第55話『鋼の礎、銀の煉瓦』― 耐火煉瓦と水力多段送風機 ―
1. 煤煙に沈む鉄の龍
『メギド鉱山街』。 領内でも有数の鉄鋼生産を担うこの街は、空を覆う煤煙と、絶え間なく響く重い金属音に包まれていた。
俺――高瀬智也は、案内役のバルトロさんに連れられ、街一番の規模を誇る大工房『鉄竜の息吹』へと足を踏み入れた。
「……ここが、工房職員の誇りです」
バルトロさんが指差した先には、全高四メートルを超える巨大なシュトゥックオーフェン(塊錬鉄炉)が鎮座していた。 炉の脇には魔導送風機が設置され、魔石の力で絶え間なく空気が送り込まれている。
「せーのっ、そらぁ!!」
職人たちが巨大な鉄の棒を振るい、炉の底部に仮設された壁を打ち壊している。 中から真っ赤に焼けた鉄の塊――『シュトゥック』が引きずり出された。
「……(なるほど、底部だけを壊して再利用しているのか。鉄を取り出した後、再び底部を壁で塞げば、すぐに次の製鉄に入れる。この世界なりに、かなり洗練された手順だ)」
だが、俺は内心で計算を止めることができなかった。 効率化されているとはいえ、一回の精錬には数日を要する。 これでは、戦況を変えるほどの物量は到底生み出せない。
「バルトロさん。この熟練の技は本当に素晴らしいです。ただ……今後の装備増強を考えると、今のペースでは少し時間が足りなくなるかもしれません。さらに効率を上げる方法は、何か検討されていますか?」
俺が角が立たないよう言葉を選ぶと、バルトロさんは煤で汚れた顔を歪め、苦笑いを浮かべた。
「智也さん、鋭いですね。はい、見ての通りです。これ以上の速度は、魔導送風機を増やしても炉自体が熱で持ちません。火を完全に止めずに流し出し続けるなんて、伝説のドワーフでもなきゃ無理な話だと思います。」
「(……いえ。伝説ではなく、工学でなら可能です。火を止めず、液体として鉄を流し出し続ける『高炉』があれば)」
2. 算盤が弾き出した現実
その夜、宿舎のテーブルには、エルナが整理した膨大な帳簿と計算用紙が広がっていた。
「……智也くん、これを見て」
エルナの指先が、冷静な数字を指し示している。 彼女の相槌は短く、事実に裏打ちされた結論は揺るぎなかった。
「今の生産ペースだと、全軍の装備を更新するのに二十年はかかるわ。それだけじゃない。鉄を作るための木炭の消費量が、領内の森が再生する速度を追い越し始めているの」
「……二十年、か。それじゃ帝国に間に合わないな」
「ええ。仕組みそのものを変えないと、私たちの力だけでは領の資源が底を突いてしまうわ。……智也くん。次の一手、何かないかな?」
エルナの問いかけに、俺は手元の図面を指で叩いた。
「ああ。火を止めず、熱を逃がさず、かつ連続操業に耐えうる炉を作る。そのための『鍵』を明日、探しに行こう」
隣で控えていたリュミアが、そっと俺の袖を引いた。 彼女の少し熱を持った指先が、夜の不安を和らげてくれる。
3. 岩肌に眠る銀の種
翌朝、俺たちは鉱山街の深部へと向かった。 護衛のラナを先頭に、古い採掘跡のガレ場を進んでいく。
「智也殿、このような『ズリ(捨て石)』の山に、本当に救国の知恵があるのですか?」
ラナが不思議そうに、足元の白い石を拾い上げる。 それは、職人たちが「硬すぎて加工もできない」と捨てていた珪石の塊だった。
「ええ。ラナさん、その石こそが宝物です。水晶と同じ二酸化ケイ素を含んだこの珪石と、あそこの断層から露出している『火粘土』を混ぜるんです」
俺は岩壁を指差した。 地層の隙間に、アルミナ成分を豊富に含んだ独特の粘土層が眠っている。
「ただの土は鉄を溶かす熱で溶けてしまいます。でも、鉱山から採れるこの二つを特定の比率で混ぜて焼き固めれば、千五百度の熱を閉じ込める『耐火煉瓦』になるんです」
「……捨てられていた石を、鉄の運命を変える壁に変える。智也殿の知恵は、いつも魔法よりも奇跡に近い」
ラナの短い感心の言葉が、現場エンジニアとしての俺の胸を熱くさせた。
4. 到達不能な千五百度
