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第20話《輝きの兆し、増やす年の旋律》

冬の重い雲が去り、スノウィ村には眩しいほどの春の光が降り注いでいた。 例年なら「春の飢饉」に怯え、痩せ細った体で芽吹きを待つ時期だが、今年の村は違う。どんぐり粉の香ばしいパン、黄金色に輝くサケの燻製、そして桶の中で元気に芽吹く豆たち。


「……トモヤ、見て。土が笑ってるみたい」


リュミアが指差す先、雪解け水に洗われた黒い土が、春の陽光を浴びてキラキラと輝いていた。 今年は、ただ生き残るための春じゃない。余った種籾、溢れる知恵。これらを糧に、村の豊かさを「増やす」年にするんだ。


1:春の畑 ― 「希望の境界線」を引く

朝の空気はまだ冷たいが、どこか甘い土の匂いが混じっている。 ガルドが威勢よく鍬を振るい、ラナが軽やかな足取りで水筋を導いていく。


「智也殿、こちらですわ! 雪解け水が宝石のように跳ねて、新しい水路を求めていますの」


ラナの声に誘われ、俺は木槌を振るって杭を打つ。一本打つたびに、新しい畑の輪郭が鮮やかになっていく。


「智也、やっぱりもっと広げようぜ! この勢いなら倍だって行ける!」 ガルドが鼻息荒く提案するが、俺は笑って首を振った。


「欲張ると秋に泣くぞ、ガルド。今年は二〜三割の『背伸び』だ。その分、この線の中には最高の堆肥と手間を注ぎ込む。確実に増える成功体験を作るのが、今年の狙いなんだから」


俺たちが設置した育苗用の木枠の中では、布に守られた苗が青々と背を伸ばしていた。地味な工夫だが、それが確かな実りへの第一歩だ。


2:家畜小屋 ― 黄金の卵と未来の約束

家畜小屋の裏手では、鶏たちが春の訪れを喜ぶように鳴き声を上げていた。 新しく整えられた巣箱には、手触りのいい藁が敷き詰められ、そこには温かい「黄金の卵」が並んでいる。


「……あったかい。トモヤ、これ、命の匂いがするね」


リュミアが卵を大切そうに掌で包み、尻尾をパタパタと揺らす。俺は巣箱の横に、新しい「管理札」を差し込んだ。


「今年は卵と仔を増やすことに集中しよう。頭数を増やすのは、夏の豊かな草を確かめてからだ。無理なく、楽しく増やす。これが今年のルールだ」


「面倒なルールかと思ったけど……こうして卵が増えていくのを見ると、なんだかワクワクするな」 ガルドが卵籠を持ち上げ、白い歯を見せて笑った。


3:ため池 ― 跳ねる銀鱗と守る知恵

雪解け水が流れ込む池は、空の青を映して美しく澄んでいた。元漁師の古老が、目を細めて浅瀬を眺めている。


「智也さん、魚たちが騒いでおる。新しい産床を待っておるようじゃな」


俺はガルドと一緒に、用意した枝束と草束を次々と池に沈めていった。 「ここに隠れ家を作れば、稚魚たちが元気に育つ。さらに、この『物差し棒』より大きい親魚は逃がす。来年もっと多くの魚に出会うための、未来へのプレゼントだ」


「魚まで数えるなんて変な奴だと思ってたが……来年の大漁を約束してくれるなら、喜んで守るぜ!」 ガルドが力強く頷く。池の表面で、銀色の鱗が春の光を反射して眩しく跳ねた。


4:森と草地 ― 十年後の笑顔を植える

燃料を集めるために立ち寄った森の縁で、俺たちは野生の果樹を見つけた。 「この苗を村の近くに移植しよう。数年後には、子どもたちがいつでも甘い実を食べられる果樹園にするんだ」


「トモヤは、本当に遠い先まで見てるんだね」 リュミアが少し驚いたように、けれど嬉しそうに俺を見つめる。


「今植えた一本が、いつか誰かの支えになる。畑は今年のため、木は十年後のため。両方あるのが、いい村だろ?」


草地の端では、牛が喜ぶ草の種を蒔いた。 俺たちの歩む一歩一歩が、未来の豊かさに直結している。その実感が、心を軽くしてくれた。


5:布と蜜蝋 ― 暮らしを彩る小さな仕草

村に戻ると、エルナが広場の端で、冬の間に整えた在庫を眩しそうに数えていた。


「智也くん、これ見て。どんぐり粉のおかげで、本物の種籾がこんなにキラキラ残ってるよ〜」


エルナは在庫の袋を確かめるために、膝を抱えるようにしてちょこんと足元にしゃがみ込んだ。


厚手の冬着に包まれて丸まったその後ろ姿は、まるで一玉の大きな綿毛か、小さな小動物がうずくまっているかのようだ。 袋の中を覗き込む拍子に、ふんわりとした髪が左右に揺れ、一生懸命に指を折りながら「ひとつ、ふたつ……」と数字を数える仕草が、なんともいえず愛らしい。


そのあまりの無防備さと、一生懸命な様子に、俺は胸の奥をぎゅっと掴まれたような感覚になり、思わずドギマギしてしまった。


(……うわ、なんか……可愛すぎて、見てるだけでこっちのリズムが狂いそうだな……!)


俺は慌てて視線を反対側の棚へと逃がした。そんな俺の動揺になど気づかず、エルナはにぱっと花が咲いたような笑顔を向けてくる。


「この糸になる草の種、大切に育てるね。来年にはみんなで新しい服を作れるかな? 冬の仕事が楽しくなりそうだよ〜」


「……あ、ああ、そうだな。蜜蝋で灯りも増やそう。冬の夜が、もっと明るく温かくなるように」


6:谷を見下ろして ― 「増やす年」の宣言

夕暮れ、丘の上に立つと、谷全体が柔らかな黄金色に包まれていた。 整然と並ぶ杭、家畜小屋から昇る穏やかな煙、そして新しく植えられた果樹の苗。


(今年増やすのは、食べ物だけじゃない。毎年、勝手に豊かさが膨らんでいく幸せの連鎖を仕込む年にしよう)


背後から足音がして、リュミアが隣に並んだ。彼女は谷を見渡し、深く、満足そうに息を吐いた。


「今のトモヤ、すごくいい顔してる」


「どんな顔だよ」


「……この村が、もっともっと好きになるって確信してる顔」


俺は肩をすくめて、けれど力強く頷いた。 「ああ。線は引いた。あとは、みんなでこの中を笑顔で埋めていくだけだ」


「うん。最高の『増やす年』にしようね、トモヤ」


春風が、二人の背中を優しく押し、谷全体へと希望の旋律を運んでいった。

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