第27話《回るギアの計算式と、四つの希望》
1. 奔流を力に変える設計
雪解け水を飲み込み、白く泡立つ川の畔。俺は棟梁と共に、図面を刻み込んだ二枚の大きな木板を広げていた。この世界では紙は貴重品だ。設計図は板に炭で描くのが一番確実だった。
「――棟梁、やはり『上掛け式』で行きましょう。この落差なら、流れる勢いよりも『水の重さ』をそのまま『回る力』に変換できます」
「ほう、水の勢いで叩くわけじゃねぇのか」
「ええ。上から水を受ける箱に水を流し込み、その重みで車輪を落とすんです。これならゆっくり回っても、巨大な石臼を動かすだけの大きな力が生まれます」
俺が板に刻んだ図を指すと、棟梁は「面白ぇ。重さを直接使うってわけだな」と、職人の顔で深く頷いた。
2. 板の上の熱気と、不意打ちの距離
設計の細部を詰めるため、俺は村の集会所にエルナを呼んだ。水車が完成した後の食料加工をどう効率化するか、彼女の意見が必要だったからだ。
「エルナ、この歯車の組み合わせを見てくれ。水車が一回転する間に、石臼を三回転させる設計だ。これで一日の粉挽き量は……」
「えっ、どれどれ? そんなに早く挽けるようになるの?」
板に描かれた図面を覗き込もうと、エルナが俺の横から身を乗り出してきた。その拍子に、彼女の柔らかな胸が俺の二の腕にむにゅっと押し当てられる。さらに、彼女が動くたびに、春の陽気で少し汗ばんだ肌の甘い香りがふわっと漂った。
(……近い。昨日よりも、さらに距離が近い気がする)
「智也くん、ここ、数字が細かくてよく見えないよ」
エルナは無自覚なのか、さらに密着して板を指差す。俺は心臓の鼓動が計算を狂わせないよう必死に理性を保ちながら、説明を続けた。そこへ、量産型弩の試作部品を持ったハックさんが入ってきた。
「智也、弩の部品、これでいいか? ……おっと、お熱いところを邪魔したかな」
「ハ、ハックさん! 違います、これは計算の確認を……!」
慌てて距離を置く俺を見て、エルナは「えへへ、智也くんの腕、あったかかったね」とのんびり笑っている。俺は咳払いを一つして、ハックさんに「差し替え式の歯車」――摩耗した部分だけを交換できる仕組みを提案した。
3. 四つの希望を植える場所
午後。俺とリュミアは、隊商から手に入れた種と苗を抱えて村の境界付近にいた。
「リュミア、ジャガイモとトウモロコシはこの荒れ地側に。ここを農地化できれば、食料も増えるし、村の土地も広げられる」
「うん、やってみる。……トモヤ、この小さな種が本当に村を救うのかな?」
リュミアが不安そうに綿花の種を見つめる。俺は彼女の隣に膝をつき、土の感触を確かめるように耕しながら答えた。
「救うよ。俺たちがこれを選んで育てて、一番いい種をまた次へ残していく。それを繰り返せば、この土地に一番合った作物が生まれるんだ。……大丈夫、リュミアならできるよ」
「……トモヤがそう言うなら、私、頑張る」
リュミアが真剣な表情でステビアの苗を植えようとしたとき、ふと彼女の頬に泥がついているのが見えた。
「あ、リュミア。頬に土が……」
無意識に指を伸ばし、彼女の柔らかい頬をなぞる。リュミアがびくっと肩を揺らし、上目遣いで俺を見つめた。その瞳には春の光が反射し、彼女の吐息がわずかに俺の顔にかかる。
「あ……ありがと、トモヤ」
恥ずかしそうに俯く彼女の耳が真っ赤になっているのを見て、俺の心臓もまた、水車よりも激しく回転を始めた。
4. 重なる知恵、明日への鼓動
その夜、俺の机の上には二枚の板に書いた図面が重なっていた。 一つは、棟梁とハックさんと詰めた「水車の機械設計図」。 もう一つは、リュミアと決めた「試験農地の配置図」。
(水車が生み出す力と、新しい作物がもたらす富。この二つが上手く噛み合えば、何が起きてもこの村を守り抜けるはずだ)
今はまだ小さな変化に過ぎないかもしれないが、これがいつか村全体を動かす大きな力になる。俺はそう確信していた。
窓の外では、雪解けの川が轟々と音を立てている。これまではただの自然の音だったそれが、今は村を動かす「巨大な鼓動」の予演に聞こえた。
「設計はまずまずできたと思う。……明日は、これを形にする」
俺は木板を重ねて置き、腕に巻いた防護小手の感触を確かめた。守るべきものが増えるたび、俺の仕組みはより精密に、より強固に進化していく。




