表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/64

第43話【コモンス王国①】《西の都、竜姫の憂鬱》

1. 嘘を吐ける王女、孤高の仮面

大陸の西方、緑豊かな平原に佇む王都。その中心に聳える王城のテラスで、皇太子であり王女であるヴァレリアは、燃えるような夕闇に沈む街を見つめていた。


十九歳。頭部には気高く、そして硬質な竜の角を抱いている。


揺らめく炎のように鮮やかな赤髪をたなびかせる彼女は、その美貌から「王国一の美女」と謳われ、その名は国境を越え、敵対するラグナ帝国にまで知れ渡っていた。


だが、その美しさは常に冷徹な責任感という鎧に包まれている。


彼女には、誰にも言えない一生の秘密があった。


この王国の民には、太古より伝わる『真実の制約』のようなものがかかっていると聞いている。公の場や重大な決断において、人々は嘘を吐くことが生理的にできない。皆、清廉で真っ直ぐにしか生きられないのだ。


だが、ヴァレリアだけは違った。彼女は竜の力が強く出た影響か、この国では珍しく「嘘を吐ける特異体質」だった。


幼い頃、些細な隠し事のために母に吐いた嘘。その瞬間、最愛の母が自分に向けた「自分とは違う生き物を見ているような、得体の知れない異物を畏怖する目」。あの凍り付くような視線は、今も彼女の心に消えない傷として刻まれている。


それ以来、彼女はその能力を忌まわしいものとして封印し、孤独の中で己を律してきた。


(……だが皮肉なものだ。この忌まわしい『能力』こそが、平和主義者だが武事にはあまりに疎い父様の理想を、陰から支える唯一の武器になるとは)


2. 絶望的な生産力の差

城の奥深く、重厚な扉に閉ざされた対策会議室。円卓に広げられた地図を前に、ヴァレリアは重臣たちの報告を聴いていた。


「皇太子殿下、ラグナ帝国の圧迫が臨界点に達しております。経済的な締め付けに加え、国境付近での軍事演習は常態化。さらに、南方の平地では散発的ですが、小規模な小競り合いが始まっております」


老練な将軍の言葉に、ヴァレリアは鋭い眼光を投げかけた。


「……南の帝国は、魔石を動力に使った大規模な工房を稼働させているという。我が国の熟練職人が一本の剣を精魂込めて叩き上げる間に、奴らは仕組み化された工房で十本の剣を作り出している。我々は武力でも経済でも、その巨大な『数』の暴力に飲み込まれようとしているのだ」


王国には、帝国の圧倒的な量産体制に対抗できるだけの「仕組み」が決定的に欠けていた。


3. 収穫の始まりと、非情な天秤

すでに南方からは戦火を逃れた難民が出始めており、食料、建築用の木材、そして最前線に送るべき武器が決定的に不足し始めていた。


「殿下、もはや猶予はございません。今年の収穫が各地で始まりつつある今、各領地へさらなる供出を依頼するほか……」


家臣の進言に対し、ヴァレリアは胸を締め付けられる思いだった。各領地も疲弊している。特に東の辺境、貧しいフィアレル領などにこれ以上の負担を強いるのは、あまりに過酷だ。


だが、彼女は「嘘」という毒を飲み込み、冷徹な仮面を被らなければならなかった。


「……全領主へ緊急通達せよ。王家の名において、食料、木材、武器の供出を要請する。今年の収穫が始まりつつある今、各領にてできる限り供出するように命じよう」


ヴァレリアは一度言葉を切り、震えそうになる声を鋼の意志で抑えつけた。


「……だが、国民が飢えてはいけない。決して死なせてはならぬ。……各領主には、領民が冬を越せる『ギリギリのライン』を見極め、その余剰のすべてを差し出すよう伝えなさい。応じる領地には、将来必ずや報奨を約束する」


「はっ!」


家臣たちが退室していく中、彼女は独り、椅子に深く身を沈めた。 「ギリギリのライン」など、現場で守られる保証はない。そして「将来の報奨」も、空っぽに近い王家の金庫を知る彼女にしか吐けない、悲しい嘘だった。


「……どこかに、この状況を覆す『力』はないのか。一人の英雄ではなく、国という仕組みそのものを守り抜くような、圧倒的な知恵が……」


彼女の呟きは、薄暗い会議室に虚しく響いた。 この時、彼女はまだ知らない。 自分が「死の宣告」にも等しい供出命令を送ったフィアレル領の、そのさらに奥深くにあるスノウィ村で、一人の男が「帝国さえも驚愕させる精密な未来」を、すでに形にし始めていることを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