第41話《村の小さな産業革命》
1. 職人の『手』という壁
スノウィ村の鍛冶場。俺の前には、村で一番上等な『棹旋盤』が置かれている。 足踏みペダルを踏むと、天井のしなやかな木の棹が、紐を介して主軸を回す。だが、これは踏む時しか回らない「往復回転」だ。
また、ペダルを踏む時しか削れず、戻る時は逆回転するため、効率が悪く精密な加工には向かないのが欠点だ 。
「これじゃあ、木の皿を削るのが精一杯だ。刃先を当てる角度も、削る深さも、全部グレンさんの『指の感覚』に頼ってる」
(……今の旋盤は、あくまで工芸のための道具。これでは、どんなに腕が良くても、同じサイズのネジや軸を何百本も作る『規格化』には届かない。帝国に対抗するには、職人の勘を量産する仕組みが必要だ)
俺はグレンさんとハックさんの前に、例のドワーフの少年から譲り受けた精密パーツを並べた。 真鍮製の『魔石式ガバナー』。そして、鈍い光を放つ『静振石』と『吸熱石』だ。
「……なんだ、このちっこい細工は? 高価な宝飾品か何かか?」 グレンさんが太い指先で、壊れ物を扱うようにパーツに触れる。
「これは、俺たちの旋盤を『工芸』から『工業』に変えるための制御装置です」
俺は二人に、定速回転がもたらす「精密」の概念を説明した。 回転がぶれないから、削り跡が滑らかになる。回転が一定だから、軸の太さがミリ単位で揃う。 「職人の勘」を「機械の論理」で補完する――その熱弁に、二人のベテラン職人の目がぎらりと光った。
『静振石』は、振動を魔力で打ち消し、刃先をピタッと静止させます。熟練の勘がなくても、鋼の表面を「鏡」のように滑らかに、かつ正確な太さに削り出せるようになります。
また、『吸熱石』は発生した熱を瞬時に魔力として吸い込み、別の場所に逃がします。刃がボロボロにならず、いくつもの制作物を同じ刃で、高速に削り続けることが可能になります。
「……面白ぇ。要は、俺たちの腕をこの小さな塊に覚え込ませるってわけだな」
2. 第一の旋盤:鋼鉄の骨格と『凪』
「智也、言われた通りに打っておいたぞ。……こいつなら、丸太を載せてもビクともしねぇ」
グレンさんが鍛え上げた、重厚な鋼鉄製のベッド(土台)が工房に運び込まれた。これまでの木製フレームとは比較にならない重量と剛性だ。俺はまず、水車の力をベルトで伝え、一方向に回転し続ける仕組みをそこに組んだ。
だが、いざ回してみると、鋼鉄の骨格が激しく震え始めた。軸受のわずかな隙間で主軸が踊り、凄まじい「びびり振動」が発生したのだ。
「……ダメだ。台座が鉄になっても、回転の『ガタ』が鋼の硬さに負けてる。刃先が跳ねて、表面がガタガタだ!」
「智也殿、風を一度だけ通しますわ。……その震え、わたくしの風で、凪に変えて見せましょう」
ラナが静かに手をかざすと、『静振石』が微かに発熱し、一瞬、金属特有の嫌な高音が消え、回転軸がピタリと中心に固定された。
「今だ、グレンさん。締め上げてください!」
魔法はきっかけに過ぎない。俺とグレンさんは、固定された瞬間を逃さず、『黒油』を染み込ませた革を軸受に噛ませ、ボルトを限界まで締め上げた。
魔法が切れた後も、鋼の重みと、『静振石』による微細な振動を魔力で相殺(逆位相の振動を発生)する力、そして整備された軸受が馴染み、鉄を正確に刻める安定した回転を手に入れた。
3. ステップ2:刃物の固定――『手』から機械へ
次に、職人が「手」で持っていた刃物を、機械側にボルトでガッチリと固定する『刃物台』を設置した。十字のハンドルを回すことで、刃物を縦横に一ミリ単位で正確に動かすことができる。
「グレンさん、今度は刃物を手で持たないでください。このハンドルと目盛りを信じて、刃を送り出すんです」
「……智也。これじゃあ、俺の指の感触が伝わらねぇぞ。……あ、いや。待て。……一度位置を決めちまえば、誰がやっても同じ深さまで削れるのか!」
固定された刃先は逃げ場がなく、摩擦熱で赤熱しやすい。そこで刃先に【吸熱石】を配した。石が強制的に熱を吸い上げることで、刃先がなまることなく、長時間連続で鋼を削り続けられるようになったのだ。
