第40話【フィアレル領⑥】《天才少年とささやかなプレゼント》
1. 天才の胎動と、精密の鼓動
翌朝。俺たちは領主様から授かった銀のバッジを胸に、城下町の北側に広がる工房街へと足を運んだ。バッジの威力は絶大で、気難しい顔をしていた門番たちも、刻印を見るなり即座に直立不動で道を空けた。
「おお、あんたが噂の……。私はこのギルドを預かる者だ。昇降機の一件、感謝するよ。おかげで職人たちに活気が戻った」
工房の奥から現れた初老のギルド長は、温かく俺の手を握った。一通り広大な工房を案内してもらったが、基本技術は村のグレンさんやハックさんたちと大差ない印象だった。 だが、奥にある「精密加工部屋」へ案内された時、空気の密度が変わった。
「ここは私の孫の部屋でな。……おい、お客様だぞ」
部屋の隅では、十四歳くらいのドワーフの少年が、ボサボサの頭を掻きながら作業台に向かっていた。
「……魔力の波形が一定じゃない。……回転軸の慣性モーメントを計算し直さないと……」
ギルド長は苦笑いしながら言った。「物心ついた時から何か作っててな。特に魔石の挙動に目がなくて。想像力はいいんだが、まだ一つも実用になった試しがない『ガラクタ屋』さ」
だが、俺の目は、彼が試作していた「魔石式ガバナー(調速機)」に釘付けになった。
「君、どうしてこの重りをこの位置に配置したんだ?」
俺が尋ねると、少年は顔を上げ、俺の目をじっと見据えて答えた。
「……出力されるエネルギーが暴走しないようにするためだよ。回転が上がると遠心力でこのアームが開いて、摩擦で回転を抑える。魔力の消費を『時間』という単位で一定に切り出すための、フィードバック機構なんだ」
(……絶句した。この世界にも大きな塔にあるような大型の機械式時計は存在する。だが、それらは巨大な『重り』と『長い振り子』を動力にしている。……彼は魔石の力を使い、それを手のひらサイズに凝縮しようとしているのか。これは、現代でいう『懐中時計』……いや、魔石を水晶に見立てた『クオーツ・ウォッチ』の原型じゃないか!)
「なるほど、素晴らしい。……じゃあ、こっちの石は?」
「わ、わかるの!? これは『静振石』! 物質の共振周波数に合わせて逆位相の魔力をぶつける試作なんだ。フレームに埋め込めば、金属特有の嫌な震えを相殺できる。……でも、これ自体は何も生み出さないし、みんなには『ただ静かになるだけの石』って笑われるんだ」
(……現代の『アクティブ制振』だ! この時代の旋盤が金属加工に耐えられない最大の理由は、剛性不足による『びびり振動』だ。この石があれば、フレームを巨大にしなくても、鋼をガリガリ削ってもビクともしない超剛性を実現できる……!)
