、どうやって鉄を取り出すんだ? 底部を壊すにしても、上の重みで職人が死んじまうぞ」
「いいえ、工房長。この炉は、底部を壊しません」
俺は図面の下部、小さな『口』が描かれた部分を指差した。
「火をつけたまま、上から原料と燃料を入れ続け、下から溶けた鉄を『流し出し』ます。……二十四時間、一年中、火を落とさないんです」
「……馬鹿な。そんなこと、石も粘土も耐えられるはずが……」
工房長の声が震える。無理もない。彼らにとって炉とは、鉄の塊を産み落とした後に「解体」される消耗品なのだ。
「そのための耐火煉瓦です。そして、あの水車から引く多段送風機。これらを組み合わせて、新しい製鉄の形――『高炉』を作ります」
俺は窓の外、凍てつく冬空の下で勢いよく回り始めた水車を見やった。
「(……俺たちが作るのは、ただの炉じゃない。王国の未来を産み出す『心臓』だ)」
2. 銀色の積層、空への階段
建設は、鉱山街を挙げての大工事となった。俺が指示したのは、まず強固な石造りの土台。その上に、先日焼き上げたばかりの銀白色の耐火煉瓦を積み上げていく作業だ。
真冬の寒風が吹き荒れる中、現場は熱気に包まれていた。
「智也くん。煉瓦の供給、今のところ順調だよ。数字通りに積み上がっていくのを見るのは、気持ちいいね」
エルナが算盤を弾きながら、テキパキと荷馬車の列を捌いていく。
「鉱山からの珪石と火粘土の搬入路は確保した。職人の配置も、三交代制で組んであるよ。……みんな、智也くんが作ろうとしている『仕組み』に、少しずつ期待し始めてる」
「助かるよ、エルナ。……みんなの期待を、形にしなきゃな」
「うん。……あ、智也くん。そっちの支柱、三歩分くらい間隔が空きすぎてる。数字で見ると、ここが一番荷重がかかるよ」
「おっと……本当だ。修正するよ、ありがとう」
エルナの指摘はいつも的確だ。事実を確認し、論理的な次の一手を提案する。彼女が背後を支えてくれるから、俺は設計に集中できる。
3. 凍てつく夜の温もり
現場の隅では、リュミアが大きな鍋を火にかけていた。 連日の氷点下。凍傷の危険すらある過酷な作業の中、彼女の存在は職人たちの生命線となっていた。
「みんな……スープ、飲んで。体が温まる薬草と、根菜、たくさん入れたから」
リュミアが、熱々のスープが入った木お椀を職人たちに手渡していく。 体を内側から温める生姜に似た根菜と、高カロリーな豆類がたっぷりと入った特製スープだ。
「助かるぜ、お嬢ちゃん……! 指先の感覚がなくなってたところだ」
「うん。無理、しないで。トモヤも、これ、飲んで」
リュミアが俺の元へ歩み寄り、お椀を差し出した。彼女の指先は、温かいスープの熱で少し赤みを帯びている。
「ありがとう、リュミア。助かるよ」
「トモヤ。……雪、強くなってきた。炉が冷えないか、心配」
「(……ああ、俺もそこが一番の懸念なんだ。外気と内部の温度差が、思わぬトラブルを招かなきゃいいけど)」
俺はお椀を受け取りながら、夜の闇にそびえ立つ銀色の塔を見上げた。
4. 氷の楔と水の救済
建設開始から十日。ついに火入れが行われた。 しかし、炉の温度が上がり始めた深夜、最初の「詰まり」が発生した。
「智也! 水車の動きが鈍い! 送風が止まりかけてるぞ!」
グレンさんの叫び声に、俺は外へ飛び出した。 寒波の影響で、水車の取水口が急速に凍りつき、巨大な氷の塊が車輪の回転を阻害していたのだ。
「(……しまった、この冷え込みは計算外だ! 水力が止まれば、炉の温度が下がって中の鉄が固まっちまう!)」
絶望的な状況の中、リュミアが凍てつく水路の前に立った。
「トモヤ……。私、やる。……一度だけ、道を作る」
リュミアが両手を水面に向け、魔力を集中させる。
「……流れて。……凍らないで」
彼女の魔法が、取水口の氷を急速に解かし、水の流れを一時的に正常化させた。だが、リュミアの顔は蒼白だ。魔力だけでこの広範囲の凍結を止めるのは限界がある。
「リュミア、十分だ! ――ビトル、例の魔石を!」
「うん、任せて! 調整は済んでるよ!」
王国工房長の孫、ビトルが、調整を終えた中位魔石を持って駆け寄ってきた。俺の設計した「発熱回路」を組み込んだ、魔石ヒーターのユニットだ。
「この魔石ユニットを取水口の石枠に固定する! 魔法で解かした隙に、魔石のエネルギーを熱に変えて水路を温め続けるんだ!」
ビトルが手際よく魔石をセットすると、ユニットから柔らかな熱が放たれ、水面の凍結を食い止めた。 水車が再び力強く回り始め、炉へと咆哮のような風が送り込まれた。
5. 震える大地と土の守護
