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第51話:呼吸を始める地底の動脈― シロッコファン ―

1. 街一番の工房『鉄竜の息吹てつりゅうのいぶき


メギド鉱山街の急斜面にそびえ立つ、街一番の工房『鉄竜の息吹てつりゅうのいぶき』。 バルトロさんの手配で足を踏み入れたその場所は、これまでの旅で見てきたどの作業場よりも熱く、そして「洗練」されていた。


工房内に足を踏み入れると、まず肌を刺すような熱気と、重厚な金属の叩きつけられる音が鼓膜を震わせる。


壁にはこの地でしか採れない希少な硬鉱石を加工するためのミスリル製の金槌が並び、その中心には、俺たちが領都で作成した最新鋭のものには及ばないものの、地方の街としては驚くほど高い精度を誇る旋盤が鎮座していた。


「ほう……こいつは驚いた。辺境だと思って侮っていたが、とんでもない設備だ」


グレンさんが工房の奥にある、巨大な魔導送風機付きの炉を見て低く唸った。 その隣では、ハックさんが地元の職人が使う超硬合金製の工具を手に取り、子供のように目を輝かせている。


だが、俺が広げた設計図を前に、腕組みをして厳しい、しかしどこか温かみのある視線を送る人物がいた。 この工房を束ねる工房長だ。


「……お主が、バルトロの言っていた『知恵者』か。ドワーフの腕利きを連れているようだが、この図面……なるほど、面白い。こんな複雑な曲面を持つ回転翼、ましてや木製の管を100メートルも繋ぐなど、我らコモンス王国の職人にとっても血が騒ぐ挑戦だ」


工房長は、設計図の細部を指でなぞりながら、穏やかに、しかし職人としての誇りを込めて続けた。


「我ら職人の時間は、そのまま命の削り合いだ。その時間を預けるに値する仕事だと信じさせてくれ。ミスリル工具も、希少な硬鉱石も、必要なだけ使うといい。お主の知恵がこの街を救うなら、我らも全力を尽くそう」


工房長の目が、俺の覚悟を確かめるように真っ直ぐに向けられた。


2. 静圧を制する「シロッコファン」

「グレンさん、ハックさん。今回の換気の要は、地下水の水圧を回転力に変え、それを空気を押し出す力……『静圧せいあつ』に変換することなんです」


俺は即席の設計図を広げ、中央の空洞を囲むように多数の小さな羽根が並んだ、円筒形の装置を指し示した。


「シロッコ……ファン? 智也さん、普通のプロペラじゃダメなのかい?」


ビトルが不思議そうに覗き込む。 工房長や周囲の腕利きの職人たちも「風を送るなら大きな羽の方がいいのではないか?」と首を傾げた。


俺は、現代の空調工学の基礎を、彼らの経験に訴えかけるように説明した。


「普通のプロペラは、広い場所で風を送るのには向いています。ですが、今回のように100メートル以上の長いダクトを通す場合、空気の抵抗に負けて風が奥まで届かないんです。この『多翼送風機シロッコファン』は、円筒の中で空気を加速させ、力強く押し出す力が極めて強い。プロペラが『風を飛ばす』ものなら、これは『風を押し込む』ポンプなんです」


「なるほど。つまり、山が押し返してくる空気の壁を、力ずくでぶち抜くための扇風機ってわけか!」


ハックさんの言葉に、工房長が深く頷いた。


「面白い……! おい、野郎ども! 聞いたか! 今日はこの知恵者の設計を形にする。一人残らず腕を貸せ!」


その号令とともに、工房の腕利きの職人たちの大多数が、俺の設計図を囲んで一斉に動き出した。


3. クラフト:現代工学とドワーフの技術の融合

最高の環境と、腕利きの職人たちが揃い、工房内は瞬く間に火花と槌音に包まれた。


① 水力タービン(受圧ユニット)

ハックさんは工房長や地元のベテラン職人と議論を交わしながら、地下水の噴出を効率よく回転力に変えるための「ペルトン水車」型の羽根車を鍛造し始めた。


「ハックさん、焼き入れはあの希少鉱石の粉を混ぜた油でお願いできますか?」 「任せとけ、智也さん! みんな、行くぞ! 水圧を逃がさない完璧な『バケツ形』を叩き出すんだ!」


グレンさんの精密な温度管理下で、数十人のドワーフたちの槌がリズムを刻み、鉄の板がみるみるうちに複雑な受圧面へと成形されていった。


静振石せいしんいしと精密軸受

「ビトル、ここが心臓部だ。超高速回転で軸がブレたら全てが台無しになる」 「わかってるよ、智也さん! これを見て」


ビトルが取り出したのは、振動を吸収し、摩擦を極限まで抑える魔導具『静振石』。 これをハックさんが極限まで磨き上げた金属製のベアリングに組み込む。


魔法の滑らかさと、工学的な精度が融合し、指で弾くだけでいつまでも回り続ける「魔法の軸」が完成した。


③ シロッコファン本体と「ボリュート」

「グレンさん、ファンの外枠、この『うずまきボリュート』の厚みを一定に保つよう調整をお願いします。ここが風の速さを圧力に変える心臓部になります」 「承知した。炎の揺らぎを読み、寸分の狂いもなく焼き固めよう」


