第39話【フィアレル領⑤】《技術の種、信頼の芽》
1. 会議室の緊張と、誠実な報告
城の中央に位置する、重厚な会議室。 磨き抜かれた長机の奥には、フィアレル領主が穏やかな笑みを湛えて座っていた。
スノウィ村の族長から聞いていた通り、お人好しが顔に出ているような、温和な雰囲気の御仁だ。
「智也殿、まずは礼を言わせてほしい。数年も動かず、誰もが諦めていたあの昇降機を、まさか到着して数刻で直してしまうとは。街の者たちも喜んでいる」
領主の心からの言葉に、俺は居住まいを正して一礼する。
「もったいないお言葉です、フィアレル様。ですが……あれはあくまで応急処置に過ぎません」
「応急処置、かね?」
隣に座るアリア様が、意外そうに眉を上げた。俺はエンジニアとしての懸念を、正確に伝える。
「はい。現状は固着を取り除き、潤滑油で無理やり回している状態です。今後、雨水を防ぐ『防水カバー』の設置と、軸受けを定期的に交換する体制を整えなければ、またすぐに止まるでしょう。根本的な対策が必要です」
俺の言葉に、領主は深く頷いた。
「……なるほど。目先の成功に浮か足立たず、維持の難しさを説くか。族長が信頼するわけだ」
2. 専門家たちの質疑、それぞれの『解』
会議には領の各部門の担当者たちも同席していた。 ここからは、俺一人の力ではなく、仲間の出番だ。
まず農政官が身を乗り出し、エルナへ問いかける。 「村での収穫量増加のカラクリを、ぜひ詳しく伺いたい」
エルナは淀みなく、抱えた帳面を開いた。
「はい。智也くんの設計に基づき、三つの仕組みを徹底しました。一つ目は、雪解け水を逃がす溝を掘り、根腐れを防ぐための正確な『勾配』を管理したこと」
「二つ目は、穀物と豆類を交互に植える『輪作』の標準化。最後は、糞尿を適切に処理した堆肥を使い、土の質を安定させたことです」
「輪作の標準化か……。我らは今まで土の匂いや、経験による『なんとなく』で種をまいていた。基準を設けて回す……なるほど、それは参考になる」
農政官が感心したようにメモを取る。次に、技術開発部門の官吏がラナへ視線を向けた。
「村の防衛に使われたという『移動型クロスボウ』についても伺いたい。どのような利点があるのですか?」
「はい。智也殿の設計した『照準器』と『軽量化合金』が鍵ですわ」
ラナは凛とした佇まいで、淀みなく説明を続ける。 官吏が身を乗り出し、「その『軽量化合金』とは、どのようなものですか?」と重ねて問う。
「ミスリルと鉄を独自の比率で組み合わせたものです。従来の鋼と同等の強度を保ちつつ、重さは半分以下。これにより、練度の低い兵であっても迅速に展開し、正確な射撃体勢を維持できるのですわ」
「突進力のあるモンスターに対しても、この軽さがあれば兵たちは常に安全な距離を保ち、正確に弱点を射抜くことができます。足の速い相手を、仕組みとしての機動力で封じるのです」
続いて、警備担当の問いに対し、ガルドがこれまでにないほど神妙な顔つきで口を開いた。
「……はい。土の性質を見極め、獲物の重みで自然に発動するよう『仕組み』を作っております。魔法はあくまで、その引き金を軽くする補助として用いております」
(……ガルド、めちゃくちゃかしこまってるな。背筋が伸びすぎてて逆に怖いぞ)
最後に、防疫部門の担当者へリュミアが向き直った。
「……一番大切なのは、水です。智也の作った『石鹸』で手を洗う習慣を広め、汚れた水を溜めないよう排水に『勾配』をつけること。それだけで、村では病に倒れる人が劇的に減りました」
「石鹸……油と灰から作る、あの洗浄剤ですか? なるほど、手洗いがそれほどまでに重要だったとは。体の『澱み』を物理的に洗い流すというわけですな」
担当者たちが熱心に筆を走らせる音が響く。会場の空気は、未来への期待で満ちていた。
3. 認められた知恵、銀のバッジ
一通りのやり取りが終わると、領主フィアレルが満足げに立ち上がり、執事から盆を受け取った。
「智也殿、そして皆。君たちの知恵は、この街に新しい風を吹かせてくれた。これは、私からのささやかな褒美だ」
盆の上には、ずっしりとした金貨の袋。そして、もう一つ。
それは、フィアレル領の紋章が刻印された、銀細工のバッジだった。
「それは領主認定の『技術入館証』だ。これがあれば、領内のあらゆる工房、工場への立ち入りを許可する。職人たちも、君の知恵を求めているはずだ」
(……金以上に、この『通行証』はデカい。これで、より高度な設備に触れられる)
「ありがとうございます、フィアレル様。」
俺はバッジの重みを掌で感じながら、エンジニアとして誠実に一礼した。
4. 宵闇の熱狂と、ひたむきな少女
その夜、城の一角で開かれた懇親会は、和やかな空気に包まれていた。 だが、俺には一息つく暇もなかった。
「ちょっと、智也! さっきの潤滑油の話、もっと詳しく教えてちょうだい!」
アリア様が、食事もそっちのけで俺を問い詰めてくる。 中学生くらいの背丈で、まだ幼さの残る「ちんちくりん」な体型ではあるが、その整った顔立ちは紛れもなく美少女のそれだ。
「アリアさん、近いです。……潤滑油は摩擦抵抗を減らすためのもので……」
「そんなことは分かっているわ! 私が聞きたいのは、その粘度と持続性の関係よ! この街の工場を全部あれで動かせるようになったら、どれだけ皆が楽になるか……。私、ずっと考えていたの。どうすれば、この領地をもっと豊かにできるのかって」
彼女の瞳は、純粋な探究心と、領民への想いでキラキラと輝いていた。
アリア様はただの高慢なお嬢様ではない。誰よりもこの街の停滞を憂い、自分の力で変えたいと願う、ひたむきな少女だった。
「……いいですよ。俺の知っている限り、全部お話しします」
「本当!? 約束よ、絶対にごまかさないでね!」
(……優しいだけじゃ救えない。でも、彼女みたいな意志があれば、俺の設計は形になる)
窓の外に見える城下町の灯りは、まだ疎らだ。
けれど、この熱気が伝播していけば、いつかこの街全体が輝き出すはずだ。 俺はアリア様の質問攻めに苦笑いしながらも、確かな手応えを感じていた。




