第48話《積み上がる冬の希望と巨大な十連式スタンプミル》
1. 地を震わせる「どんぐり加工プラント」
領都の一角に新設された【破砕場】。そこには、これまでの常識を覆す巨大な十連式スタンプミルが鎮座していた。俺がここで目指しているのは、単なる作業場ではない。最前線へ送られる小麦の代わりに、領民の冬を支えるための大規模な「どんぐり加工プラント」の構築だ。
「智也、いくぞ! 同時に十本の杵が踊るなんて、正気の沙汰じゃねぇが……やってやる!」 ガルドが巨大な水車のレバーを引くと、重厚な回転軸に設置された「カム」が次々と杵を持ち上げ、そして放った。
ズシンッ! ズシンッ! ズシンッ!!
猛烈な衝撃が足元を突き上げ、建物全体が悲鳴を上げる。
「智也さん、これ、『静振石』の出力が追いついてません! 物質の共振周波数に合わせて逆位相の魔力をぶつけて振動を相殺してるんですけど、このままだと土台の石が粉砕されますよ!」
隣で計測器を抱えていたビトルが叫んだ。 「魔石の出力は安定してますけど、もっと強力な……大型の振動相殺ユニットを開発しないと。智也さん、やっぱりこの機械、人間の域を超え始めてますよ!」
「助かる、ビトル! ……ガルド、今だ! 土台の岩盤を地面と完全に『同調』させてくれ!」 「おうっ! 土よ、騒ぐな。……この岩を、地の底まで繋ぎ止めておけ!」
ガルドが土魔法を地面に叩き込むと、逃げ場のなかった振動が地中深くへと吸い込まれ、建物がピタリと震えを止めた。その隙に俺は、杵の先端にボルトで『交換式の鉄キャップ』を装着し、木組みを鋼のプレートで補強していく。
(……それにしても、魔石の消費が激しいな。この規模でプラントを回し続けるとなると、魔石のストックがどれくらいあるか正確に把握しなきゃいけない。後でエルナに、領の備蓄と流通経路を調べてもらおう)
2. 階段を巡る水と、物理の「理」
翌日、工程は【脱汁】と【製粉】の仕上げに入った。 川沿いの斜面に並ぶ『階段式濾過槽』。リュミアが水に魔法をかけ、渋みを包み込んで洗い流す。その横で、俺は旋盤で削り出した「テーパー状の木製フィルター」を設置していく。
「トモヤ、見て。水がずっと綺麗に流れてる。」
リュミアの言葉に答えながら、俺はフィルターの仕組みを微調整した。 これは穴の入口を狭く、出口を広くした円錐形の穴を無数に空けたものだ。「ベンチュリ効果」(例えるなら、水が細いホースの先から勢いよく出る状態)に近い原理で流速を高め、どんぐりの粘り気のある微粒子が穴の縁で粒子同士がくっついたりして詰まるのを物理的に防いでいる。
さらに、仕上げの製粉工程。
石臼の回転軸には『遠心ガバナー(調速機)』を組み込んだ。 回転が速くなりすぎると重りが遠心力で広がり、水車の水門をわずかに閉じる。これにより、負荷が変動しても回転数を一定に保ち、摩擦熱の発生を最小限に抑えながら、均一な粒度の粉を挽くことができるのだ。
手のひらに落ちてきたのは、絹のように細かな「どんぐりの粉」だ。 「素晴らしいですわ……。物理の仕組みだけで、魔法のような精度を維持できるとは」 ラナが感嘆の声を上げた。
3. 拠点の団らんと、広がる「影」
その日の作業を終え、拠点に戻った俺たちは夕食を囲んだ。卓上には、報告と噂話、さらに新たな懸念が並ぶ。
「……トモヤ、街の衛生状態がすごく心配なの」 リュミアが少し顔を曇らせて報告した。 「ラナさんと見て回ったけれど、下水の処理が全然追いついていなくて……。このまま人が増えたら、きっと病気が流行ってしまう。村でやった『水浄化の仕組み』を、もっと大きな規模で、急いで作らないと……」
人々の健康を願うリュミアの切実な声に、俺は深く頷いた。続いて、領内の武器屋を回ってきたハックが重々しく口を開く。
「智也、街の武器屋も深刻だぜ。並んでる刃物の半分近くが『帝国製』だ。安価な素材を使いながら、見た目だけは質を保ってやがる。……まぁ、まともに数回打ち合えばすぐにボロボロになる代物だがな」 ハックは苦々しく吐き捨てた。 「だが、俺たちが丹精込めて一振りを打つ間に、向こうは何十本もの『そこそこの品』を市場に流し込んでやがる。安さに釣られてみんなそっちを買う。この『量』の暴力は、戦場だけじゃなく経済まで食い荒らしてやがるぞ」
「安さと物量による経済侵略か……。帝国は合理的すぎるな」 俺が考え込んでいると、ガルドが身を乗り出してきた。 「あと、ギルドの奴らが怯えてたぜ。北の鉱山の奥深くに『飛竜』が居着いたらしい。今はまだ静かだが、ありゃあ不吉な前触れだ」
(ワイバーンか。これぞファンタジーだな……。乗れたりするのか? もし帝国が空から攻めてくるなら、この街の防備は紙同然だぞ)
食事を終え、俺は窓から外を眺めた。街道には、王都へと向かう穀物を積んだ馬車の列が、夜通し松明を揺らしながら延々と続いている。
4. 集積される「冬の希望」
それから数日後、プラントの稼働と同時に、城下町周辺の村々へ「どんぐり収集」の大号令が飛んだ。
街道には、開発した『新型リヤカー(標準軸受搭載型)』が数え切れないほど連なっている。かつては数人がかりで運んでいた重い荷も、摩擦係数を極限まで減らした軸受のおかげで、子供や老人でも軽々と運搬できている。