ハックさんが硬木から削り出した数十枚の羽根が、ビトルの施した精密軸受に組み込まれていく。 職人たちが一丸となって部品を仕上げるその光景は、圧巻の一言だった。


4. 木製ダクト:現実的な「動脈」

次に着手したのは、ファンが作り出した風を最深部まで運ぶための「ダクト」だ。 ここで俺は、あえて「木材」を選択した。


「智也さん、本当ならこういう用途には、気密性が高くて柔軟な『革』や『布』の方が適しているんじゃないのかい?」


ビトルの真っ当な指摘に、俺は頷く。


「うん、ビトルの言う通りだ。本来なら、隙間のない上質な革や厚手の布を繋ぎ合わせるのが理想的だろう。だが……100メートル分のダクトを作るとなると、その量は膨大だ。この街の在庫をすべて使い果たしても足りない。だからこそ、今回はあえて『木製ボックス・ダクト』で行く。手に入りやすい坑木こうぼくを、加工技術でカバーするんだ」


① 摩擦を殺す「磨き上げ」

「ハックさん、この板の内側を徹底的に滑らかにしていただけますか? 空気にとって、板表面の小さな凹凸は、流れる勢いを削ぎ落とす障害になるんです」


ハックさんがミスリル製の超硬カンナを走らせると、粗野な坑木の表面が、大理石のように滑らかな光沢を帯び始める。


カンナの刃が木目に沿って走るたび、空気の流れを妨げる微細な引っかかりが消え、ファンの生む圧力を100メートル先まで温存するための滑走路が整えられていった。


② 印籠継ぎ(いんろうつぎ)と気密シール

100メートル分の木管を繋ぐために、俺は日本の伝統建築にある『印籠継ぎ』を応用した。


「ビトル、木管の継ぎ目は凹凸を完璧に噛み合わせてくれ。そこに、松脂まつやに蜜蝋みつろう、それに獣脂を混ぜた特製オイルを塗り込んでいくんだ」


松脂で粘り、蝋で固め、獣脂でひび割れを防ぐ。 かつて船の防水に使われた古の知恵が、職人たちの手によって木製のダクトを「空気を通さない気密管」へと変貌させていった。


5. 咆哮を待つ、4つの心臓

数日の突貫作業の末、工房の床には、脂の香りを漂わせ、鈍く光る4台の「中継ファン」と、内側が極めて滑らかに整えられた50本の木管ユニットが整然と並んだ。


「……よし、組み上がりました。ハックさん、グレンさん、テスト稼働をお願いします」


ハックさんが導水管のバルブを開くと、地下水の奔流を模した高圧の水がタービンを直撃した。 瞬間、シロッコファンが猛烈な勢いで回転を始める。


ゴォォォォォッ……!!


工房内に、力強い咆哮が響き渡った。 連結された木管の出口からは、凄まじい風圧が噴き出し、周囲の塵を瞬時に吹き飛ばす。 職人たちはその風の強さに目を見開き、歓声を上げた。


6. 実戦投入、地底を貫く息吹

翌日、俺たちは完成した装置を担ぎ、問題の横坑へと足を踏み入れた。


この横坑は、新鮮な空気が流れる本道から直角に100メートル伸びる「行き止まり」の穴だ。 本道との分岐点――つまり「新鮮な空気があるスタート地点」に1台目のファンを設置した。 ここから奥に向かって25メートル間隔で木管を繋ぎ、中継ユニットを置いていく。 各地点で岩壁から湧き出る地下水を導水管で引き込み、全ての準備が整った。


「バルブ解放……開始!」


俺の合図で、4箇所同時にタービンが回り出す。 「静振石」のおかげで、超高速回転しているにもかかわらず、装置は不気味なほど振動せず、ただ鋭い風切り音だけを響かせている。


俺たちはそのまま、最奥部――かつて鉱夫たちが死神のようなガスに膝を突いた「切羽きりは」へと向かった。


……数分後。


「智也さん……見て!」


ビトルが指差す先。木製ダクトの終端から、目に見えるような勢いで透明な「外気」が噴き出した。 すすと湿気に濁り、重く停滞していた空間に、地上の清涼な空気が一直線に突き抜けていく。


「はっ……、息が……呼吸が楽だ……」


現場に立ち会っていたバルトロさんや鉱夫たちが、信じられないものを見るように何度も深呼吸を繰り返した。


これまでは肺にへばりつくようだった、あの粘りつくような重い空気が嘘のようだ。今はひんやりと冷たく、喉を通る感触が清々しい。息を吸い込むたびに、霞んでいた視界が鮮明になり、泥のように重かった身体が軽くなっていく。


「苦しくない。ただ息をするだけで、こんなに気持ちがいいなんて……」


一人の鉱夫が、涙ぐみながらその冷たい風に顔をさらした。 魔法で無理やり作り出した風ではない。工学が導き出し、王国が誇る職人の技が形にした「理の風」だ。


「……大成功です。グレンさん、ハックさん。俺たちの『風』が、たった今届きました」


俺は煤で汚れた手で、傍らに立つ二人に深く頭を下げた。 二人のドワーフは、自らが作り上げた「木の龍」が地底を呼吸させる光景を、誇らしげに見つめていた。

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