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第33話《深緑の王と、鋼の境界線》

1. 静寂の谷の怪物と、確定した進軍路

集会所の囲炉裏を囲み、古老が震える指で地図の一角を指した。


「……三本指の王か。奴ならおそらく、北の『静寂の谷』に潜んでおるはずじゃ。あそこは古くから魔物の根城でな……」


族長が深く頷き、場を統率するように口を開いた。


「方針を決めよう。奴を村に一歩でも踏み込ませれば、今の守りでは蹂躙される。だが、森の中にこちらから踏み込むのは無謀だ。智也、奴を確実に仕留められる『舞台』を作れるか?」


そこへ、偵察から戻ったレオンが息を弾ませて報告を入れる。


「ビンゴだ。谷にいやがったよ。熊並みのデカいのが一頭、それに手下のフォレストドッグが二十頭は下らない。ただ、奴らがいつ動き出すかは分からねえ。不気味に静まり返ってやがる」


「進軍経路は北尾根の直進、ここしかない。……智也、村の総力をお前に預ける。設計を始めてくれ」


族長の言葉を受け、俺は板に迎撃の「仕組み」を書き殴った。


「承知しました。……では、村全体を一つの『感知器』にし、奴の機動力を完全に殺す準備を始めます」


2. 広域連絡網:『光と音の回廊』

「――じゃあ、やるか。いつ、どこから来るか分からないなら、村全体を一つの『感知器』にするんだ」


俺はまず、北尾根から村までの進軍経路沿いに、死角を完全に潰すように計六箇所の「遠見のやぐら」を配置した。二十人の若衆を配置し、二十四時間の監視体制を敷く。


「グレンさん、この連絡手段の製作をお願いできますか」


俺が差し出した図面は、内部に遮光板シャッターを備えた「合図用灯籠」と、特定の燃焼剤を仕込んだ「発煙筒」だ。


「昼は、鉱石の粉末を混ぜた『色煙しきえん』を上げてください。夜は、灯籠の蓋を叩いて光を点滅させます」


「智也、これなら遠くの櫓からでも状況が即座に分かるな」


「はい。さらに、グレンさんが削り出した『真鍮の警笛』を吹く数で、敵の方角を知らせるルールにします。難しい暗号にはしません。誰でも一目で、一耳で分かるようにします」


複雑な暗号を廃し、単純明快な「プロトコル」で情報を飛ばす。村に警笛の音が響き、通信訓練が繰り返された。


3. 三層の罠と、移動する『牙』

次に、王の機動力を奪い、確実に仕留めるための物理的な防衛線に着手した。


第一層:強化鉄びし 鋼製の返しをつけた鋭利な鉄びし。これを侵入路の狭い場所に重点的にバラ撒き、足裏を潰して速度を落とさせる。


第二層:拘束アンカー(十重の鎖) 地中深く埋めた横木から頑丈な鎖を伸ばす。これを十箇所ほど設置し、踏み抜いた瞬間に巨体をがんじがらめにする。


第三層:移動式・多連装弩台 五張の強力ないしゆみを並列に固定した大型兵器。台座に車輪を取り付け、全方位への旋回を可能にした。


「今回の作戦の肝は、この弩台です」


俺はハックと族長に、秘策のボルト(矢)を見せた。


「ボルトに頑丈なロープを結び、その反対側を周囲の巨木にきつく固定します。これを何本も王に撃ち込み、樹木に繋ぎ止めて完全に動けなくします」


「……なるほど。自由を奪い、最後に槍隊がとどめを刺すというわけか」


族長が力強く頷く。


ガルドと他の土魔法使いたちが、櫓を繋ぐ外周路へ掌を当てる。


「おうっ! 任せとけ。……土よ、今だけ牙を受け止めろ!」


地鳴りと共に地盤が硬く締まり、その上に石を敷き詰めて「舗装路」が完成した。これで、重い弩台も全速力で移動できる。


4. 戦士の規律と、深夜の毒

「右三十度! 押し込めッ! 遅い、もう一度ですわ!」


舗装路の上では、ラナの鋭い指揮が飛んでいた。 彼女は移動式弩台の運用チームを統括し、警報に合わせてどの射点へ移動すべきか、寸分の狂いもない連携を叩き込んでいる。


(……ラナさんの指揮は流石だな。これなら、どこから来ても数分で火力を集中できる)


夜、俺はリュミアと二人、備蓄庫の奥でボルトの先端に「トリカブトの毒」を塗り込んでいた。


「……智也。これ、本当に使うんだよね」


リュミアが、漆黒の毒液を見つめて静かに尋ねる。


「……ああ。相手は伝説の怪物だ。まともに戦えば、誰かが必ず犠牲になる。卑怯と言われても、俺は全員で明日を迎えたいんだ」


(……毒を扱うのは、俺とリュミア、そしてハックだけに留めておこう。この影は俺たちが背負えばいい)


「……うん。分かってる。私も、トモヤと一緒に守り抜くから」


リュミアの細い指が、俺の作業着の袖をぎゅっと握りしめた。


5. 咆哮、戦いの幕開け

数日続いた静寂が、夜明け前に弾けた。


北の第一櫓から、鋭い警笛が二回鳴り響く。続いて、シャッター灯籠による激しい光の点滅。


『敵、谷を出た! 王を確認! 方位、北北西!』


森の奥から、空気を引き裂くような地鳴りの咆哮が轟いた。 木々をなぎ倒し、こちらへ突き進んでくる巨大な影。


族長が、広場の中央で深く息を吸い込み、村中に響き渡る声で叫んだ。


「――総員、配置につけ! 知恵と仕組みの真価を見せる時だ。……我らが家路、一歩たりとも汚させるなッ!!」


「「「おうっ!!!」」」


族長の魂の叫びに、村が一つになって動き出す。 静寂を破り、ついに『王』との決戦の火蓋が切られた。

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