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第28話《轟きだす巨輪と、黒い知恵の滴》

1. 泥に挑む、力自慢たちの祭典

「――よし、みんな! ゆっくり下ろしてくれ! こいつは『水の重さ』をしっかり受け止めるための大事な軸だ。ここがズレると、せっかくの力が逃げちまう!」


俺の声が川べりに響く。そこにはガルドをはじめ、村の力自慢たちが十数人集まっていた。丸太を組み上げたクレーンを使い、水車の主軸となる巨大な木材を吊り上げている。


「智也、これ、少しでも斜めになったら回らねぇんだろ? 任せろ、俺たちがピタッと止めてやるよ!」


ガルドが豪快に笑い、丸太に太い腕をかける。獣人たちの圧倒的な怪力により、数百キロはある主軸が、吸い込まれるように石造りの軸受へと収まった。棟梁とハックさんが仕上げた巨大な歯車が、ガチリと力強く噛み合う。


2. 鼓動の始まりと、止まった時間

村中が見守る中、いよいよ水路のせきを開く時が来た。俺は深呼吸をし、木製のレバーを握り締める。


「流すぞ……!」


一気に引き抜かれた堰から、勢いよく水が流れ込む。水は車輪の上部に設置された『水を受ける箱』を次々と叩き、満たしていく。巨大な車輪が重さに耐えるように「ギギ……」と軋んだが、次の瞬間、ゴォォォ……という低い音と共に、車輪が確実に回り始めた。


「……回った! 回ったぞ!」


誰かが叫んだ。回転は歯車を通じて建屋の中へと伝わっていく。中では、巨大な石臼がまるで生き物のように軽々と回転し始めた。


「見て! 智也君、投入された雑穀が瞬く間に粉になっていくわ!」


エルナが歓声を上げる。出口からは、さらさらとした白い粉が溢れ出していく。 その熱狂の端で、俺は水車の挙動を最終確認しようと身を乗り出した。その時、飛沫で濡れていた泥に足を取られ、身体が大きくよろめく。


「わっ……!」 「あ、トモヤ、危ない!」


隣にいたリュミアが咄嗟に俺の身体を支えようと手を伸ばし――そのまま二人で、勢いよく柔らかな芝生の上へと倒れ込んだ。


「っ……!」


重なる身体。俺の腕の中にすっぽりと収まった彼女の細い肩、そして密着した胸の鼓動がダイレクトに伝わってくる。


何秒間だっただろうか。彼女の潤んだ瞳と、全身を包むような柔らかさに意識のすべてを持っていかれ、俺の思考は一瞬で真っ白になった。


至近距離で見つめ合う中、リュミアが少し顔を赤らめて小さく呟く。 「……ケガ、ない?」 耳元で囁かれる彼女の声と、ふわりと香る石鹸のような匂い。心臓の音が耳の奥でうるさいほどに鳴り響いていた。


「あ、ああ……ごめん、ありがとう……」 慌てて身体を引き離したが、顔が熱くてまともに彼女の目を見ることができなかった。


3. 黒い水と、豪傑の笑い

水車は無事に動き出したが、ここからが「仕上げ」だ。俺は隊商から手に入れた『黒油(原油)』と『ラテックス(天然ゴム)』を取り出した。


「智也、そのドロドロして臭う黒い水は何に使うんだ?」 不思議そうに覗き込むガルドに、俺は実演してみせた。


「これは、木が水で腐るのを防ぐ『守りの油』だよ。こうして軸や、水に浸かる場所に塗り込むんだ」


ドロドロした黒油を主軸に塗り込んでいく。さらに、摩擦が激しい歯車の噛み合わせ部分にも、この油をたっぷりと差した。すると、喧しかったギシギシという音が劇的に小さくなり、水車は驚くほど滑らかに回り出した。


さらに俺は、ラテックスを熱で固めたパッキンを、水路の継ぎ目や軸の隙間に挟み込んだ。


「智也、あんたの持ってくるものは全部得体が知れないが、理屈は通ってるな」 ハックさんが感心したように言うと、それを見ていたグレンが腹を抱えて大笑いした。


「ガハハハハ! 理屈だと? ハック、そいつは『智也の魔法』だよ! わけの分からねぇドロドロの油で機械を黙らせちまうんだからな! 傑作だ!」 グレンの豪快な笑い声が、水車の回る音と一緒に工房に響き渡った。


4. 仕組みが灯す、明日への自信

作業を終えた頃、辺りはすっかり暗くなっていた。だが、暗闇の中でも、水車は「ゴォォ……」と低い音を立てて休むことなく回り続けている。


魔法で無理やり動かしているんじゃない。水の重さと、道具の工夫で動いている。……それが、俺たちの手で作り上げた新しい「力」だった。


「トモヤ」


リュミアが再び隣に並び、月明かりの中で回る水車の影を見つめた。 「あの音、なんだか村が息をしてるみたいで……安心するね」


「ああ。これで、もっとたくさんの人を支えられるようになるよ」


川の飛沫を浴びて黒く濡れた水車が、月光を跳ね返して力強く回り続ける。 動力、食料、そして自分たちの身を守る知恵。 バラバラだったピースが、今、大きな一つの仕組みとなって動き出そうとしていた。

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