第47話《救国の車列と大型倣い旋盤》
1. 「標準」という名の静かな狂騒
領都フィアレルの国立工房。そこは今や、数日前までの静寂が嘘のような熱気に包まれていた。
「オラオラ! 手を止めるな! 鋼の産声を聴け、それが新しい時代の足音だ!」
グレンの怒号が響く。彼の目の前には、スノウィ村の『三代目』を母機として産み落とされた四台の精密旋盤(孫機)が規則正しいリズムで回転し、さらにその奥には、巨大な木材を豪快に振り回すための『大型倣い旋盤』が二台、圧倒的な存在感で鎮座していた。
精密旋盤の一台に齧り付いているのは、ギルド長の孫である天才少年、ビトルだ。彼は魔石ガバナーの動きを鋭い目で見守りながら、器用に調整ネジを回している。
「智也さん、見てください! 回転が完全に一定に縛られています。これなら僕が削っても、グレンさんが魂を込めて打つのと同じ、髪の毛一本分の狂いもなく揃ったボルトが次々と作れますよ!」
ビトルは興奮気味に続け、装置の側面にある小さな魔石ユニットを指差した。
「あと、魔石の出力の微調整も済ませておきました。……でも、これからは魔石力の『残量』を正確に計れる機構も開発しないといけませんね。作業中にいきなり止まったら危ないですから」
その言葉に、俺は思わず作業の手を止めた。 「……魔石の残量を計る計器か。それ、現代でいう『燃料ゲージ』や『バッテリー残量計』の概念だぞ。ビトル、君は本当にすごいな……! そんなことまで思いつくなんて、本物の天才だよ」
「え、えへへ……。そんなに褒められると照れちゃうな。でも、お兄ちゃんの設計を見てたら、もっと便利にしたくなっちゃって」
ビトルは照れくさそうに笑いながらも、その瞳にはさらなる技術革新への熱意が灯っていた。
2. 水と木のパズル、職人の限界突破
大河の畔では、ハックの指揮のもと、巨大な製粉所と倉庫が組み上がっていく。大型倣い旋盤で量産したパーツが、現場でパズルのように噛み合っていく光景は圧巻だった。
「智也、これなら俺たちでも間違えようがねぇな。どんどん運んでやる!」
ガルドが巨大な建材を軽々と担ぎ、設計図通りに配置していく。標準化された部品は、現場での「削り直し」という無駄を完全に排除していた。
精密旋盤で削り出された滑り面とローラーの組み合わせた『標準軸受』の効果は絶大だった。これまで熟練が数日がかりで調整していた主軸の加工が、従来の10分の1以下の時間で終わる。
「智也。……こいつは恐ろしい代物だ。俺が一生かけて追い求めた滑らかさが、この中に閉じ込められてやがるな」 ハックも、自分の経験則が「規格」に置き換わっていく速度に驚きを隠せなかった。
3. 黒い道と、黄金の奔流
城下町と製粉所を繋ぐ道には、使い道に困っていた大量の『黒油(重油)』が投入された。土に染み込ませ、砕石で固めた簡易舗装路は、雨が降ってもぬかるまず、埃も立たない。
「見てください。これが物流の革命です」
その滑らかな道の上を、標準軸受を組み込んだ新型のリヤカーや馬車が、滑るような速さで駆け抜けていく。摩擦が激減したことで、一頭の馬が引ける荷の量はこれまでの倍以上に跳ね上がっていた。
街道の先からは、各村々から供出された大量の穀物を積んだ馬車が、途切れることのない茶色の列となって現れる。それらは次から次へと、完成したばかりの巨大な製粉所へと吸い込まれていった。
(……この効率なら、受け入れも滞らない)
川の力を得た巨大な石臼が、絶え間なく小麦を白い粉へと変えていく。挽きたての香ばしい匂いが立ち込める中、今度は精製された粉の袋が、再び『標準馬車』へと積み込まれ、王都へと向かう。
重油の道を、王都へと向かう穀物袋の茶色の列が埋め尽くす。それは、前線で飢えに怯えていた何万人もの同胞を救う、文字通りの「生命線」だった。
