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第26話《荷馬車に積まれた未知の宝と技術の種》

1. 翠の絨毯と忍び寄る影

雪解け水が引き、拡張した畑には朝露を弾く瑞々しい芽が一斉に顔を出していた。 俺が設計した排水溝と、冬の間にみんなで積み上げた堆肥。それが確かな生命の力となって、土を押し上げている。


(……これだけ芽が出れば、次の収穫は相当な量になるな)


冬の餓死者ゼロ、そして春先までの食料備蓄。その成功を聞きつけて移住してきた獣人の家族は、雪解けからさらに増え続けている。村は今、かつてない活気に包まれていた。 だが、その明るい話題の裏で、新しく来た移住者の男が暗い顔で漏らした言葉が胸に刺さっている。


「南の『ラグナ帝国』が動いているんだ。国境近くの森を焼き払い、無理やり道を広げているらしい……」


(……春は生命が芽吹く季節だが、軍隊が動き出す季節でもあるんだな) 村が豊かになれば、いつか必ず「奪う側」の目に留まる。俺は芽吹いたばかりの苗を見つめながら、自衛のための「仕組み」を急ぐ必要性を痛感していた。


2. 回転する力、揃う規格

「――ということで、棟梁。この川の落差を利用して、巨大な水車を造りたいんです」


俺は川べりに立ち、棟梁に図面を広げて説明した。狙うのは『上掛け式』の水車だ。 これがあれば、重い石臼を人力で回す必要はなくなる。製粉所を併設すれば、増えた村人の食料加工も一気に効率化できるはずだ。


「……なるほど。水の重さで回すわけか。面白い。軸の摩擦を減らす工夫も要るな。智也、任せておけ」


棟梁と設計の細部を詰め、次に向かったのはグレンさんの工房だ。そこには新しく移住してきた武器職人のハックさんも合流していた。


「グレンさん、ハックさん。俺がやりたいのは、一張ずつ癖を見極める職人仕事じゃない。誰が作っても同じ性能が出る、クロスボウの規格化です」


「規格……? そんな作り方、聞いたこともねぇぞ」 ハックさんが戸惑うが、グレンさんは腕を組んで俺の言葉を待っている。俺は型紙と治具ジグの説明を続けた。


「部品の形を完全に統一するんです。そうすれば、戦場で弩が壊れても、隣のやつの予備部品と交換してすぐに直せる。部品の量産も、複数の工房で分担できるはずです」


「……戦場でのメンテナンス性と、供給速度を優先するってわけか。おもしれぇ、やってやろうじゃねぇか」 グレンさんが不敵に笑う。三人の知恵を合わせた「量産型」の設計が、熱気とともに始まった。


3. 異郷の馬車と、未知の「宝の山」

数日後、街道の先から蹄の音と鈴の音が響いてきた。 村にやってきたのは、数台の馬車を連ねた大規模な隊商だった。荷馬車が広場に並ぶ光景に、村中が色めき立つ。


「智也くん、取引が始まったよ。レート、このくらいで進めても大丈夫かな?」 エルナがそろばんのような計算板を片手に、俺に相談してくる。俺は彼女の提示した数字を見て、小さく頷いた。


「まずは魔石の相場からですわね。……ふむ、先日のフォレストドッグの分、通常の三割増しで買い取ってくださるそうですわよ、智也殿」 ラナが交渉の進捗を教えてくれる。一晩で十頭以上討伐した成果は、村に大きな富をもたらしていた。


俺は並べられた商品を見て、技術者としての好奇心が爆発した。 砂時計――それも、精度の高いものだ。これがあれば、工房での作業時間や化学反応の管理を正確に行える。


さらに、綿花の種子、荒れ地でも育つジャガイモやトウモロコシらしき種芋。高品質な鯨油に、透明度の高いガラス瓶。 そして、荷の端に置かれた樽の中に、俺は信じられないものを見つけた。


(……少量だけど、ラテックス(天然ゴム)に黒油(重油)まであるのか!?)


機械のパッキンや木材の防腐剤として、喉から手が出るほど欲しかった素材だ。さらには、ハーブの束の中に強烈な甘みを持つ『ステビア』も見つけた。これを噛んだ瞬間、あまりの甘さに脳が揺れるような衝撃を受けた。


4. 鋼の対価と黒い油の約束

俺は隊商のリーダーに近づき、交渉の合間に気になっていたことを尋ねた。


「リーダー、お聞きしたいのですが。この国のお城にあるような『時計』……あれの払い下げ品とか、手に入ったりしますか?」


リーダーは意外そうな顔をして、少し考え込んだ。 「ああ、街の塔時計の更新時期に古いものが出ることはある。だが、あんた、あれがいくらするか分かってるのかい? 中古でも、フォレストドッグの魔石三十個分は下らないぞ」


「三十個……」 (……相当な高値だ。でも、村全体の時間を統一できれば、生産効率は劇的に上がる。いつか必ず手に入れる)


さらに俺は、リーダーの目を真っ直ぐに見つめて続けた。


「それから、もう一つ。この先、定期的にラテックスを仕入れることは可能ですか? それと、燃える黒い石……石炭や、地面から湧くドロドロした黒い油について、心当たりはありませんか?」


リーダーは少し驚いた顔をしたが、ニヤリと笑った。


「……あんた、面白いことを聞くね。あんな臭い油や石、何に使うんだい? だが、心当たりはある。次の交易までに調べておこう」


「助かります。楽しみに待っていますね」


5. 異郷のパズル

交渉を終え、俺は手に入れたジャガイモの種芋と、ステビアの苗を大切に抱えた。 使えそうなものがいろいろとあった。これはすごくラッキーだ。


(……でも、不思議だな。ジャガイモやトウモロコシ、ステビアなんかは、中世ヨーロッパ相当の技術レベルの世界には本来なかったはずだ)


大航海時代を経て広まったはずのこれらの作物が、なぜこの大陸の隊商に並んでいるのか。この世界のどこで生産され、どうやって運ばれてきているのだろうか?


(……まだまだ、この世界の広さを知らないな)


夕暮れの空の下、昨日造り始めた水車の骨組みが、川の飛沫を浴びて黒く光っていた。謎は多いが、今は目の前の現実を積み上げるしかない。


腕に巻かれた防護小手の重みを、心地よい責任として感じながら、俺は一息ついた。 次は水車を完成させ、この村に最初の「工業の鼓動」を響かせる番だ。

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