第4話《煙の道と、碧い霧の導き》
1. 責任の形、地図の線
翌朝。格子の隙間から差し込む、柔らかな陽光で目が覚めた。 藁床から体を起こすと、節々が少しだけ痛む。
(……14連勤の後に、この環境。普通なら腰が死んでるところだけど。若い身体ってのは、それだけでチートだな)
「……トモヤ。起きた? 水、飲める?」
戸口からリュミアが顔を出した。 彼女の案内で外へ出ると、村は朝の活気に満ちていた。 黄金色に色づいた小麦の刈り入れが佳境となり、村人たちが汗を流している。
家々はどれも粗末な造りで、屋根は草を葺いたものばかりだ。 けれど、そこを走り回る子供たち――ぴこぴこと動く耳を持つ彼らの笑顔は明るい。 決して豊かではないが、ここには清浄な空気と、穏やかな時間が流れていた。
族長の家へ向かう道すがら、一人の屈強な獣人とすれ違う。 ライオンのような金髪をした大男で「ガルドだ。」と短く自己紹介してくれた。
「親父(族長)のところか?」
低い声。だが、そこには警戒ではなく、純粋な気遣いがあった。 彼は俺の細い腕を一瞥し、ふん、と鼻を鳴らした。
「……智也だったか。戦いは得意そうにねぇが、何かを持ってそうな面構えだな。あまり無理はするな。力仕事があれば俺に言ってくれ!」
(……いい人だな。ちゃんと『隣人』として認めてくれようとしている)
「ありがとうございます、ガルドさん」
「……おうっ。またな!」
彼はそう言い残し、丸太のような腕で俺の肩を軽く叩いて去っていった。
族長の家に入ると、正面に座る主が目に入った。 圧倒的な存在感。どう見てもオスのライオンそのものだ。現代の会社でいえば、威厳のある役員のような貫禄を感じる。
「智也と言ったな。……リュミアから少し聞いた。お前は、この村や家を『空から見た視点』で描けるようだな」
「……はい。俯瞰して図面に落とし込むことは可能です」
「そうか、では、これを見てくれ。」族長は机の上に広げられた、古い羊皮紙を指した。
「この村の『地図』を引き直してくれ。水の溜まる場所、風の通り道、畑の配置……。村を維持・発展させるための判断材料が足りぬのだ。お前の知恵、この村の『根』を強くするために貸してくれ。」
「承知しました。精一杯、務めさせていただきます」
族長の方針は明確だ。現状の非効率を認め、改善の「種」を求めている。 (ついて早々、役割ができたな。……やってることは現代の仕事の延長で良かった。それにこの異世界でも誰かの役に立てるなら、悪くない気分だ)
2. 碧の瞳と、異世界の『理』
リュミアの家へ戻ると、そこには見慣れない人影があった。 透き通るような白い肌。人間とエルフのハーフだという、治療師のフィリオさんだ。
(……エルフ来たー! 本物だ、めちゃくちゃハンサムだ……!)内心で絶叫する。
「フィリオ。お母さんは……?」リュミアがすがるような声を出す。
「ええ、今は大丈夫です。……ただ、少し状況が良くありません。熱は引いたのですが。」
フィリオが調合しているのは、数種類の乾燥した葉と根だった。 煮出した液を飲ませているようだが、衛生管理の概念はまだ乏しい。
(煮沸はしているみたいだけど、薬草の成分を抽出するだけか……。対症療法が限界だな)
俺は家の中をじっくり観察した。 かまどでは火が焚かれている。だが、この家には『煙突』がない。 天井の隙間から自然に抜けるのを待つだけだ。
(……あ。これ、煙の流れが……)
エンジニアとしての直感が働いた。 かまどから出た煙が天井に当たり、部屋の隅にある母親のベッドの上を通り過ぎているように見える。 だが、確信を持つには、この透明な空気の流れを「見る」必要がある。
「……空気の動きが目に見えれば、何かわかるかもしれないんだけどな」
俺が何気なく独り言のように呟いた、その時だった。
「……見たいの? わかった」
リュミアが静かに一歩前に出て、手のひらをかざした。
「『水』よ……。細かく、広がって。道を教えて」
彼女の囁きとともに、指先から真っ白な水蒸気が溢れ出した。 それは細かな霧となって、部屋の中に広がっていく。
(……は!? え……マジか!? 手品じゃない、本物の魔法だ……!)
俺は内心で絶叫した。 目の前で物理法則が書き換えられている。 けれど、その『霧』がもたらした情報は、残酷なほどに正確だった。 白い霧はかまどの熱気に煽られ、渦を巻きながら天井へ昇り――。 そして、淀んだ空気の塊となって、一直線に母親のベッドへと降り注いでいた。
「……そこだ」
俺の声に、フィリオとリュミアがハッとしたように霧の動きを追う。
「……煙が、お母さんのところに溜まってる……」
「ええ。この『見えない道』が、一番の原因です」
魔法で見せてもらったのは、一瞬の景色だった。 けれど、それは俺に確信を与えてくれた。
(原因が分かれば、対策を打てば良い。……やるか!)
「リュミア、フィリオさん。この家の空気を入れ替える『道』を作ります。お母さんが、朝までぐっすり眠れるように」
俺の宣言に、リュミアは力強く頷いた。 窓の外では、秋の風が少しだけ冷たさを増していた。
【読者の皆様へ】
最後まで読んでいただき、心より感謝申し上げます。
日常の忙しさの中で、数分でもこのファンタジーの世界を楽しんでいただき、現実から離れてリラックスできる一助となれば幸いです。
泥と石、そして僅かな工夫。 智也が描く一本の線が、リュミアの母の、そして村の「呼吸」を変えていく様子をぜひお楽しみに!
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