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第29話《深緑の試練と、毒を抱く花》

1. 規格が生み出す「一定の力」

グレンさんの工房には、心地よい金属音と木の削り香が漂っていた。作業台の上には、これまでの試作機よりも一回り洗練された、無骨ながらも機能美を感じさせるクロスボウが置かれている。


「智也、これが『量産型』の一号機だ。ハックとお前が描いた板の通りに部品を揃えて組んでみたぜ」


グレンが誇らしげに鼻を鳴らす。俺はそれを手に取り、感触を確かめた。各部品が治具ジグによって管理されているため、ガタつきが一切ない。


「これなら、誰が使っても同じ性能が出る……」


この弩にはクランク式の巻き上げ機構が付いている。非力な俺でもレバーを回せば、戦士が強弓を引くのと同等の張力を弦に蓄えることができるのだ。試しにボルトを放つと、鋭い音と共に二十メートル先の標的に深く突き刺さった。


「わあ、すごい! 智也君、それなら私でも撃てそう!」 エルナが目を輝かせて拍手する。俺は照れ笑いを浮かべながらも、一挺を自分の装備として受け取った。


2. 森からの凶報と、ラナの精鋭

だが、村の平穏を破るように、森の見張りから戻った戦士が息を切らせて駆け込んできた。


「ガルド! 大変だ……森の奥で、フォレストドッグよりも遥かに巨大な『何か』の足跡を見つけた!」


その報告に、工房の空気が一瞬で凍りついた。ガルドが即座に立ち上がる。


「調査隊を出す。ラナ、お前のところの弓隊も出してくれ」


「分かっておりますわ。腕利きの弓手を四名、すぐに揃えましょう」 ラナが凛とした声で応じ、精鋭の弓隊を招集する。俺はすかさず、自分の弩を握り締めた。


「ガルド、俺も連れて行ってくれ。作った武器がどう機能するか、現場で見極めたいんだ」


「ダメだよ、トモヤ。危なすぎる!」 リュミアが反対したが、俺の決意が固いことを知ると、彼女は自分の槍を強く握り直した。 「……分かった。その代わり、私がトモヤの隣で守るから」


こうして、ガルド、ラナ率いる弓隊、俺、そして護衛役のリュミアという編成で、深い森への調査が始まった。


3. 紫の死神と、死角からの牙

村の防衛圏を越え、光の届かない「深緑」のエリアへ。 湿った土の匂いと、獣の気配が濃くなる。


周囲を警戒しながら歩いていると、木漏れ日の差すわずかな空間に、紫色の花が帯のように群生しているのが目に留まった。


毒々しくも美しいその光景に、一瞬足が止まる。


(……あれは、トリカブトじゃないか?)


現代の知識が警鐘を鳴らす。不用意に触るだけでも危ないと聞くし、特に根の毒性は致命的だ。


俺は慎重に、その根を掘り起こした。


(物理的な威力だけじゃ足りない。……まてよ。この猛毒を毒矢として利用すれば、自分の護衛や対モンスター用の最強の武器になるんじゃないか?)


その直後だった。茂みが激しく揺れ、一頭のフォレストドッグが俺を目掛けて飛び出してきた。


「――来る!」


反射的に右腕を突き出し、防護小手のスイッチを入れた。 ガシャッ! という鋭い音と共に、鋼の盾が展開する。


牙が鋼に弾かれ、火花が散る。衝撃を小手で受け止めた俺は、すぐさま弩を構え、巻き上げてあった弦を解き放った。


ボルトは唸りを上げて飛び、フォレストドッグの胴体に突き刺さる。威力は十分だ。だが――。


「キャンッ……!」


魔物は致命傷を避け、逃げようとする。 (……クランクで威力は補えても、急所に当てなきゃ一撃では倒せないのか!)


逃がそうとする魔物の前に、リュミアが電光石火の速さで割り込んだ。槍が一閃し、魔物の足を薙ぐ。


「逃がさない!」 リュミアの鋭い追撃を受けた魔物は、苦悶の声を上げながら、たまらず森の奥へと逃げ去っていった。


4. 巨影の爪痕、そして帰還

「……助かったよ、リュミア」 「ううん、トモヤの盾がなかったら危なかった」


リュミアが安堵の息を吐く。 その後、俺たちはさらに奥で「それ」を発見した。なぎ倒された巨木と、地面に深く刻まれた、見たこともないほど巨大な三本指の足跡。


「……これは、フォレストドッグの比ではありませんわね」 ラナの声が震えている。幸い、その主の姿はなかったが、これ以上の深入りは危険と判断し、俺たちは村へ引き返すことにした。


夕闇の中、村の門をくぐった。背後で扉が閉まる音が響くと、張り詰めていた緊張がようやく解けた。


「トモヤ……」


リュミアが立ち止まり、俺の袖をぎゅっと掴んだ。そのまま、彼女は俺の肩に額を預ける。言葉はなかったが、彼女の肩が微かに震えているのが分かった。



俺たちは死線を共に潜り抜けたのだ。その確かな重みが、不安定だった俺の心を静かに満たしていく。


(……ああ、生きて帰ってきたんだ)


「ただいま、リュミア。……最後まで隣で守ってくれて、ありがとう」


掠れた声で伝えると、彼女は顔を上げないまま、俺の袖をさらに強く握り締めた。



「……うん。おかえり、トモヤ」


その震える声が、俺にとっての何よりの帰る場所だった。


(クランクでの威力、小手の防御、どちらも機能はした。でも、確実に仕留めるには『急所への命中』か……それとも)


俺は震える指先を、もう片方の手で力強く抑え込んだ。 森の奥に潜む巨影に打ち勝つために、俺は持ち帰った「毒」を精製し、この村の武器に組み込む決意を固めた。

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