「智也、次が来たぞ! 西の村からどんぐり、リヤカー五台分だ!」
ガルドの声と共に、集積場には文字通り「山」のようなどんぐりが積み上がっていく。それらは休むことなく水車を動力としたベルトコンベア(皮製)に載せられ、唸りを上げるプラントへと吸い込まれていった。
プラントの隣に併設された複数の倉庫。そこには、朝まで空だった空間を埋め尽くすように、真っ白な「どんぐり粉」の袋がどんどんと積み上げられていく。
「……すごいわ。小麦が運び出されるのを見て不安だった人たちが、この袋を見てみんな笑顔になっているわ」
リュミアが感銘を受けたように呟く。積み上がる粉の袋は、ただの食料ではない。この街の冬を、命を繋ぎ止めるための物理的な「安心」そのものだった。
5. 宵の静寂と、冷えゆく夜
夕食後。事務室で配布キットを整理していた俺の背後に、足音が聞こえた。
「智也くん、お疲れ様」
振り返ると、そこには手に書類を持ったエルナが立っていた。……が、俺は一瞬で思考がフリーズした。今日の彼女の寝巻は、いつにも増して「目のやり場に困る」ものだったのだ。
薄いシルクのような生地は、ランプの光を透かして身体の柔らかなラインを露骨に浮かび上がらせている。心なしか胸元の開きも深く、彼女が身を乗り出して机に書類を置くたびに、俺は必死に天井のシミを数える羽目になった。
「エルナ、助かるよ。このプラントを動かし続けるには、正確な備蓄量が必要なんだ」 「えへへ、もうバッチリだよ。智也くんが今日一日どんぐりと戦ってた間に、ビトルくんと協力して調べたんだから」
彼女は俺の動揺に気づいているのかいないのか、いたずらっぽく微笑みながら至近距離まで顔を近づけてくる。ふわりと甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。
「……じゃあ、私はもう部屋に戻るね。あんまり根詰めすぎちゃダメだよ?」
エルナはそう言って、確信犯的なウィンクを一つ残すと、軽やかな足取りで自分の部屋へと戻っていった。俺は大きく息を吐き、激しく打つ鼓動を鎮めるのにしばらく時間を要した。
6. 誇り高き人の、ささやかな郷愁
エルナと入れ替わるように、バルコニーの方から誰かが夜風に吹かれている気配がした。ラナだった。 彼女は銀色の月光を浴びながら、遠く北の空を見つめていた。その横顔は、いつもの凛とした「獣人族の令嬢」としての仮面が少しだけ剥がれ、幼い少女のような寂しさを湛えていた。
(……北の空。スノウィ村の方角か)
「ラナ、まだ起きてたのか」 声をかけると、彼女は肩をびくりと震わせ、すぐにいつもの穏やかで強い微笑みを作った。
「ええ、少し風に当たりたくなりまして。……智也殿、プラントの完成、本当にお見事でしたわ」 「……ああ。でも、ラナこそ無理してないか? スノウィ村が恋しくなったんじゃないか?」
俺の問いに、ラナの瞳が微かに揺れた。だが、彼女はすぐに首を振る。 「いいえ。皆が智也殿を信じて、これほど必死に働いているのです。わたくしだけが弱音を吐くわけには参りません。……この街の人々の冬を守る。それが今のわたくしの誇りですから」
強がっているのは明白だった。重圧に耐えながら慣れない街で奔走する彼女の心は、本当は今すぐにでも村に帰りたいと叫んでいるのかもしれない。だが、俺が全力で「理」を形にしている姿を見ているからこそ、彼女は自らに弱音を許さないのだ。
「……そうか。でも、たまには息を抜けよ。俺が保証する。冬は必ず越せるし、いつか笑って村に帰れるさ」 「……ふふ。ありがとうございます、智也殿」
彼女はそう短く答えると、再び北の空へと視線を戻した。その背中は、どこか儚く、けれど誰よりも気高く見えた。
俺はバルコニーの手すりに寄りかかり、次の手を考えていた。
どんぐり粉(炭水化物)の量産体制は整った。これで当面の餓死は防げる。だが、人間はエネルギーだけでは生きていけない。健康を維持し、強靭な兵士を育てるには、筋肉の、そして生命の源が必要だ。
(どんぐりの次は、タンパク質だ)
スノウィ村で俺たちがやったことだ。幸い、このフィアレル領の大河には、家畜を凌駕するほど豊かな「生命」が眠っている。必要なのは、あの村で手作りした道具じゃない。この領都の生産力を活かした、大規模な「工業的タンパク質加工プラント」だ。
【読者の皆様へ】
いつも応援ありがとうございます。 日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。
今回は[十連式スタンプミル]と[階段式濾過槽]をクラフトしました。特に十連式スタンプミルはやりすぎかなと、いろいろと設定を迷いましたが....。
本作品では「現代知識の転移」による爽快感と楽しさを優先している、と甘えさせてください。
※突っ込みどころたくさんあると思われますがご勘弁を、、ひぇー。
あと、ワイバーンはいずれ『王国側の空軍』として活躍させたいと考えてますが、現時点では妄想段階です。
~うーん、どこで出すか、ガルドとラナが絶体絶命のピンチの時にレオンとともに登場!!とかだとカッコイイなぁとか~
智也たちの物語は続きます。次章もどうぞお楽しみに!