隣に立つリュミアが、あの日贈ったペンダントにそっと触れながら、潤んだ瞳でその光景を見送っていた。
4. 宵の報告:静止した百年の時計
その日の作業を終え、拠点に戻った俺たちは、夕食を囲みながら各自の報告を行った。
「騎士団の奴らを見てきたぜ」 ガルドが肉を頬張りながら口を開く。 「個々の練度はめちゃくちゃ高い。特に団長さんは半端ねぇ力量だ、ありゃあ化け物だな。……ただ、装備や作戦面はなんていうか……古臭ぇ。俺も戦術のことは詳しくねぇが、村で智也とやってたような効率の良さは微塵も感じなかったぜ」
続いて、ラナが静かに頷き、手元の資料を整理した。 「わたくしも武具蔵を検分して参りましたが、驚きました。この国の武具は、ここ百年ほど全く進化しておりません。……おそらく、長らく対モンスターの掃討戦ばかりだったため、それ以上の性能を求める必要がなかったのでしょう。罠や攻城兵器も、驚くほど旧態依然としています」
百年の停滞。それは平和の証でもあったが、これからの帝国戦においては致命的な弱点になりかねない。
「ただ、一つだけ良いこともありましたわ」 ラナが少しだけ表情を和らげ、「先ほど、重油の道で荷車を引く老いた商人に会いました。わたくしたちの標準軸受に変えた途端、『死んだ女房が後ろから押してくれているのかと思った』と、涙を流して喜んでおいででした。理の進化は、戦いのためだけではなく、誰かの人生を確実に軽くしているようですわ」
「……そうか。なら、作った甲斐があったな」 俺たちは顔を見合わせ、少しだけ誇らしい気持ちになった。
5. エルナの日記:板に刻まれる「知恵」
深夜。事務方を指揮するエルナは、各村へ配るための木札を整え終え、一息ついた。彼女は机の隅に置いた自分だけの日記帳を開き、ペンを走らせる。
〇月×日 晴れ(領都の風は少し冷たい)
今日も智也くんの作業はすごかった。
お昼休みの時、彼は重油まみれの顔で、一生懸命に新しい図面を引いていた。それを見ていた領の役人さんたちが「魔法なしでこの速度はありえない」って腰を抜かしていたの。
その時の智也くん、少しだけ得意そうに鼻をこすって……えへへ、ああいうところ、やっぱり可愛いなって思う。
ギルド長の孫のビトルくんも、智也くんを「お兄ちゃん」って呼んですっかり懐いてるみたい。智也くんが彼を天才だって褒めた時の、二人の嬉しそうな顔ったらなかったな。
彼の知恵は、ただ便利なだけじゃない。こうして形にして、明日には各村へ届く。そうすることで、会ったこともない誰かの「明日」を確実に楽にしているんだよね。
明日の朝一番、この木札を村々に届けよう。きっと、みんな驚くはず。智也くん、明日も無理しすぎないといいな。おやすみなさい。
俺は窓の外、街を照らす灯火を見つめ、静かに拳を握った。 仕組みは整った。
窓の外、街道を走る馬車の灯火を見つめながら、俺は静かに拳を握った。
黒油の道と標準馬車によって、領内の穀物はかつてない速度で王都……最前線へと吸い込まれていく。それは兵士たちを救うが、同時にこの領地に「冬の飢え」という名の空白を残す。
(……小麦が足りないなら、代わりを見つければいい。スノウィ村で俺たちがやったことだ)
幸い、このフィアレル領の周囲には、小麦を凌駕するほど豊かな「どんぐり」の森が広がっている。必要なのは、あの村で手作りした小さな道具じゃない。この領都の生産力を活かした、大規模な「どんぐり加工プラント」だ。
夜風に吹かれながら、俺は次の設計図――山積みのどんぐりを一瞬で黄金の粉に変え、人々の冬を守り抜くための「大型破砕機と自動濾過装置」を頭の中で描き始めていた。




