第49話《黄金の糧食と粉砕機》
1. 規格化された『パズル』
領都フィアレルのマザー工場では、規則正しい鋸の音が響いていた。 俺が設計し、職人たちが量産しているのは、『可搬式木製簗キット』だ 。
川の流れを遮り、魚を一定の場所に追い込む伝統的な漁具。 これを、誰でも組み立てられるように規格化し、手順を刻んだ『木札』をセットにして配布する準備を進めていた 。
「智也殿……。この精緻な削り出し、実に見事ですわ。単なる木材が、まるでお互いを探し合っているかのように噛み合いますのね」
視察に来たラナが、次に鋼の刃が並んだドラムを覗き込み、黄金色の瞳を細めた 。
(……昨日のあの顔は、もうないな。)
「これは『粉砕機』の刃です。旋盤で削り出したからこそ、この精度が出せました。……ラナさん、これを使えば捨てられるはずの命を、文字通り『糧』に変えられるはずです」
(……俺の知恵が、この世界の『当たり前』を塗り替えていく。怖くないと言えば嘘になるが、やるしかないんだ)
2. 逆巻く奔流と、一度きりの風
城下町を流れる大河。俺はベテランの老漁師に、出来立ての簗キットを手渡した。
「いいですか、この木札の番号通りに組み木を合わせてください。釘はいらなくても、楔を打ち込むだけで激流に耐えられる設計です」
「ほう、これか……。番号を追うだけならわしにもできるが、この川の勢いは村の小川とはわけが違うぞ」
漁師の懸念は正しかった。 実際に設置を始めると、最初の『壁』に突き当たった。 領都の川は水量が多く、川底は砂混じりで柔らかい。支柱となる杭を打ち込もうとした瞬間、激流が容赦なく杭を根元から攫っていったのだ 。
(……まずい、摩擦が足りない。この流速だと、重力だけじゃ支柱が安定しないぞ)
「智也殿、風を一度だけ通しますわ。……その隙に、支えを!」
ラナが鋭く一歩前に出た。 彼女が指先をかざすと、不可視の風の圧力が川面を真っ二つに割り、支柱を立てる一帯だけを『凪』の状態に変えた 。
「今だ! 石を詰めろ! 杭を斜めに、流れに逆らう角度で打ち込むんだ!」
魔法が作り出した数秒の窓。 その隙に、俺たちは杭の根元に大きな石を積み、さらに枝束を敷き詰めて土砂の流出を防ぐ『クラフト』を完成させた 。 魔法が切れた後も、物理的な『勾配』と『重み』が、激流を真っ向から受け流し始めた 。
3. 銀色の津波、処理の限界
翌朝、川を覗き込むと、そこには驚くべき光景が広がっていた。 「おおっ、サケが……サケがぎっしりだ!」
産卵のために遡上する銀色の魚たちが、俺たちの作った簗に導かれ、次々と跳ねている。 漁師たちは威勢よくサケを吊るし、身を切り分けていくが、そこには山のような「残骸」――頭や骨、そして網にかかった雑魚が残されていた 。
「もったいないな。……これも全部、蓄えにしましょう」
俺は工場から運んできた、『精密旋盤製の粉砕機』を披露した 。 だが、ここで次の問題が起きた。乾燥が不十分な骨が、強靭な鋼の刃に噛み込み、回転が止まってしまったのだ 。
「智也くん、計算できたよ。このまま無理に回すと軸が歪んじゃう。……まずは『時間』を使って、素材の水分を飛ばそう?」
エルナが横から、のんびりと、けれど確かな数値が書かれた帳簿を差し出してきた 。
4. 鋼の刃が刻む、命の弔い
俺たちは方針を変えた。 サケの頭や骨、雑魚を川沿いの乾燥棚に並べ、秋の風でカラカラに乾燥させる 。 十分な硬さになったところで、水車の動力をベルトで繋いだ粉砕機に投入した 。
バリバリ、という小気味よい音が響き、乾燥した残骸が飲み込まれていく。 吐き出されたのは、高密度なタンパク質の塊である『魚粉』だ 。
「これなら魔法がなくても、長く保存して運べます。冬の間の貴重な栄養源になりますよ」
魔法に頼らず、命を余さず使い切る。 それが、俺の考える「工学的な弔い」でもあった 。 漁師たちは「捨てるところがねぇな!」と、感心したように声を上げた 。
5. 黄金の比率、計算された糧食
領都の倉庫前で、俺は腕を組んで立ち尽くしていた。 積み上がった麻袋の山で床板がたわみ、支柱がミシミシと悲鳴を上げている。
「智也くん、もう限界だよ。これ以上積んだら床が抜けちゃう」
