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第35話《凱歌の余韻と、西からの風》

1. 毒の封印と、黄金の「電池」

朝陽が昇り、北の尾根にようやく静寂が戻った。俺はまず、抜き取られたボルトの回収作業に入った。


「ハックさん、すみませんが手を貸していただけますか? 絶対に素手で触らないようにお願いします」


「わかってる、智也。……こいつは、それだけヤバい代物だもんな」


俺とハックさんは、防護用の厚い革手袋をはめ、王の遺骸から漆黒の毒が塗られたボルトを一本ずつ慎重に引き抜いた。これをあらかじめ用意していた石造りの密閉箱に収め、さらに鉛の薄板で蓋をして厳重に封印する。


「トモヤ。……その手、震えてる」


隣で見守っていたリュミアが、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。


「……ああ。仕組みが上手くいった安堵と、一線を越えた恐怖が混ざってるんだな。でも、これでいい。この影は、俺たちが背負えばいいんだ」


俺は自分の汚れを隠すように、リュミアに小さく頷いた。目の前には、村を数十年苦しめた伝説の怪物が横たわっている。その胸部を切り開くと、中からこれまで見たこともないほど巨大な、深緑色に輝く魔石が姿を現した。


(魔石は電池みたいなものであると聞いている、これだけの質量なら、大型の水車並みの動力を、水のない場所でも生み出せるはずだ……。現代で言うところの、大容量バッテリーか、それか塔時計を購入して更なる効率をあげるとか良いかもな)


2. 設計と実行:巨躯の運搬

数トンに及ぶ王の亡骸を村まで運ぶ必要があるが、山道の勾配はあまりに険しい。俺は弩台の車輪を応用し、頑丈なカシの木で組んだ「大型ソリ」を即席で設計した。


「よし、全員で引くぞ! 滑車プーリーの原理を使えば、この人数でも動かせるはずだ」


樹木を支点にしてロープを幾重にも通し、倍力システムを構築する。だが、山道の途中で大きな壁にぶつかった。連日の雨と戦闘で荒れた斜面は、想像以上に滑りやすくなっていたのだ。


「智也、まずい! ソリが横滑りしてやがる! このままじゃ谷底に真っ逆さまだ!」


ガルドが必死に踏ん張るが、泥濘ぬかるみに足を取られ、全員の力をもってしても巨躯の重さを支えきれなくなっていく。ソリが嫌な音を立てて傾き、制御を失いかけた。


3. 風の翼と、鋼の路

俺は、傍らで警戒を続けていたラナに向き直った。


「ラナ、すまないが一度だけ『補助』をお願いできるかな。この泥の坂を越える間だけでいいんだ」


「承知いたしました。……風よ、一時だけ重さを忘れさせなさい!」


ラナが風の魔法を展開すると、ソリの背後から強烈な上昇気流と推進力が吹き付けた。巨躯がわずかに浮き上がり、重力から解放された一瞬を逃さず、俺は用意していた「丸太のレール(コロ)」を次々とソリの下に噛ませていった。


「今だ、魔法が切れる前に押し切るぞ!」


魔法による一時的な浮力をきっかけに、摩擦抵抗を極限まで減らした「レール運搬」の仕組みが回り出す。一度動き出した巨躯は、魔法の加護が切れた後も、物理の法則に従ってスムーズに村へと運ばれていった。


4. 西からの来客と、黄金の畑

村の入り口にある監視櫓から、警笛が鳴り響いた。だが、それは敵襲を告げる鋭い音ではなく、来客を知らせる穏やかな響きだった。


街道から一隊の騎馬が現れる。中央に掲げられているのは、この地を治める領主――カバとの亜人――の紋章だ。


「……智也。例の『色煙』と『光の点滅』、遠くの街まで届いていたみたいだね」


エルナが数字を書き留めた板を抱えながら、感心したように呟く。領主の使者は、村の入り口に鎮座する『新緑の王』の亡骸と、それを仕留めた「移動式弩台」を見て、言葉を失っていた。しかし、使者が最も驚愕したのは、村の周囲に広がる風景だった。


そこには、従来より三割も拡張され、収穫を間近に控えて黄金色に輝く広大な小麦畑が広がっていた。


「……この畑の広さは一体。これほどの収穫量など、ありえぬはずだが」


使者が震える声で尋ねる。族長が、威厳と落ち着きを持って使者の前に進み出た。


「ようこそおいでくださいました。見ての通り、村の悪夢であった『王』は、智也の知恵と我らの力で討ち果たしました」


族長は、穏やかに、だが誇らしげに続けた。


「領主様へお伝えください。今年は例年より多めに納税ができそうです。この余剰分は、領全体の発展のためにどうぞお使いください」


使者は深く頭を下げ、その言葉を重く受け止めたようだった。去っていく馬の砂煙を、俺は監視櫓の上から眺めていた。


(……村の平和を守るための仕組みが、外の世界の注目を集めてしまったな。これからは技術だけじゃなく、より大きな『交渉』の力が必要になりそうだ)


「トモヤ。……次、何する?」


リュミアが、俺の隣に並んで静かに問いかける。


「……じゃあ、やるか。この収穫をどう守り、どう広めていくか。次の一手、考えないとな」


俺は新しい設計図を広げ、秋の気配が混じる風を胸いっぱいに吸い込んだ。

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