だが、危機は重なった。 炉内部の温度が千五百度に達しようとした時、炉の底部――土台部分から「ミシミシ」と不吉な音が響いた。
「智也、土台が持たねぇ! 内部の膨大な熱と外の寒さで、基礎の石が割れ始めてるぞ!」
今度は、急激な熱膨張と外部の凍土との温度差によって、土台に亀裂が入ったのだ。巨大な塔がわずかに傾き、倒壊の危機が迫る。
「(……くそっ、土台の断熱が足りなかったか……!?)」
その時、作業を見守っていたガルドが前に出た。
「智也、やること言え! ――ここは俺が踏ん張る!」
ガルドが巨大な両手で炉の土台を掴むようにして、土の魔法を放った。
「固まれ……! 動くんじゃねぇぞ、こらぁっ!」
彼の魔法によって、崩れかけた土台が一時的に岩のように硬化し、崩落を食い止める。だが、土台の熱はガルドの魔力すら焼き切ろうとしていた。
「ガルド、そのまま耐えてくれ! ――ビトル、煉瓦に断熱用の魔石を!」
「次はこれだね! 寸法通りに魔力を込めてあるよ!」
ビトルが、内部に特殊な魔力結界を封じ込めた「断熱魔石煉瓦」を次々と運んでくる。 俺と職人たちは、ガルドの魔法で固定された土台の隙間に、その煉瓦を打ち込んでいった。
「よし……魔法の『硬化』があるうちに、この魔石の反発力で熱の伝導を遮断する! ――これで土台は安定するはずだ!」
ガルドが魔法を解いた後も、土台はびくともしなかった。魔法による一時的な救済を、魔石と工学の知恵で「永続的な安定」へと変えた瞬間だった。
6. 黄金の川、溢れ出す希望
「……いくぞ。全開だ!」
俺の合図で、最後の送風が炉に送り込まれた。 炉内は眩いばかりの白熱光に包まれ、ついに最下部に溶けた鉄――『湯』が溜まった。
「出銑口、開放!」
グレンさんが重いハンマーを振り下ろし、栓を打ち抜く。
その瞬間。
「……おお……っ!?」
眩いばかりの光が、雪降る夜の鉱山街を支配した。 真っ赤に焼けた……いや、もはや白銀に見えるほど加熱された「液体」が、ダムが決壊したかのように勢いよく流れ出したのだ。
それは、これまでの「鉄の塊」ではない。さらさらと、まるで水のように流れる、純粋なエネルギーの奔流だ。
「流れてる……。鉄が、水みたいに流れてやがる……!」
バるとろさんが、その光景に震える声を出した。 流れる鉄は、砂で作られた鋳型へと吸い込まれていく。上から原料を足し続ける限り、この黄金の川は止まることがないのだ。
「(……これが銑鉄。大量生産の、始まりだ)」
俺は、煌々と輝く高炉を見上げた。 炉の頂からは真っ白な煙が立ち上り、冬の夜空を赤く照らしている。
もう、職人たちがハンマーで炉を壊す音は聞こえない。 代わりに聞こえるのは、水車が刻む規則正しいリズムと、炉が呼吸する力強い音だ。
7. 黄金に潜む「脆さ」
俺は、煌々と燃え続ける『救国の大高炉』を見上げ、静かに呟いた。 だが、その視線の先にあるのは、ただの成功ではない。
冷え始めたインゴットの一つを、俺は耐熱手袋越しに持ち上げた。 表面は滑らかで美しい。だが、この中にはまだ「爆弾」が眠っている。
「(……銑鉄だ。炭素が多すぎて、硬すぎる。今のままでは、ハンマーで叩けばガラスのように砕けるだろう。これでは剣にはならない。帝国の重装騎兵の槍を受ければ、根元から折れてしまう)」
「トモヤ、また怖い顔。どうかしたの?」
「……ああ。素晴らしい鉄だが、これはまだ『第一段階』だ。この『量』を、本当の『強さ』に変えなければならない」
「本当の強さ?」
リュミアが眉を寄せる。俺は、雪の降る暗闇の向こう、次なる建設予定地を指差した。
「この銑鉄から余分な炭素を抜き、粘り強く鍛え直す工程……『精錬』が必要だ。高炉の次は、鋼を産むための『精錬炉』を建てる。じゃ、やるか」
【読者の皆様へ】
最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。
日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。
現在展開している鉱山・製鉄編ですが、当方もリサーチを重ねる中で知る事が多く、産みの苦しみと楽しさを同時に味わっております。
「鉄より鋼の方が強い」というゲーム的な知識一つでスタートした挑戦ですので、専門家の方から見れば至らぬ点も多々あるかとは存じますが、本作ならではの「知恵と工夫の物語」として楽しんでいただけるよう全力を尽くします。
あくまでファンタジーの世界の技術として、ゆるやかにお付き合いいただければ幸いです。
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