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第4話《族長の家と、治療師フィリオ》

1. 責任の形、地図の線

翌朝。扉を叩く音で目が覚めた。 藁床わらどこから体を起こすと、節々が痛む。


「……トモヤ。準備、できた?」


戸口に立っていたリュミアが、短く問いかけてきた。


彼女の姿は、腕や首に飾りのない、粗い織りのチュニックとズボン姿だった。 布は厚めで、ボタンではなく紐で留めてある。 それなのに姿勢がいいせいか、すっと立った時の線がきれいに見える。


(……見惚れてる場合じゃないな。仕事を勝ち取らないと)


「はい。いつでもいけます。……お母さんの具合はどうですか?」


「今は眠ってる。けど、夜はずっと苦しそうだった」


耳が不安げに伏せられている。 俺はあの『石付きの棒』を杖代わりにして、彼女の後に続いた。


族長の家は、村の北側にある少し小高い丘の上にあった。 そこへ向かう途中、一人の屈強な獣人とすれ違う。


「親父のところか?」


低い声。ライオンのようなたてがみを持つ、ガルドだった。 彼は俺の細い腕を一瞥したが、馬鹿にするような素振りは見せなかった。


「ガルド。……トモヤを連れてきた」


「ああ、聞いてる。戦いが得意そうでは無いが……死にそうな顔はしてないな。親父が待ってるぞ」


族長の家の中は、静まり返っていた。 炉の向こうに座る族長は、圧倒的な存在感を放っていた。


「智也と言ったな。……この村は豊かではない。余所者をただで養う余裕はない」


「承知しております。私にできることで、村に貢献させてください」


俺は丁寧な敬語を意識して、深く頭を下げた。 族長は鋭い眼光を俺に向けたあと、机の上に広げられた古い羊皮紙を指した。


「決める。この村の『地図』を引き直してくれ。水の溜まる場所、風の通り道、建物の正確な配置……。冬を越すための判断材料が足りぬのだ」


「……正確な図面が必要、ということですね」


「そうだ。描き直せるか? 責任はわしが持つ。お前は動いてくれ」


族長は「方針」を先に置き、責任を自ら引き受ける。 その主導的な姿勢に、俺はエンジニアとして信頼を感じた。


2. 碧の瞳と見えない道

ガルドに案内されてリュミアの家へ戻ると、そこには見慣れない人影があった。


透き通るような白い肌。長く、尖った耳。 そして、同性から見ても目が眩むほどの整った顔立ち。


(……エルフ来たー! 本物だ、めちゃくちゃハンサムだ……!)


内心で絶叫する。


「フィリオ。お母さんは……?」


リュミアがすがるような声を出す。 彼は村の治療師であるフィリオ。人間とエルフのハーフだという。


「はじめまして、高瀬です。……治療師、ですか」


「ええ、フィリオです。……智也さん、でしたね。お母様の診察をしましたが、少し状況が良くありません」


フィリオが調合しているのは、数種類の乾燥した葉と根だった。 煮出した液を飲ませているようだが、衛生管理の概念はまだ乏しい。


(煮沸はしているみたいだけど、薬草の成分を抽出するだけか……。対症療法が限界だな)


フィリオは穏やかな瞳で寝室を見つめ、眉をひそめた。


「薬で熱は引くはずですが、原因がここにある気がするんです。まるで、何かが肺を刺しているような……」


俺は家の中をじっくり観察した。 かまどでは火が焚かれている。だが、この世界には『煙突』という概念がないらしい。 天井の隙間から抜けるのを待つだけ。


(……あ。これ、煙の流れが……)


エンジニアとしての直感が働いた。 かまどから出た煙が天井に当たり、部屋の隅にある母親のベッドの上を通り過ぎている。 だが、確信を持つには空気の流れを見なければならない。


「……空気の動きが目に見えれば、何かわかるかもしれないんだけどな……」


俺が何気なく、独り言のように呟いた時だった。


「見たいの? ……わかった」


リュミアが静かに一歩前に出て、手のひらをかざした。


「『水』よ……。細かく、広がって」


彼女の囁きとともに、指先から真っ白な水蒸気が溢れ出した。 それは細かな霧となって、部屋の中に広がっていく。


(……は? え……!?)


俺は硬直した。 リュミアの指先から、ありえない量の水分が生成され、意志を持っているかのように空間を満たしていく。


(……マジか。手品じゃない。……魔法、なのか!?)


科学では説明のつかない現象に、心臓が跳ねた。 だが、その『霧』がもたらした情報は残酷なほどに正確だった。


白い霧はかまどの熱気に煽られ、渦を巻きながら天井へ昇り――。 そして、淀んだ空気の塊となって、一直線に母親のベッドへと降り注いでいた。


「……そこだ」


俺の声に、フィリオとリュミアがハッとしたように霧の動きを追う。


「……煙が、お母さんのところに溜まってる……」


「ええ。この『見えない道』が、一番の原因です」


魔法で見せてもらったのは、一瞬の景色だった。 けれど、それは俺に確信を与えてくれた。


(仕組みが分かれば、あとは設計の問題だ)


リュミアが俺をじっと見つめている。 驚きで固まっている俺に、彼女は少しだけ耳を揺らした。


「トモヤ。……ありがとう。気づかなかった」


短い言葉。 魔法に驚愕する俺をよそに、彼女の瞳には、俺の『知恵』に対する小さな信頼が宿っていた。


冬の風が、外で静かに鳴っていた。


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