帳簿を抱えたエルナが、困り果てた顔で俺の隣に並んだ。 粉の状態では『かさ密度』が低く、中身の半分は空気を保存しているようなものだ。場所を取る上に、湿気を吸えば一気に腐敗が進む。
「エルナ、搬入を止めよう。粉を固めて体積を減らす。この領地の『熱量』を規格化するんだ」
俺たちは、どんぐり粉と魚粉、それに少量の蜂蜜と塩を練り合わせ、一つの「形」へと落とし込んだ。 使うのは、旋盤で削り出した『木製標準型』だ。
「これなら同じ木箱に隙間なく詰められるし、数えるのも運ぶのも楽になる」
俺たちはこのレシピを規格化し、『命の糧食』としてのクッキーを開発した 。 どの村のオーブンで焼いても同じ栄養価が得られるよう、焼き時間は俺が配布した『砂時計』で管理させる 。 工学的な管理が、村人たちの手の感覚を「確かな技術」へと変えていった 。
(……バラバラだった素材が、計算通りの『燃料』に変わった。これなら冬を越せる)
6. 暖炉の傍ら、明日の「種」
その日の作業を終えた夜。領都の拠点では、温かいスープを囲んだ団らんの時間が流れていた。パチパチと爆ぜる暖炉の音が、一日の疲れを静かに溶かしていく。
「フィアレル領の交易品を改めて整理してみたんだけど、やっぱりここは鉱石が中心だね」
エルナが、整理された木札をテーブルの中央へ広げた。
「みんな知っての通り、ここは質のいい『ミスリル』が採れることで有名だけど、最近は市場に出回る量が極端に減っているわ。……一方で、北部の森から入るこの木材。これ、すごく柔らかくて加工しやすいの。建材には不向きだけど、精密な歯車や部品の試作にはこれ以上ない素材だと思う」
「ああ、そのミスリルだがな」
向かいに座っていたグレンさんが、スープの木皿を置いてこちらを向いた。俺は居住まいを正し、その言葉を待つ。
「今日、街の工房の連中と話したが、どいつもこいつもぼやいてやがった。領内に五つある主要な鉱山のうち、一番いい脈がある場所の採掘が止まってる。奥の方から地下水が噴き出しやがって、今の排水技術じゃあ手も足も出ないそうだ。宝の持ち腐れだな」
「地下水ですか……。せっかくのミスリルが、水の下に眠ったままなのは惜しいですね。何か吸い出す手立てがあればいいんですが」
俺が考え込んでいると、ガルドが身を乗り出して口を開いた。
「水と言えば、智也。騎士団の野郎に、あの鉱山に近い山の出身者がいてよ。そいつから聞いた話なんだが……あの山、地熱がやたらと高くて、あちこちから『お湯』が噴き出してやがるらしいんだ。地面を少し掘るだけで、煮えたぎる川ができるような場所だとさ」
「煮えたぎる川……温泉、か」
「ああ。そいつは『呪われた熱』だなんて忌み嫌ってたが……あんな熱、何かに使えねぇのか?」
「地下水、地熱、それに加工しやすい木材……」
(……繋がった。沈んだ鉱山を救うための『排水ポンプ』。その気密性を保つための、加工しやすい木材によるピストン部品。そして、汲み上げた水の処理と、熱源の再利用……)
バラバラだった情報が、俺の頭の中で一つの「仕組み」として組み上がっていく。
翌朝、城下町の広場では、配られたクッキーを子供たちが頬張り、笑顔が弾けていた 。
(……ただの木の実と、捨てられるはずだった魚の頭。それがこれだけの熱量に変わった。これなら、どんなに帝国が強くても、俺たちは越えていける)
俺は手元の計算尺をそっと置き、冷えゆく秋の夜空を仰いだ。 遠くで、新しい水車の回る音が、救いの調べのように心地よく響いていた。
「……じゃあ、やるか」
一歩ずつ、この国の『根』を強くしていくために。
読者の皆様へ
いつも本作品を応援していただき、心より感謝申し上げます。 日々の忙しさの中で、ほんの数分でもこの異世界ファンタジーを楽しんでいただき、現実から少し離れてリラックスできる一助となればこれ以上の喜びはありません。
今回は、誰でも組み立て可能な『可搬式木製簗キット』と、命を余さず粉砕する『精密旋盤製粉砕機』をクラフトしました。 地味な道具でしたね~。クッキーとのバランスが取れず悩みました、、、。
それとミスリルの話が出てきましたね。私はミスリルって単語を聞くだけでワクワクします!!!
魔石と絡めてどんなクラフトしようかな~。
次章もお楽しみに。




