第31話《豊穣の風と、螺旋翼(らせんよく)の選別機》
1. 黄金の区画と、終わらない「仰ぎ」
スノウィ村の畑の一角、冬に種を撒いた区画が、眩しいほどの黄金色に染まっていた。 「麦秋」。初夏の陽光を存分に吸い込んだ冬小麦が、まさに収穫の時を迎えたのだ。
だが、収穫の喜びも束の間、村人たちの顔には疲労の色が濃い。刈り取った穂を叩いて実を外すまでは順調だったが、その後の「選別」作業――実と殻を分ける工程が、地獄のような泥沼と化していた。
「……智也。これ、いつ終わるんだ? もう腕が上がらねぇぞ……」
ガルドが顔を真っ赤にして、大きな団扇を振り続けている。初夏のねっとりとした湿気のせいで、殻が実に張り付いて離れないのだ。村人たちが総出で一日中腕を振っても、選別できるのはほんの数袋分。このままでは夕立が来る前に収穫物が腐ってしまう。
(手作業で風を送るには、もう限界だ。……幸い、あいつが使えるな)
俺は視線を、村の外縁を流れる水路へと向けた。 そこには、少し前に村の皆で力を合わせて作り上げ、今は水飛沫を上げて力強く唸っている**『轟きだす巨輪』**――巨大な水車があった。
「……じゃあ、やるか」
2. 川の力が運ぶ「知恵」
俺が考えたのは、水車の動力をベルトで引き込み、木箱の中で羽根を回す『自動風力選別機』だ。
グレンさんの工房には、水車の回転を伝えるための太い革ベルトと、大小のプーリー(滑車)が並んでいた。グレンさんが打ち出してくれたのは、水車の凄まじいトルクに耐えうる頑丈な鉄の回転軸だ。
「智也、軸の継手はこれでいいか? 水車の力は、半端な工作じゃねじ切れるぞ」 「ありがとうございます、グレンさん。あの水車の力を、今度は村のみんなの『時間』のために使いましょう」
俺はその軸に、薄く削り出した四枚の羽根を螺旋状に取り付けていく。 水車から伸びる動力がこの羽根を回し、箱の中に「継続的な強風」を生み出す。上部の投入口から麦を落とせば、落下する途中で風にさらされ、重い実だけが手前に落ち、軽い殻は一気に遠くへ吹き飛ぶ。手間も時間もかかる選別作業を、川の力に肩代わりさせる。それが俺の描いた図面の正体だった。
3. 暴れる風と、凪の魔法
しかし、いざ水車の動力を繋いだ瞬間、冷や汗が流れた。 かつて村の新たな力として設置したあの巨大な水車は、想像以上のエネルギーを秘めていた。
「……くそ、パワーが強すぎて制御しきれない!」
水車が唸るたび、選別機の羽根が猛烈な速度で回り、箱の中で風が不規則に荒れ狂う。風が暴れ、肝心の実まで殻と一緒に外へ吹き飛ばされてしまうのだ。かといって水門を絞って回転を落とせば、湿った殻を飛ばすだけの風圧が出ない。
「智也殿。風が悲鳴を上げておりますわ。これでは『知恵』が空回りです」
横で見守っていたラナが、静かに一歩前に出た。その黄金色の瞳が、暴れる機械を冷静に見据えている。
「……私が、やってみますわ」
彼女が静かに指先を上げると、装置の中で荒れ狂っていた突風が、一瞬にして静まった。 いや、止まったのではない。風が透き通るような**「真っ直ぐな流れ」**へと変わったのだ。
暴れていた麦が嘘のように落ち着き、黄金の実だけがストンと真下へ落ちる。軽い殻だけが、吸い込まれるように箱の奥へと消えていった。
(……今だ。この流れを、物理的に固定する!)
俺はラナが作ってくれた「正解の道」をなぞるように、あらかじめ用意していた整流板を箱の内側に差し込んでいった。さらに、水車の速すぎる回転を落とすため、ベルトを大きなプーリーへと掛け替えていく。
ラナが手を下ろし、魔法の気配が消えた後も、装置からは変わらずあの澄んだ風が吹き出し続けていた。
4. 結末:笑顔の収穫祭
「……信じられない。座ってるだけで、どんどん実が溜まっていくわ」
村の女性たちが、次々と吐き出される黄金の実を見て、歓喜の声を上げた。 ついさっきまで汗だくで団扇を振っていたのが嘘のように、今はただ、上から麦を投入するだけで作業が終わっていく。
ガルドたちは団扇を投げ捨て、浮いた時間で体を休め、次の刈り取りへと向かうことができた。 「智也。水車が、こんなに役立つなんてな。村中の肩の荷が、一気に軽くなったぞ」
「お前の知恵は、この村の『根』を強くしているようだな」
族長が満足げに頷き、俺の肩を力強く叩いた。 夕暮れ時、俺はラナと並んで、積み上がった麦の山を眺めた。作業が終わった村人たちの間には、疲れ果てた沈黙ではなく、明日への活気ある笑い声が満ちていた。
(道具が、人の時間を、そして笑顔を取り戻す。……エンジニア冥利に尽きるな)
俺は一息つくと、次の収穫――そして、その先の冬を見据えて、新しい設計案に炭ペンを走らせた。