彼は息つく間もなく、隣の鈍く光る青い石を手に取った。
「こっちは『吸熱石』! 熱を魔力に変換して一時的に閉じ込める性質を持たせたんだ。これを刃物の先端に装着すれば、摩擦で発生した熱を強制的に吸い上げられる。熱を逃がす場所がない『固定された刃物』でも、これならなまらずに削り続けられるはずなんだ!」
(……現代の『強制冷却』や『ヒートシンク』の思想そのものじゃないか。固定された刃は逃げ場がなく熱を持ちやすい。それを石で直接冷却できれば、長時間連続で鋼を削る『重切削』が可能になる。……これは天才なんて言葉じゃ足りないぞ)
「君の理論は正しい。特にこのガバナー、そして静振石と吸熱石があれば、旋盤の精度は劇的に上がる。……これらを譲ってくれないか? 君の『論理』を、俺の村で形にしたいんだ」
少年の顔が、喜びで真っ赤になった。「……うん! 持っていって! 誰も理解してくれなかった僕の作品が、あなたの手で動くなら、それ以上の幸せはないよ!」
2. 二人きり、銀色の時間
昼過ぎ、俺たちは一度解散した。エルナは物価調査、ガルドたちは武器屋の視察へ。 残されたのは、俺とリュミアの二人だ。
「……少し、歩こうか」 「うん、トモヤ」
リュミアが少し照れくさそうに、俺の袖を掴む。 通り沿いの衣料品店に入ると、店主に勧められるまま、リュミアが新しいブラウスを試着することになった。カーテンが開き、出てきた彼女を見て、俺は思わず息を呑んだ。
「……どう、かな。変じゃない?」
薄手の白いブラウスは、彼女のしなやかな肩のラインをうっすらと透かしていた。動くたびに、獣人特有の引き締まった、けれど柔らかな曲線が強調される。
(……改めて思うけど、リュミアは本当にスタイルが良いな。それに、驚くほど美人だ。こんなに素敵な子と、まるでデートのような時間を過ごせているなんて……。日本で深夜まで図面修正とクライアントの無茶振りに追われていた日々を思い出すと、本当に転移してよかったとしみじみ思うな)
俺は動揺を隠すように、隣の露店にあった小ぶりなペンダントを手に取った。銀の鎖に、透き通った青い魔石が一つ。
「リュミア、これ。……村での頑張りのお礼だ。君に似合うと思って」
俺が彼女の細い首筋に手を伸ばし、ペンダントを掛ける。指先がわずかに彼女の肌に触れ、確かな体温が伝わってきた。
「……綺麗。トモヤ、私……これ、一生大切にするね。絶対に、絶対に」
リュミアは胸元の石を愛おしそうに握りしめ、潤んだ瞳で俺を見つめた。
3. 共有される知見、そして村への帰還
夕刻、宿に戻ると、別行動をしていた仲間たちがそれぞれの成果を広げた。
「智也くん、聞いて。市場の流通経路が複雑すぎて、中抜きと廃棄が酷いよ」 エルナが帳面を叩きながら溜息をつく。 「スノウィ村で進めている『規格化』と『保存技術』を導入すれば、この街の物価はもっと安定するはずだよ」
続いて、ガルドが険しい顔で口を開いた。
「冒険者ギルドも困ってたぜ。モンスター討伐の依頼が山積みなんだが、腕の立つ冒険者が少なくてな。被害ばかりが増えて、なかなか減らねぇようだ。みんな、もっと強烈な装備や、確実に動く『仕組み』を求めてるぜ」
「私の見た複数の武器屋も同様ですわ」
ラナがいくつか回ったという店での見聞を語る。
「店主に評判を聞くと、近頃は帝国の製品が多く出回っているそうですが、どれもすぐに切れ味や耐久性が落ちると嘆いていました。帝国は食料こそ豊富ですが、良質な鉄があまり採れないようです。材料の質を落とした見栄えだけの大量生産品……あれでは命を預けられません」
仲間たちの報告を聞き、俺は今日手に入れたパーツを机に並べた。
「みんな、いい収穫だったな。……ガルド、その『被害』を減らすために、まさにこのパーツが必要なんだ」
俺は『静振石』と『吸熱石』を指差す。 「これが旋盤の精度を劇的に変える。回転を一定に保てるようになれば、削り跡のムラが消える。すると、ネジの溝一つとっても一分の狂いもなく量産できるんだ。職人の『勘』や『経験』に頼らず、誰が作っても『壊れない高品質な装備』が手に入るようになる」
熱弁する俺の隣で、ラナが少し困ったように微笑みながら口を開いた。
「……ふふ、智也殿。正直なところ、私にはその小さな部品の理屈はよくわかりません。ですけれど……智也殿がなんだか『とてつもなくすごいもの』を発見した、ということだけは伝わってきますわ」
ラナの言葉に、リュミアもエルナも深く頷く。俺の「熱」が仲間に伝わり、会場の空気は明日への期待で満ちていた。
窓の外に見える城下町の夜景を背に、俺は手に入れたばかりの精密パーツを鞄にしまった。 明日からの村での日々が、今から楽しみで仕方なかった。