4. ステップ3:動力の安定化――回転の『理』
最後は、水車の力をベルトとプーリーで主軸へ伝え、一方向への連続回転を実現した。主軸には巨大な『フライホイール(弾み車)』を載せ、回転のムラを物理的に押さえ込む。
仕上げに、主軸の回転と刃物台を連動させる「親ネジ」を組み込み、その回転を制御する【魔石式ガバナー(調速機)】を装着した。
「回転が上がれば重りが開き、自動でブレーキがかかる。これで回転は常に一定……『回転のムラによる寸法の狂い』は、これで克服できました」
5. 精度の連鎖:自分を超えるための論理
ここからは、純粋な「論理」の戦いだった。魔石が整えた「安定した環境」を土台に、機械が自分自身の限界を超えていく。
「グレンさん、ここからは俺たちの根気勝負です。この『一代目』を使い、自分より精度の高い『二代目』を作ります」
まず、一代目の旋盤を使い、わざと極端に長いネジと、それに噛み合う長いナットを削り出した。 一本のネジ山には、俺の手ぶれや機械のガタによる『うねり』が必ず乗る。だが、「長いナット」を使えば、その百以上のネジ山が互いの凸凹を打ち消し合い、滑らかな「平均値」の動きだけが抽出される。その動きを基準にして隣にもう一本ネジを刻めば、それは一代目より確実に「真っ直ぐ」になるのだ。
(……ネジ山の誤差を、百の山で平均化する。これが、自分より精度の高い『親ネジ』を作るための、工学の聖典だ)
作業が深夜に及んだ頃、リュミアがふきんを持って俺の隣に座った。 「……トモヤ。また、顔が真っ黒」 彼女の指先が、俺の頬についた煤をそっと拭う。至近距離で見つめる彼女の瞳に応援され、俺たちは三枚の鋼鉄板を順繰りに擦り合わせる『三面擦り合わせ』へと突入した。
三枚の板を交互に合わせ、わずかに光る「高い点」をひたすら削り落とす。二枚では凹凸が合うだけだが、三枚なら数学的に「絶対的な平面」しか残り得ない。 数日後、ついに『三代目精密旋盤』が産声を上げた。
「……回すぞ」
グレンさんがハンドルを回す。 一代目の「ゴリ……」という感触は消え、まるで絹の上を滑るような無音の回転が始まった。 削り出された鋼の軸は、この時代では驚異的な精度を誇り、エルナの持ってきた規格ゲージに吸い付くように収まった。
「……智也。こいつぁ、もう『道具』じゃねぇ。……『理』を量産する機械だな」
6. 子:大型倣い(ならい)旋盤の誕生
精密旋盤が完成したことで、俺はすぐさま「次の機械」の製作に取り掛かった。 三代目で削り出した高精度な歯車と軸受を使い、巨大な木材を振り回すための『大型倣い旋盤』を産み落としたのだ。
「ハックさん。こいつは、水車の羽根を爆速で量産するための『専用機』です」
精密旋盤で切り出した「羽根の形の鉄板」を横に固定し、刃物台には型をなぞるための「触針」を取り付けた。触針が型をなぞれば、連動した巨大な刃が、丸太を全く同じ羽根の形に次々と削り出していく。
「智也、これ……俺が一日がかりで削ってた羽根が、一時間も経たずに出来ちまったぞ!」
ハックさんが絶句する。 精密な『親』が、論理によって効率的な『子』を産んだ。これで、水車のパーツを積み木のように組み立てられるようになる。
窓の外では、新しく完成した高効率水車が、かつてないほど力強く、それなのに驚くほど静かに回転を始めていた。その一定のリズムは、停滞していたこの世界の時間を、力強く押し進める鼓動のように聞こえた。
【読者の皆様へ】
いつも応援ありがとうございます。 日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。
棹旋盤から三代目精密旋盤にするまでの過程をつくるのにすごく苦労しました。また、説明が多くてつまらないかもしれないとの葛藤が多くありましたが、今後のクラフトには必須の機構だったので書かせていただきました。
智也たちの物語は、いよいよ村を飛び出してフィアレル領全体のクラフトへ足を踏み入れていきます。次章もどうぞお楽しみに!