鉱山街の工房に戻った俺たちは、バルトロさんの協力の下、試作の焼成窯を作り上げた。 砕いた珪石と火粘土を混ぜ合わせ、型に嵌めて乾燥させた『煉瓦の卵』が数百個。
だが、ここで現実的な壁が立ちはだかった。
「……上がらない。温度が足りないんだ」
俺は窯の覗き窓から、揺れる炎を見つめていた。 手押しの大型ふいごを十人がかりで回しても、内部の温度は恐らく、千二百度付近で頭打ちになっている。 耐火煉瓦が真の強度を得る『焼結』には、あと数百度の熱が必要だった。
「智也、粘土を焼くのとは訳が違う。この煉瓦を固めるための熱が、今のふいごの限界だ」
バルトロさんが、汗を拭いながら厳しい表情を浮かべる。
「(……設計は間違っていない。でも、耐火煉瓦を『作るための熱』が、今のこの街の技術の限界点を超えてるのか……!?)」
このままでは、ただの生焼けの泥の塊に戻ってしまう。
5. 嵐がもたらす一瞬の焼成
「――智也殿。私にやらせてください」
沈黙を破ったのは、ラナだった。 彼女は愛用の長剣を置き、窯の吸気口へと歩み寄る。
「風を、一度だけ通しますわ。……その隙に、支えを!」
ラナの両手に淡い光が宿る。彼女の瞳が、嵐の前触れのような鋭さを帯びた。 風の精霊を束ねる魔法が、狭い吸気口へと凝縮されていく。
「はっ……!!」
咆哮と共に、窯の内部へ超高圧の旋風が叩き込まれた。 ゴーッ、という地鳴りのような音が響き、覗き窓から見える炎の色がオレンジから眩いばかりの『白』へと変貌する。
「……っ、今だ! 炭を追加しろ! 熱を逃がすな!」
俺は叫び、職人たちが一斉に予熱された燃料を投入する。 魔法という一過性の力を、物理的なエネルギーとして定着させるための一度きりの勝負。
窯内部が臨界温度に達した瞬間、鈍い色の煉瓦が銀白色に輝き始めた。
「(いける……焼結が始まった!)」
数分後、ラナが膝をつくのと同時に、窯の中には鉄よりも硬い石の壁が出来上がっていた。
6. 水車が刻む、不滅の鼓動
だが、魔法による成功は一度きりでいい。 俺はラナの肩を支えながら、すぐに次の図面を広げた。
「ラナさん、ありがとうございました。……ここからは、俺の『仕組み』の番です」
俺は鉱山街を流れる急流の力を利用した、新たな動力室を設計した。 以前作ったレールの横を走る水路から動力を引き出し、複数の大型蛇腹(送風機)を交互に駆動させるクランク機構だ。
「魔法で出した圧力を、水車で再現します」
数日後、完成した『自動高圧送風機』が稼働を始めた。 ドクン、ドクン、と生き物の鼓動のように規則正しい音を立て、水力で動く蛇腹が、魔法にも劣らぬ勢いで窯へと酸素を送り込む。
もはや、ラナが魔力を削る必要はない。 水が流れる限り、この街は千五百度の熱を自在に操れるようになったのだ。
「……信じられねぇ。ただの石ころが、こんなに白く光るなんてよ」
バルトロさんが、完成した耐火煉瓦を叩き、その澄んだ金属音を聞いて言葉を失っていた。
7. 次の一手
積み上げられた数千個の銀色の煉瓦を背に、俺は小さく息を吐いた。
「(……これで素材は揃った。耐熱性は耐火煉瓦で、送風能力は水力蛇腹で解決できる)」
俺の頭の中では、すでに次の設計図が立ち上がっていた。 今のシュトゥックオーフェンを改良するのではない。 これらを用いて、全く新しい概念の製鉄炉を組み上げるのだ。
「智也さん、これで終わりじゃないんだろう?」
バルトロさんが、期待に満ちた目で俺を見ていた。
「ええ。……次は、この煉瓦を使って『高炉』を建てます。火を止めず、鉄を液体として流し出し続ける、真の量産体制を。……じゃあ、やるか」
俺は、これから始まる「鉄鋼革命」の核心を思い描きながら、力強く頷いた。
【読者の皆様へ】
最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。
日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。
~もしよろしければ、ブックマークや評価で応援いただけると、執筆の励みになります!~




